第4話 根性クローバー
「朝っぱらから何回も、ほんとすんません。」
「こちらこそ、君の思いやりに対してあんな返答をしたというのに・・・」
「いやいや!ぶん殴られるくらいの覚悟してたんで余裕っすよ!それに、風呂にも入れてなかったんでサッパリしてちょうどいいっす!」
俺に笑顔を向けてくれた後、雄二さんは何とも言えない表情でユキを見る。
「あの、おはようございます。」
「こんな所で立ち話もなんだから、良かったら上がって座って聞かせてもらえるかい?」
「・・・はい。」
ここに向かう歩きがてら、朝の出来事の一部始終はユキに伝えてある。
それでも、彼女は話をすることには少し否定的だった。
「せっかく前を向き始めてるのに話をすることで傷を掘り返すことになるかもしれないし・・・」
言いたいことはわかってる。でもやっぱり伝えるべきだと俺は思う。
こんな小さな子の漢気を無視することはできないし、何より彼女だって本心では伝えてあげたいはずなんだ。
彼女にしか聞こえない言葉。それを一人抱え込ませるようなことはさせたくない。否定か肯定かは別問題。たとえ傷つくことになるのだとしても、本気の思いはちゃんと受け止めてやるのが「思われた側」の責任だと思うから。
「大体のことは貴志くんから聞いているよ。・・・そこに、健太がいるんだね?」
今朝と同じテーブルに腰掛けるユキの隣の空席を見つめながら雄二さんは苦しそうに、それでもとても愛おしそうに呟く。
「はい。」
「そうか。それじゃあやはり、健太は・・・」
「そんな訳無い!!あなたまでこんなくだらない話信じるの!?」
英子さんは一応話を聞いてくれることにはなったがいまだに現実を認めたわけでは無い。むしろ、話を聞いた上で”
「おかあさん。ごめんね?急にいなくなったりして・・・」
目の前で声を荒げて話す二人の会話を遮るように突然ユキが話始めた。
「勝手にお外に出ちゃだめだって言われてたのに。お父さんも、ごめんなさい・・でも、僕2人に仲直りしてほしくて――」
「いい加減にしてよ!!」
怒声と共に英子さんは自分の目の前にあったグラスをユキめがけて思い切り投げつけた。
ガシャンっ!
「英子!!なんてことするんだ!ちゃんと最後まで聞いてみようって決めたじゃないか!?大丈夫かい??」
「余裕っすよ!」
間一髪、ユキを庇った俺に直撃したグラスは砕け散り足元に散らばった。
額から少し血が流れる。破片で切れたかな?
「貴くん!?」
「いいから、、、!こんなの唾つけときゃ治るって。それに今日の俺はイカした漢気見てっから、根性2割増しの大サービス中だしな!」
「いや、やはりここまでにしよう。もし、君の話が事実だとしても私たちの方にそれを受け止めるだけの余裕が無い。これ以上は取り返しのつかないけがに繋がるかも――」
「大丈夫っすから!最後まで、腹据えて聞いてやってください。ユキの話を。健太の頑張りを。」
「血が出てる・・・本当に大丈夫なの?」
「ああ。なにが飛んできたっていつも通り俺が「根性セーブ」で受け止めてやっから。ユキは気にせず話してやってくれ。な?」
「聞く話なんて無いわよ!すぐに帰って!!」
なおも怒鳴り散らす英子さんは席を離れようと立ち上がってしまう。
「英子さんは・・・健太のこと大好きだったんすよね?」
「あたりまえじゃない!あの子の為なら、あたしは・・・なんだって・・・」
「やっぱり、「親子」なんすよ。健太も同じ思いで必死に頑張ったんす。・・・それなのに――母親のあんたが、根性決めて!受け止めてやらねえでどうすんだよ!!」
「――俺は、子供とかまだいないんで実際の所は分かんねえっす。でも、俺の知ってる『親』ってやつは、たとえどんなに辛い結果だとしたって自分の愛娘が頑張った結果なら必ず受け止める人です。それに――」
あの人なら。同じ状況になったらこんなもんじゃすまない気もするが。
「僕も死ぬ――!」とか言ってマンションからノーロープバンジーかますかな?
