第888話 明け方に鬼は怒る

「夜明け前に目が覚めた」

  「何があった?」

「水音がしたのよ」

  「水音?」

「雨漏りの水がバケツを溢れて」

  「そりゃひどい」

「鬼かな?」


・・・

「記事の内容」が関係する。

(私見)


鬼が「痛い」と感じる記事を書くと、その後「怒りの雨」が来るのだ。


多分、鬼による「憲法違反」を匂わせたからだろうか。


鬼は自分が神に化けるが、それは「御上に化ける」という意味でもある。


「正義」を名乗って物事を進める連中なので、「違反」が指摘されると怒り狂うのだ。


それは「偉反」つまり、「創造主への反逆」を指摘されたようなものだ。


これらは、「見え見え」であって、知る人も増加しつつある。


「創造主の名『イハウヘ』」を消そうとしたり、その臣民を羊料理で喰らいまくり、指摘されたら怒るのだ。


愚かなる鬼ども、イハウヘの怒りと鉄槌を受けよ。




 ■人の意思がすべてを決める


「違反」という言葉も、人間の意志が訴えを出さなければ鬼は平気。


つまり人類の祖をエデンから連れ出す時、こんな言い訳をしている。


「彼らの意思を尊重せよ」

「我々はその意志に沿ってる」

「何が悪い」


言い訳を通すため、人類が鬼の支配に怒りを示さぬよう、視界を真っ暗にした。


「神に化ける」のもそのためだ。


人類が「鬼」を「神」と思って従う以上は、何をしても自由だというのである。


「たとえ殺されてもご意思だ」

「仕方がない」


しかし、世の中を支配して来た鬼の理不尽に人類が気付いて拒否反応の意思を示すようになれば、天軍への歯止めが外される。


これに要する「人数」があるのだろうと思われる。


黙示録に「殺される義人の数が満ちるまで待ちなさい」という記述がある。


奇妙だったが、あまりに巨大な創造主の決意が関係しているからかも知れない。


もし短気な神であれば、ホレブの地で「前の神」が子牛崇拝に怒り、大勢が死んだような悲劇に繋がってしまうだろう。


本物の天の神の経回路には、安定性があり、それは全体からすれば観て良い事である。




 ■石文の必要性


人類が目覚め、怒りを発し、それに呼応した天軍が活動を起こしてくれないと、貧者の損壊は大きくなる。


出来るだけ多くの「石(意思)の文」が投げられて、鬼の壊滅が早まるよう願っている。


それが夜明けであり、明け方に消える鬼だが、「楽な消滅」を許したくはない。


怒るなら怒れ。

(イカレポンチめ)


あれだけの事をして来た鬼神に対し、我らの方がもっと怒る理由がある。


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