第2話 困ってる奴はほっとけない質(たち)
視力4.0の俺がどんなに気合を入れて目を凝らしてもそこにはco2とo2とブロック塀しか見えない。
「今日のはサダコか?メリーか?ビッグフットか?」
「最後のはちょっと違うと思うけど?」
確かに奴は幽霊じゃない。話しから察するにかなりの巨体。俺の「根性ストレート」をもってしても倒しきれるかどうか・・・
そんなことは置いておいて。正直、俺からすれば長髪不法侵入女も追いかけっこ大好き少女も毛深大巨人も大差ない。
だって見えないも見たことないも似たようなもんだ。
「こんな所でどうしたの?迷子になっちゃった??」
「今日のは話口調的に子供っぽいか。」
普段他の人がいるところでは基本ユキも見えてないフリをする。
空気と会話女。十分に上記のラインナップに入れそうな響きだ。それは彼女だってわかっている。
けれども時たま、困っていそうな奴を見かけてしまうとそれが幽霊であれ何であれほっとけないのが「安久間 幸姫」なのだ。
『幽霊は危険な奴もいるみたいだから、むやみやたらと接触してはいけないよ?ナイトくんも姫ちゃんがそうしてるのを見かけたら止めてあげてね?』
中学生くらいの時に普段ニコニコしているアクマさんがとてもまじめな表情でそう語っていたのを覚えている。
普段見えないおれには分からない話だが、実は幽霊とは霊感が無い人間にも見る機会はあるそうだ。
親和性?とか言う難しい言葉を使っていたが、要するに何かしら幽霊と強く共感する部分がある人間には見えるのだそうだ。
よくある「心霊体験」というのもちょっかいを掛けてくる幽霊と駆けられる人間に何かしらの共通点があるからこそ起きる現象らしい。
「ユキ?」
「あ、ごめんね貴くん。でも大丈夫。今日の子は悪い
「ユキがそう言うんなら大丈夫なんだろうけどさ。またお義父さんにドヤされるぞ?・・・主に俺が。」
時刻は午後6時。あまり遅くなると帰った時にはアクマが鬼になっている可能性が高い。
「でも、放っておけないよ?」
「はぁ・・・っと!」
どこからともなくユキめがけて振ってきた落ちてきた小さい植木鉢を蹴り飛ばしながら諦める。
「しゃあねえなぁ。ユキにそんな顔されちゃあ俺なんも言えねえな!いっちょその子供?を助けてやるとするか!」
「貴くん、そっちじゃないよ?」
本当の虚空に話しかける俺をひっぱり90度ほど向きを修正するユキ。
「こっちだったか。やるじゃねえか、俺の”根性サーチ”をすり抜けやがるとは。・・・で?なにで困ってるんだよその子は?」
「何か、大事な忘れ物があるみたいなんだけど・・・」
「それが何か分からねえって?」
「そうみたい。」
これは確実にアクマさん激怒りコースだな・・・・
「どこに忘れたのかも――」
「わかんないって。」
はぁ。と大きめのため息をついた後ピシャリと自分の頬を叩く。
いかんいかん。女の子の、それも自分が惚れた女の子の前でこんな情けない顔するなんて。我ながら気合が足りてねえ証拠だな。
この状況で俺が全く動じないのは『漢』だからでも根性のなせるわけでも無い。
単純に慣れたのだ。
そして経験則から察するにこのように幽霊本人が何も覚えてないパターンは確実に時間がかかる。
細かくは分からないが、
忘れ物が何かも分からず、場所も不明。その上もし何年も前の話だとすればおれもいつも以上に気合を入れなければ・・・
「とりあえず探してみよっか?ほら、おいで?」
俺が一人考え込んでいる間にもなんとなく話がまとまったらしくユキは手をつなぐそぶりを見せ、そのまま楽し気に手をぶんぶんと振りながら歩き出す。
「捜査は足からっていうしな。一からがんばるかあ!」
なぜか蓋が外れていたマンホールに落ちそうになるユキをギリギリのところで抱え上げつつ、手掛かりを見つけに歩き出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「なにかそれっぽいところ見つかったか?」
「どう?・・・ううん。この辺も覚えて無いって。」
日はすっかり暮れてしまい辺りは夜。ユキのケータイには何度もアクマさんからの着信があるようだったが、一度やると決めてしまうと彼女はとても頑固だ。
ケータイの画面を見ては無視を繰り返している。
「そっか~。けどもうこの町中結構歩きつくした気がするぜ?」
「う~ん。」
今の所、ユキと手をつないでいる子供は5歳の男の子、ケンちゃん。
本人は自分のフルネームも分かっておらずお母さんに「ケンちゃん」と呼ばれていたことだけは覚えているらしい。
「手がかりがもうちょっと無いと難しいよな・・・ケンなんて名前いくらでもあるし。」
「じゃあ難しいから諦める?」
真っ直ぐに力強くこちらを見つめるユキ。本当に、相変わらず頑固だ
な。ま、そんなところも含めて惚れてるわけなんだが。
「まさか?」
肩をすくめて見せにかっと笑う。
「気合を入れなおすための再確認だって!さ!根性決めて走り回ろうぜ?」
けど実際このままちんたら歩いていたのでは埒が明かない。
「しゃあねえ。ユキ、ケンちゃん抱えられるか?」
「できるけど。どうして?」
「ま、いいからいいから。」
怪訝な顔のままエア抱っこをするユキ。
「よしっ。準備はいいか?」
「準備って何の――きゃっ!」
何かを抱きかかえた体勢の彼女を抱き上げ、思いきり平手を受ける。
「いきなりなに!?」
「いってぇな!?だってこのまま歩いてたんじゃいつまで経っても話し進まねえじゃん?」
「だからってこんな・・・お姫様抱っことか・・・」
基本的に、俺には幽霊が見えない。よって、触ることもできない。けどユキが抱えてくれればまとめて抱き上げることができると思ったのだが。
何をそんなに怒ってるんだ?