いや、むしろ真理の扉を開いてでも蘇らせようとするかもしんねえ。ひょっとしたら地獄まで乗り込んで閻魔様辺りをしばきまわして無理やり連れて帰ってくるかも・・・
自分の想像で少し背筋が寒くなりブルっ。と体を震わせる。
でも、一つ言えるのはあの人なら決して”逃げる”ことだけはしない。
その人に認めてもらおうってんならおれも逃げるわけにはいかねえし、なにより・・・
「健太は、ここまで一人でがんばったんです。・・・だから、どうか。最後まで聞いて、出来ることなら・・・受け止めてやってください。」
渾身の「根性土下座」で2人に頼み込む。俺に出来る事なんてこれくらいなんだからこんな何も詰まってない頭くらい何度だって下げてやる。
「・・・英子。座りなさい。最後まで聞こう。私達も頑張らないでどうするんだ?」
「でも・・・」
雄二さんに諭され揺れてはいるが英子さんはなかなか席についてはくれない。
やっぱり、俺なんかじゃ・・・
「お母さん、手のケガ治ったんだね?よかったー!」
またしてもユキが口を開く。
俺には何の話かさっぱりだったが2人には何か心当たりのある話だったのか驚いたような顔を見せる。
「どうして、それを、、、??」
「でもダメだよ??治ったばっかりの時は大人しくしてないとまた痛くなっちゃうんだよ!」
「あの、手のケガってなんすか?」
「・・・英子は、3か月ほど前に階段から落ちて腕を骨折していたんだ。」
「お父さん!『お母さんが無理しないように見張っててくれよ?』って言ったのはお父さんでしょ?僕がいないときはちゃんと見張ってなきゃダメでしょ!?」
話を聞いていた英子さんもようやく、ゆっくりとイスに腰掛ける。
「ああ・・・そうだったな。ごめんな。」
「しょうがないなあ!お父さんはすぐに約束破るんだもん!またお母さんに怒られちゃうよ?」
「でも、お母さんもすぐに怒っちゃだめだよ?『お父さんはあたしたちの為にお仕事頑張ってるのよ?だから、怒らないでであげてね?』って僕に言ってたのに~。」
「そうね・・・そうだよね・・・ごめんね、、、!」
英子さんは大粒の涙を流し、雄二さんも目頭を押さえている。
その2人の頭をユキが撫でる。ゆっくりと、優しく。
「二人とも泣き虫さんだ~。だから、はい!」
そう言って取り出したのは『四葉のクローバー』。幸せを運ぶはずだった、健太のがんばり。
「これでみんな笑顔だね!」
「ううっ・・・」
「ああ、そうだな。これで・・・みんな・・・」
「よかった~。でも、ごめんなさい。僕死んじゃったみたいなんだ・・・でもね!僕は大丈夫だから!お母さんとお父さんのことはすごく、心配だけど。」
本当に、根性の入った子だ。はたして俺の5歳の頃にここまでの気合があっただろうか?答えはまあ、ノーだな。
ユキは真剣な顔で英子さんを見る。
「お母さん。今まで一杯悪い事してごめんなさい、、、。おもちゃの片づけサボったり歯磨きしなかったり・・・お母さんと結婚するって言ってたのにできなくなっちゃったから、これからもお父さんと仲良くしてね?」
「うん、、、。うん、、!大丈夫よ!これからも毎日お父さんと仲良しだからね!」
聞き終わると一度ニッコリ笑い、雄二さんへ顔を向けた。
俺はと言うと、涙で視界がぼやけているので動きとなんとなくの表情くらいしかわかっていない。
こんな人前で泣くなんて我ながら情けないが、止まらねえぜチクショウ。
「お父さん。これからは朝起こしてあげられないけどちゃんと起きてね?お仕事遅れちゃだめだよ?あと、二人でお母さんを守るって約束守れなくてごめんなさい・・・僕の大好きなお母さんを怒らせちゃだめだよ?」
「ああ。ああ、、、!大丈夫だよ。これからは毎朝ちゃんと起きるし、お仕事にだって遅れないさ!『幸せのクローバー』も、健太の分までいっぱい見つけるよ。」
「うん!男の男の約束だよ!?」
「ははっ。そうだな、約束だ!」
