第1話 魔王と書いてパパと読む。

 禍々しい雰囲気の椅子に腰かけ、銀色の瞳が見詰める先。魔王の腕の中には、冷えないように小さなマントにくるまれた生まれたての赤子が眠っていた。

 すーすーと寝息を立てる息子を、静かに眺める魔王。

 ほっぺを突くと、起きてしまったようで。父親の顔を見ると「キャッキャッ」と笑う。

「ふん、我が子ながら愛想のいい」

 にっと笑う魔王に首を傾げ、赤子は「ぱぱ、ぱぁぱ」と手をぱたぱたさせる。早速目の前の存在が何だかを理解したようだ。

 魔王は息子の体に魔力を注ぎ、急成長させる。ここじゃ珍しくない話。赤子は戦えない、いつ襲ってくるか分からない人間から身を護る為だ。といっても魔王は普通よりも小さめまでの大きさでとどめてしまった。

 一気に姿を大きくし、魔王の膝の上にちょこんと座っていた。

 同じ銀色の瞳を丸くし、父親である魔王を見詰める。小さな右手は父親のマントをぎゅっと握っている。

「お前の名前は、リュト。リュトワールだ、言えるか?」

 人の間で伝わる冷酷な表情とは裏腹に、優しい笑みを浮かべる。長めの黒髪が揺れ、リュトの頬に触れる。

「ゆと?」

「リュトだ。まだ難しいか?」

「にゅ、りゅと」

「なんだ言えるじゃないか、覚えが良くて助かる」

 どこか誇らしげに感じる声色だった。魔王は息子の頭を撫でる。

「では、これは分かるかな?」

 魔王がそう言って、にやりと笑みをこぼした。家臣の一人がなにやら大きな箱をもって前にやってくる。

 横長の随分厳重な箱で鍵が上下に二つずつある。どうやら先に鍵は外して置いたようでだ。リュトがそちらに顔を向け、興味深そうに見つめる中で、家臣が箱をゆっくり開けた。

 中にあるは、高級そうな赤いクッションの上に、真っ白な刃を持つ綺麗な剣。

「剣に認められた勇者のみが扱う事が出来る聖剣よ」

 喉で笑う魔王。リュトは剣をじっと見詰め、心の中で感じた何かを探っている。



 昔、国の宝庫で厳重に保管されていた聖剣。誰にも扱う事が出来なかった。いつか魔王が現れた時の為に、それを撃つ倒す勇者が現れた時の為に剣は眠っていた。

 静かに、己が認める主が現れるのを待っていたのだ。

 しかし、いつの日か剣はなくなっていた。夜、警備員が一瞬の油断をしたそのちょっとした隙で奪われてしまったのだ。

『この話では、聖剣は魔王によって奪われたという説が強いです。魔王の不死の体でもこれに触れると耐えきれないようです。ですから、あらかじめ排除しておいたという事ですね。ここテストに出やすいところなので、覚えておいてくださいねー』


 ハッと頭に何かが甦ったような感覚がした。

「聖剣……」

 ポツリと言葉を漏らすと当時に、ぼんやりとしていた記憶が鮮明に脳裏に過る。全て思い出した、自分は勇者としての一歩を踏み出したところで殺された。しかし、今自分は生きている。

「っ!? なんで」

 膝の上で向きを変え、魔王と向き合う形になった。見上げると、そこに見える顔を本能が父親だと認識しているのだ。

「やっと気付いたか、勇者よ。まあ、今は我が子だがな」

 また何度目かのなでなで。浮かび上がったのは撫でられた事への喜びと、自分が倒すべき存在の子供になってしまった困惑だった。

「じょ、状況の説明をしてほしい、です」

「我が子よ、敬語など使わんでよい。俺は固いのは嫌いだ」

 魔王に手を取られ、握られる。優しく促すような口調だが、合わせられた手の大きさから伝わる格差から、いいえとは言えなかった。リュトは無言で頷く。

「そうだな、説明しよう。まず、俺は魔王リュガワール。人間が必死こいて殺そうとしているのは俺だ」

 そう言えば、魔王魔王と言われているが名前は初めて聞いた。リュガワール、だからリュトワールと名付けられたのか。勝手に納得していた。

「お前等で言う四天王には未来予知出来る奴がいてな、そいつが言うにお前は……勇者レイソは十年後、仲間と共に俺を殺して、誰もが尊敬する英雄となるとの事」

「正直、俺は飽きてきた。尽きぬ命を燃やし、退屈を人間虐殺で凌いでいた。弱者がつぶれる姿はなんとも愉快な事よ。だが、もう無様な命乞いも聞き飽きたから死んでもいいと思っていたのだが」

 はあっとため息を突き、リュトの頭に手を乗せる。

「大臣共が『ご子息も残されないで息絶えられたらこっちが困る』ってうるさくてな、どうせなら最期に賭け事でもしようかと思ってな」

「いずれ成長したら、お前はその姿でも聖剣を操れるようになれるだろう。もしそうなったら、愉しく決闘しようではないか。ただ、親である俺に刃を向ける事が出来たらの話だがな」

「俺を殺したいのなら、愛着を持たない事だな」

 そう言うと魔王リュガはリュトを抱え、立ち上がる。

「と言えど、衰弱死などされたらつまらん。俺も相応に親としてお前を育てる。勿論、次期魔王としてな」

 長い廊下を歩きながら、たどり着いた扉を勢いよく開ける。そこにはバルコニーがあり、下を見れば魔族が沢山が集まっていた。

 リュガはすうっと息を吸い、大きな声で民に告げる。

「民よ、重大発表だ! ついに俺に子が生まれた! 名はリュトワール、いつか俺に変わってこの世界を治める魔王となる者だ!」

 魔王様万歳と声が上がる様子を、満足げに眺めるリュガの顔をじっと見詰める。

 この人が、パパ。本能ははっきりとそう言っているが、心はそれに追いついていない。この人を殺さないといけない。自分は勇者なのだ。

「パパ」

「ん、どうしたリュト」

 返された優しい笑顔が、本当にあの恐ろしいと言われる魔王のモノなのか、リュトは分からなかった。

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