「ははーん。さては・・・太ったのか?」
「本気でぶつよ?」
「気にすることのねえのに。それにユキはもう少しくらい肉付けた方が色々と――」
言い終わる前にもう一発。先ほどよりさらに強烈な平手を受ける。
気合入った今の俺じゃなけりゃマジでダウンしてるとこだ・・・
「・・・とりあえずこのまま走り回るから、なんかピンと来たら教えてくれって伝えてくれ!」
「はぁ・・・もうそれでいい。」
なぜか不服そうにではあるがお姫様の了承も得れたところでそのまま走り出す。
今ここで、ようやく俺の日々の”おれザップ”による肉体改造の成果が披露されるのだ。
「ぜぇぜぇっ・・・」
「貴くん、大丈夫??一回休む?」
「ま、まだまだぁ、、、!根性ぉ~~!」
そうして走り始めて30分。日々のハードな筋トレによりかなり結果にコミットしている俺の肉体をもってしてもキツくなってきた。
しかーし。カッコつけた以上、最後までカッコをつけ通す。それが俺の理想とする『漢』ってやつだ。
「またそうやって無理するんだから・・・あ、ちょっと!そこ!まがって!」
「どこ!?どっちに!??ぐぇっ!」
まるで俺の制服のネクタイをハンドルのように華麗にさばき無理やり右へ急カーブ。
ワ〇スピを彷彿とさせるドリフトでコーナーを曲がる。
「この辺。なんとなく見たことあるって。」
「そ、そりゃあよかった、、、!」
「ちょっと休む?」
「なんのこれしき!俺をそこらの腑抜けと一緒にすんなよな!はぁはぁっ・・・おぇ・・・」
若干フラフラとしながらも細い路地を抜け大きめの緑地公園へと出る。
「この辺なのか?」
「そうみたい。でも、なにを忘れたのかはまだ・・・」
「ま、近くまで来てんなら何とかなんでしょ。あとは気合いだ!」
「貴くんは後からも最初からも「気合」でしょ?」
おっしゃる通りで。それ以上もそれ以下も無いし、これ以上頼れるものもおれは知らないのだ。
根性が入っていれば最後の最後でHPが1残るのは有名な話だ。
そんなことを考えていると不意にユキと見えないケンちゃんが立ち止まった。
「ここ・・・」
「ああ・・・こんな言い方は悪りいけど。一つ、情報は手に入ったな。」
立ち止まったのは公園内の川。その手前の安全策の所に供えられた花束の前だった。
忘れられたように儚げに。いや、忘れないために。でも――思い出さないように。
そんな思いが込められた小さな、花束だった。
「あの、すいません。ここって――」
「ああ、ここね。つい2ヶ月ほど前にね、行方不明になった男の子がいてね。その子の靴がここで見つかったんだよ・・・」
「そう・・・なんですね。」
通りかかった男性に話を聞くユキを眺める。
今までに数回。こうして困っている
迷子を目的地に送り届けたり、妊婦さんを助けたり。そうすることでその人たちのこれからにつながっていくのかもしれない。
でも、このお節介はそこで終わりなのだ。ケンちゃんの忘れ物がなんなのかはまだ分からないがそれでも。
その目的の先に続くものは無いんだ。バカなおれでもそれくらいは分かってる。
頭のいいユキは俺以上にもっと
だからいつも、少し――辛そうな顔をする。
「その、その子の名前って分かりますか?」
「え~っと、確か
ケンタで”ケンちゃん”か。これは間違いなさそうだな。
「靴のほかに何か落ちてたりしませんでしたか??」
「さあ?そこまでは分からないなぁ。」
「そうですか・・・ありがとうございます。」
話してくれた男性を見送り沈黙の中立ち尽くす。
「・・・忘れ物、思い出せた?」
返答はおそらくノーだったのだろう。
「どうする?」
「どうもしない。もう少しだもん。」
「だよな。」
とりあえずは二人で辺りを見てみようと捜索を始めようと――
「あの、健太の事、何か知ってるんですか?」
後ろから女性に声をかけられた。
「あ~、俺たちは・・・」
「社会見学で健太君の幼稚園に行っていたんです。ここで、行方不明になったと聞いて・・・」