そう言って雄二さんはユキの隣。見えないはずの健太と指切りを交わす。
「・・・じゃあ、バイバイだね。本当はもっと早くに行かないとダメだったんだけど。一つだけ忘れてたんだ!」
満面の笑みを浮かべ涙を流すユキは今までで一番大きな声で
「お母さん、お父さん、行ってきます!!」
そう言った後静かに目を閉じた。
「どうにかして、健太くんの声を直接聞かせることができればよかったんですけど・・・」
涙を拭いながら、口調も声のトーンもいつものユキに戻っていた。
彼女なりのせい一杯が、あのモノマネだったのだろう。割とローテンションなユキにしてはがんばった方だろう。
「いや、十分だよ・・・ありがとう。君たちがいてくれて、本当に良かった。」
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英子さんに額の傷の簡単な手当てを受けながら騒いでる貴くんを眺める。
「ちょ!たんまたんま!痛いっすよ!!」
「もう!男の子がこれくらいで騒がないの!・・・その、本当にごめんなさいね。」
「気にしないでください。これは、名誉の負傷っすから!だから、もうちょい優しくゆっくりやってもらえると嬉しいっつうか・・・」
「こういうのはパッとやっちゃう方が意外と痛くないの!ほら。消毒液が垂れちゃうかもしれないから目をつぶって!」
ちょっとカッコイイことを言ったのに台無しだなあ・・・相変わらず締まらないんだから。
「本当にありがとう。見ず知らずの子の為にこんなにも真剣になってくれて。」
誠心誠意の感謝の言葉をくれる彼に、わたしは首を振る。
「真剣になってたのは、彼だけですから。わたしは正直・・・諦めてました。わたしは幽霊が見えるけど、見えるだけだから。見えちゃうから無視できないだけで・・・」
「そんな事は――」
言いかけた雄二さんから消毒液で半泣きになっている何とも気合の無い顔をしている彼に視線を移す。
「でも、彼は。見えてすらいないのに・・・諦めなかったんです。彼はわたしの事を優しい人間だと言いますけど、わたしは――」
そんなにできた人間じゃない。と、言いかけて言葉を飲み込んだ。代わりに
「わたしはマネしてるだけですから。「根性」の入った生き方っていうのを。」
わたしは、人並外れて運が悪い。出かけたいときには必ず雨が降るし、当たり付きの何かで当たったことなど無いし。代わりに鳥の糞にはよく当たるし犬の糞もよく踏んだりする。
親父臭いかもしれないが、そういう意味では運があるのかな?とかくだらないことを考えたりしている。
正直、4歳くらいまでは毎日生きるのが辛いと思っていた。なにをしたって上手くなんていかなかったし、これから先もそうなんだろうなって。
遠足が雨で中止になるたびにテルテル坊主に八つ当たりしていた。
『ぼくとけっこんしよう!』
バカみたいに真っ直ぐに。実際想像以上のバカだったのだけれど・・・
今でも、あの瞬間を鮮明に覚えているし今までの9999回は覚えていないけど、その『1回目』だけは絶対に忘れられない気がする。
だって、あの日からわたしの不運が小さな「幸運」も呼んでくれるようになったから。
今は、テルテル坊主に八つ当たりをすることも無くなった。雨もそんなに悪いものじゃなくなったと思えるようになったしね。
「はははっ。なるほどね。これからは私も真似してみようかな?子供たちにここまで頑張れなければそれこそ「根性無し」だ。」
憑き物の落ちたような顔で笑う雄二さん。どことなく「気合」の入った笑顔。といった印象を受けた。
「それにしても・・・彼。貴志くんだったかな?あんなにいい男そうそういないと思うよ。余計なお世話かもしれないけど、離さないようにね?」
相変わらずにこやかに貴くんとの関係性にお節介を焼いてくれる雄二さん。
まったく・・・どうしてこうも、わたしの周りには心配性が集まってくるんだろうか?
そんなにわたしは危なっかしく見えるのかな?
