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2022年10月10日 18:38 編集済
ヒロソ様。R.シュタイナーの「秘儀参入の道」をご紹介したのは、「快適さ」とサタンの関係のついてだけでなく、ネッテスハイムのアグリッパによる「天体の鬼神」について、籠に閉じ込められた人間の現状、そして、地球が地球自らを治められなくなり「宇宙内での相応しい地位を失った」経緯や「太陽による不当な(地球の)統治」について描かれているからです。長くなりますが抜粋しました。機械翻訳では理解できない部分があります。人間が鬼に関わることになった経緯や、キリストの救いがどんなものかをうかがい知る事が出来ます。 * * *一応、アーカイブより。https://rsarchive.org/Lectures/GA233a/English/RSP1965/19240111p01.html同書「Ⅳ 薔薇十字の学堂」p.146~・・・プトレマイオスの宇宙体系は今日考えられているように、時代遅れの陳腐なものではありません。いかに地球は宇宙内での自らの運行を自ら決定できる力を有しているかが示されているのです。宇宙体系を正しい仕方で、つまりプトレマイオス的な意味で、表現しなければなりません。人間にとって、地球は宇宙の中心であり、他の星々は地球に指揮されて回転しています。「地球を研究すれば、プトレマイオス以外の宇宙体系に至ることはない。だが、そうではないのだ。人間が罪を犯したことによって、地球は不当にも太陽の領域に移行した。太陽が地球の君主となったのだ。それゆえ、神々から与えられた地球を中心とするプトレマイオスの宇宙体系に対して、太陽を中心として、そのまわりを地球が回るというコペルニクス(1473~1543)の宇宙体系が立てられたのだ」・・・・・・近代に生じた、人間と宇宙の関係についての見解の激変を正しく把握するためには、このようなことを知らねばなりません。自分自身との生き生きとした関係の喪失、自分自身からの疎外とともに、人間は今日支配的な、外的な理解にすがりつくようになりました。この外的な理解はいったい人間的な体験なのでしょうか。もし人間的な体験なら、これほど外的な仕方で体験されることはなかったでしょう。この外的な理解は実際、個々人にはまったく結び付いていません。この理解は何か形式的なことです。この理解は内的な人間から湧き上がるものではありません。この理解は本来何か外的なものとして現れます。次にp.141~・・・太陽は地球から分離したものです。人間は土星紀以来、太陽系とともに、太陽に結ばれています。太陽は人間の発祥の地なのです。人間の故郷は地球ではありません。人間は一時的に地球に滞在しているのです。・・・(つまり、本来の人間はエーテル(生命体)的存在として地球に立つはずであったとあります。)・・・人間種子は植物的純粋さをもって地上に幡かれ、おぼろげに輝く地球の果実としてあちらこちらにエーテル的に現われ、一定の季節の太陽の光を浴び、この光を通して、人間的な形態を受け取るのです。母胎からではなく、地球と地球上の存在から人間は物質素材を引き寄せねばならないのです。このように、宇宙の霊性として、人間は地上に歩入ると考えられていました。その後、人間は地上の素材に対するあまりに深い衝動と、あまりに強烈な熱望を自分の中に目覚めさせました。このことを通して人間は、太陽および宇宙との関係を失い、地上において、遺伝の形態の中にしか自らの存在を見出だせなくなりました。そして、このことによって地球の鬼神は活動を開始したのです。太陽から生まれた人間には、地上の鬼神は関わることができなかったのです。・・・(以上、抜粋です。) * * *人間の真の安寧は今のままではあり得ません。では、どのようにしたら救われるのでしょうか?それは、上記に有るような本来の姿に成ることです。つまり「植物的純粋さを持ったエーテル人間」になる事です。これが、本当の黙示録の破局の後に訪れます。これが真の救いです。キリストは人間を本来の姿にしようとしています。この「植物的純粋さを持ったエーテル人間」は「薔薇十字」で表されています。ですから、「薔薇十字の瞑想」だけでも死後も私達を正しい道に導いてくれます。シュタイナーの著作にありますが、ブログから貼りつけました。https://wizardofsoul.org/5494.htmlhttps://wizardofsoul.org/16270.htmlhttps://wizardofsoul.org/16879.html物質肉体は鬼の領域です。人間は鬼の領域に引き込まれました。鬼の領域ですから鬼がいるのは当たり前です。人間はキリストの力を借りて、かつて、エジプトを脱出したように、鬼の領域を脱出しなければなりません。その手段が上記の瞑想です。
