第511話 救いの符丁

「イエスが呪文を使ってるね」

  「どんな?」

「『エパタ』!」

  「あれか」

「考えてみようか」

  「うん」


・・・

イエスは時々、奇妙な言葉を使っている。



マルコ7章(エパタ・開け)

31 それから、イエスはまたツロの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通りぬけ、ガリラヤの海べにこられた。

32 すると人々は、耳が聞えず口のきけない人を、みもとに連れてきて、手を置いてやっていただきたいとお願いした。

33 そこで、イエスは彼ひとりを群衆の中から連れ出し、その両耳に指をさし入れ、それから、つばきでその舌を潤し、

34 天を仰いでため息をつき、その人に「エパタ」と言われた。これは「開けよ」という意味である。

35 すると彼の耳が開け、その舌のもつれもすぐ解けて、はっきりと話すようになった。

36 イエスは、この事をだれにも言ってはならぬと、人々に口止めをされたが、口止めをすればするほど、かえって、ますます言いひろめた。



呪文に類するのだろうか?


日本なら、こんな言葉。



【パタン】

軽いものが倒れたり当たったりする音。



「エパタ」は「得・パタ」にも感じるのだが、奥が深そうだ。



これも参考になる。



【瞬く】マバタク

まぶたを明けたり閉じたりする。またたく。



古代は「マ・パタ・ク」と使っていたかも知れない。



「エパタ」という言葉が翻訳されずに使われている理由は、やはり


→ 呪文(?)


但し呪文は、使う人の「意識」が伴わねば効果を発揮しない。


呪文がスイッチだが、エネルギーとなるのは人の意識だからである。



マタイ21章(信じるべし)

21 イエスは答えて言われた、「よく聞いておくがよい。もしあなたがたが信じて疑わないならば、このいちじくにあったようなことが、できるばかりでなく、この山にむかって、動き出して海の中にはいれと言っても、そのとおりになるであろう。

22 また、祈のとき、信じて求めるものは、みな与えられるであろう」。



「22節」にある数字は、葛藤。


世の常識に支配されると、葛藤が生じ、結果は出せない。


しかし、疑いのない心にキーワードとなる呪文でスイッチが入ると状況が動く。


イエスはそう教えている。


「100発100中」の話にも出てきたが、弓で鳥を落とす「名人の村」では、「当たるのが常識」となっていた。


それほど「意識の力」は強力なのである。




 ■日本は宝の符丁だらけ


こんな諺がある。



【毒食わば皿まで】

どうせ毒を食ったのならば、皿まで舐ってしまうように、思い切って禁忌を破ったのであれば、もはや良識などは気にせず、徹底的してやるべきであるの意。

どくくはゞさらねぶれ (毛吹草)

https://ja.m.wiktionary.org/wiki/Wiktionary:%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8



日本がイエスの直弟子の国であれば、当然「極意」も伝えられているだろう。


※ 残念ながら、蛇が水を吐いてそれを薄めてしまったが、その中から一つでも拾い出せたらと考え、試行錯誤を続けている。


そして、こう思った。


ヘブライ語の「サラマー」が含まれているのか。


※ 「サラマー」は「さらば」と訛って使われている。


→ 毒食わば「サラマー」で


つまり、毒を食ってしまったら、「サラマー」でおさらばしろ。


そう思った。




 ■効いたのか?


ある日、内臓の一部が痛かったので、恐らく食品添加物か何かの微量毒素に当たってしまったのだろう。


早速、毒を追い出す意識をもって「サラマー」を唱えてみた。


すると・・・

痛みが引いた。


「サラマー」と、「追い出す」という意識が効いたかどうかは不明である。




 ■「ね」の秘密


こんな諺を思い出した。



【果報は寝て待て】

解:幸運は人力ではどうすることも出来ないから、焦らないで静かに時機の来るのを待っていれば良い。



飛躍だが、こう分析した。


→ 果報は「ね」で待て



英語の「ね」を探した。



【net】ネット

1.正味の、掛け値のない。

2.最終的、究極の、基本の。

3.純益・正価。

※ 物・事が純益をもたらす。



これを「子」(ね)と判断。

(価値ある→「ね」)



聖句はダニエル書。


資料:

聖書の、契約の箱の、奪われた時期、戻ってきた時期| OKWAVE https://sp.okwave.jp/qa/q8912354.html#a24748813



奪った相手は、「金の痔」の像と、「金のネズミ」の像を加えて送り返して来た。


このうち、ネズミがどうしても理解出来なかった。


そしてこんな解釈が浮かんだ。


→ 子(ネズミ)の像


干支のネズミと「神輿」が結び付く。


確かに、契約の箱は「御子」の象徴。


つまり、彼らは霊感で「御子」(子=ね)に不敬な事をしたと感じ取ったのだろう。


「ね」は「値」(net)であり、


神輿は「子」(ね)の象徴なのである。


価値を教える言葉

→「あのねのね」



ここまで漕ぎ着けるのは大変だったが、これで「寝て待て」の意味が推測できた。


→ 果報は「子」で待て


※ 神輿(子)が伊勢神宮の地下に幽閉され眠っている。この御子が起きなければ、国家の「果報」は期待できない。


子を疎かにすると日本全体が没落する。(教訓)



しかし、個人的に、

「ね」という呪文が使えないだろうか。


「あのねのね」も謎めいているが、日本人はよく、こんなセリフを口にする。


「ネーお願い」


この「ネー」は、御子への願いに繋がる呪文かも知れない。


この先、

「ネー」が「救いの符丁」かどうかは、「試す価値あり」…と感じている。


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