「大丈夫ですよ。そんなこと10年以上前から知ってますし・・・わたしも、貴くんが大好きですから!」
わたしは彼ほど真っ直ぐには生きれてないけど。いつかはちゃんと、言葉に出して伝えよう。
改めて心に決めながら、いまだに半泣きのナイトくんの横顔を眺めていた。
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2人に見送られながら菅原家を後にする。
「とりあえず病院行こ?」
「心配性だな~ユキは。もう大丈夫だって!」
「消毒液が怖いの??」
「そ、んなわけねえべや!消毒の百や二百ドンとこいだ!」
「あっそ。でもほんと、無理だけはしないでね?」
むう・・・やはり冷たい。「あっそ。」って・・・
「貴くんがケガして動けなくなっちゃったら・・・その・・・わたしも外出とかしづらくて困るし・・・。」
伏し目がちにもにょもにょっとしゃべるユキ。ユキはユキなりに心配してくれているのだろう。
「それこそ心配ねえや!たとえ消毒液の海に沈もうと包帯の山に埋もれようとも颯爽と這い出して、絶対駆け付けっから!」
「颯爽と這い出す。ってなんか新しいね・・・」
わしゃわしゃと頭を撫でる俺の手をめずらしく振り払わずに受け入れるユキ。
珍しいこともあるもんだ。このチャンスを逃さずにできる限り撫で溜めしておかねば・・・
「むっ!あぶねえ!!」
人が余韻に浸っている最中にも関わらず彼女の不幸は絶好調。
なぜか置かれていたバケツになぜか溜まったコーラ。そこにどこからともなく大量のラムネが降り注ぎ糖分が大爆発を起こす。
「あめえっ!いろんな意味で!!」
確かにコーラは気合いの象徴のような飲み物だが、やはり浴びるんじゃなく飲むのが一番だな。
「大丈夫か?」
振り返り、念のためユキが糖分大爆発の被害を受けていないかを確認する。
「いつもありがとね。でも、その手で頭撫でたら、二度と口利かないから。」
やはりいつもクールなユキにはこの多量の糖分はお気に召さなかったようだ。この対応の
「今日はもう帰ろっか。」
「学校はどうすんだよ?」
「わたしは貴くんと違って一日くらい休んだって何にも問題無いから。それに、そんなコーラまみれの人と登校するのはさすがにちょっと。」
明らかにいつもより3歩ほど遠い間合いで話すユキ。
「そうまで言うならしょうがねえなぁ。俺の皆勤賞もここまでか・・・雨にも風にもインフルにも負けなかったおれが清涼飲料水に敗北することになるとはな。」
しみじみと空を見上げため息をつく。
「なあ――」
「ストップ。」
まだほとんど何も言っていないのにいつ間にか距離を詰めていたユキに口を押えられ言葉を遮られる。
「うわ。べたべたする。」
そしてその手を、無事だった俺の背中側の服で拭う。
「なんだよ。」
「そういう似合わないことは言わないの。どうせ頭を使ってもろくなこと無いんだから。」
何とも察しのいい奴だ。
「・・・たしかに。気合の足りねえ発言をするとこだった。」
結局、あれは正しかったのか。バカなおれには全く分からない。結果的にみんな笑っていたが、良かったと言っていいのだろうか・・・
「またらしくない顔してる。大丈夫。少なくとも、ここに1人、良かったって心から思えてる人がいるから。」
優しく微笑んだユキは足取り軽く家への帰路を進む。
「そりゃ、よかった。・・・てか今俺の心読んだよな?」
「さあね?人を見てる時って、意外と見られてたりもするのよ。」
「ユキの言葉は難しくて俺には分からん。」
わざと小難しい言い方をしなくてもいいじゃないか。わかっててやってるだろう・・・
「ふふっ。そのうち教えてあげる!ほら、帰るよ?」
最後まで何が言いたいのかの意味が分かっていないが、まあ珍しく誰が見ても分かるほど上機嫌なので良しとしよう。
そう思い後を追いかける。と言うかそろそろ距離を詰めておかないと――
「言わんこっちゃねえ!」
家の前で水まきをしていたおばあちゃんが突然フルスイングで水をまき始め間に入りユキをガードする。
「あらやだっ!ごめんねえ、大丈夫かい?」
「おうともよ!全盛期のバースを彷彿とさせる見事なスイングだぜ、ばあちゃん!」
誰も悪くない、ただ、運が悪かっただけの。
そんな、小さな男の子の大冒険のお話だった。
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