編集済
ヒロソ様。
R.シュタイナーの「秘儀参入の道」をご紹介したのは、「快適さ」とサタンの関係のついてだけでなく、ネッテスハイムのアグリッパによる「天体の鬼神」について、籠に閉じ込められた人間の現状、そして、地球が地球自らを治められなくなり「宇宙内での相応しい地位を失った」経緯や「太陽による不当な(地球の)統治」について描かれているからです。
長くなりますが抜粋しました。機械翻訳では理解できない部分があります。人間が鬼に関わることになった経緯や、キリストの救いがどんなものかをうかがい知る事が出来ます。
* * *
一応、アーカイブより。
https://rsarchive.org/Lectures/GA233a/English/RSP1965/19240111p01.html
同書「Ⅳ 薔薇十字の学堂」p.146~
・・・プトレマイオスの宇宙体系は今日考えられているように、時代遅れの陳腐なものではありません。いかに地球は宇宙内での自らの運行を自ら決定できる力を有しているかが示されているのです。宇宙体系を正しい仕方で、つまりプトレマイオス的な意味で、表現しなければなりません。人間にとって、地球は宇宙の中心であり、他の星々は地球に指揮されて回転しています。「地球を研究すれば、プトレマイオス以外の宇宙体系に至ることはない。だが、そうではないのだ。人間が罪を犯したことによって、地球は不当にも太陽の領域に移行した。太陽が地球の君主となったのだ。それゆえ、神々から与えられた地球を中心とするプトレマイオスの宇宙体系に対して、太陽を中心として、そのまわりを地球が回るというコペルニクス(1473~1543)の宇宙体系が立てられたのだ」・・・
・・・近代に生じた、人間と宇宙の関係についての見解の激変を正しく把握するためには、このようなことを知らねばなりません。自分自身との生き生きとした関係の喪失、自分自身からの疎外とともに、人間は今日支配的な、外的な理解にすがりつくようになりました。この外的な理解はいったい人間的な体験なのでしょうか。もし人間的な体験なら、これほど外的な仕方で体験されることはなかったでしょう。この外的な理解は実際、個々人にはまったく結び付いていません。この理解は何か形式的なことです。この理解は内的な人間から湧き上がるものではありません。この理解は本来何か外的なものとして現れます。
次にp.141~
・・・太陽は地球から分離したものです。人間は土星紀以来、太陽系とともに、太陽に結ばれています。太陽は人間の発祥の地なのです。人間の故郷は地球ではありません。人間は一時的に地球に滞在しているのです。・・・
(つまり、本来の人間はエーテル(生命体)的存在として地球に立つはずであったとあります。)
・・・人間種子は植物的純粋さをもって地上に幡かれ、おぼろげに輝く地球の果実としてあちらこちらにエーテル的に現われ、一定の季節の太陽の光を浴び、この光を通して、人間的な形態を受け取るのです。母胎からではなく、地球と地球上の存在から人間は物質素材を引き寄せねばならないのです。このように、宇宙の霊性として、人間は地上に歩入ると考えられていました。
その後、人間は地上の素材に対するあまりに深い衝動と、あまりに強烈な熱望を自分の中に目覚めさせました。このことを通して人間は、太陽および宇宙との関係を失い、地上において、遺伝の形態の中にしか自らの存在を見出だせなくなりました。そして、このことによって地球の鬼神は活動を開始したのです。太陽から生まれた人間には、地上の鬼神は関わることができなかったのです。・・・(以上、抜粋です。)
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人間の真の安寧は今のままではあり得ません。では、どのようにしたら救われるのでしょうか?それは、上記に有るような本来の姿に成ることです。つまり「植物的純粋さを持ったエーテル人間」になる事です。これが、本当の黙示録の破局の後に訪れます。これが真の救いです。キリストは人間を本来の姿にしようとしています。
この「植物的純粋さを持ったエーテル人間」は「薔薇十字」で表されています。ですから、「薔薇十字の瞑想」だけでも死後も私達を正しい道に導いてくれます。シュタイナーの著作にありますが、ブログから貼りつけました。
https://wizardofsoul.org/5494.html
https://wizardofsoul.org/16270.html
https://wizardofsoul.org/16879.html
物質肉体は鬼の領域です。人間は鬼の領域に引き込まれました。鬼の領域ですから鬼がいるのは当たり前です。人間はキリストの力を借りて、かつて、エジプトを脱出したように、鬼の領域を脱出しなければなりません。その手段が上記の瞑想です。