「何か知ってるんですか!・なんでもいいんです!何か知っているなら教えてください!!」
話し終わりを待たず現れた女性はものすごい剣幕でユキに掴みかかる。
「ちょ!お姉さん!俺たちも何も知らねえから探してて、、、!」
「お願いです!ケンちゃんを、ケンちゃんを!!」
俺たちの制止する声も聞かずなおも女性は声を荒げる。
「なにをやってるんだ
「あなたこそ離してよ!!こんな物を置いたのもあなたでしょ!!?」
もう一人現れた男性に羽交い絞めにされながらも、女性は供えられていた花を蹴り飛ばす。
「お、お姉さん。それはダメだって・・・」
「なによ!みんなしてケンちゃんが死んだって言いたいの!?そんな事無い!今も何処かで迷子になって泣いているのよ!」
情緒不安定。とはこういう人のことを言うんだろう。
今度は人目もはばからず、女性は大声でわんわんと泣き始めてしまった。
「すまないね二人とも。えっと、君たちは、、、?」
「わたしは安久間 幸姫と言います。こちらは鳥栖 貴志。社会見学で健太くんのいた保育園にお世話になっていました。」
「そうだったんだね。こんな時間までありがとう。私は
ほんの少し移動したところのベンチで奥さんを落ち着かせた後深々と頭を下げてくれる雄二さん。
「いえ、こちらこそ出過ぎた真似をしてしまって・・・」
「すんませんでした。」
こちらも頭を下げてお詫びを告げる。
「あの、失礼かもしれないんですけど。奥さん、大丈夫っすか?」
バシンっ。と良い音を響かせて頭をユキにはたかれた。
「貴くん、言い方、、、!」
確かに今のはバカなおれでもわかるくらいに言葉選びが悪かった・・・
「すんません。」
深く反省しもう一度頭を下げる。
「いや、いいんだよ。そう思うのも無理はない。妻は、まだ健太が死んだ事実を飲み込み切れていないんだ。」
彼は苦しそうに奥さんの頭を撫でると静かに言葉を発した。
「健太がいなくなってしまって2ヶ月。遺体が見つかっていないんだよ。だから、だろうね。現実を飲み込むための材料?のようなものが妻の中では・・・足りないんだと思う。」
「そう・・・っすか。」
何とも言えない気分だ。今、目の前には確かにそのケンちゃんがいるのに。
姿を見せてやることどころか、想いを伝えてあげることすら俺には叶わない。
そして、それが正解なのかも正直なところ――分からない。
「私だってね、本音を言えば信じたくなんて無い。」
「でも、花を持ってきたのは・・・」
「私だよ。――そうやって、前を向いていかなければいけないんだ。」
「大人というのは、そういうものなんだよ?」
とても悲し気な笑顔で、雄二さんはそう告げた。
「さ。もう遅い。よければ家の近くまで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。わたし達もすぐ近所なので。」
「そうかい?じゃあ、気を付けて帰るんだよ?」
彼は奥さんを抱きかかえるように支えてその場を離れていく。
「――あのっ!」
「?どうかしたかい?」
言いかけた所で見えないように服の袖をユキに引かれ引き止められる。
「なんだよ!」
「なんだよ!・・・じゃないでしょ?なんて言うつもりなの?」
「わかんねえけど、、、。でも、、、!」
「見えもしない子供の事を話しても二人は、辛いだけだよ?」
悔しそうにユキはそう言った。
「なんでも無いんです。すいません、お二人もお気を付けて。」
にこやかに手を振りながら去っていく二人をただ茫然と眺める。
「ユキだってあんなに諦めないって言ってたじゃん!」
「それとこれとは話が別。わたしは確かに困ってるケンちゃんを何とかしてあげたい。でも――」
「だからって何でも手を出せばいいってものじゃないよ・・・」
ユキは俺なんかよりも断然頭が良くて、頑固なのだ。
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