第315話 都から犬が消える?

「あの神社見て」

  「なに?」

「狛犬が一つしかない」

  「えっ!あっホント!」

「盗まれたのかな?」

  「まさか」

「何事だろう」


・・・

慣れ親しんできた風景だから、

ショックだと思う。


もし本当に、そうなったなら。


しかし、像は象徴であり、重要な依代でもある。



【依代・憑代】よりしろ

神霊が招き寄せられて乗り移るもの。樹木、岩、石、五平、神籬(ひもろぎ)などの有体物で、これを神霊の代わりとして祭る。かたしろ。



時々言及していたが、現在の神道は出雲からの引き継ぎで成立し、新旧の家が合体している。


引き継ぎは完全でなく、「水漏れ」を生じたであろうと予測していた。


そしてそれが、判明した。

(私の中で)




 ■ギザの情景に向かうのか?


黙示録では「蛇」が女の後ろに川のように水を吐いた・・・とある。


「後ろの女」というヒントを使って考え、それは当初「仏教」であろうと思っていた。


しかし、一番肝心の神道の社に「犬」が座っている。


我々から向かって右、神の側からすれば左を固める「阿の狗」である。


「阿の狗」はサタンであると散々書きながら、そこが彼の依代(憑代)になっていると気付く事は無かった。


しかし今、愛犬を失ってその痛みを知り、こう思うようになった。


もし、神道関係者が「阿の狗を捨てろ」と言われたら・・・


長年連れ添ったその犬を捨てられるだろうか?


それは長い歴史を共に歩んだ相棒ではないか。


それがもし、サタンの憑代であると言われたとしても、その伝統が蛇の吐いた水による川の流れに浸っていると言われても・・・


まるで片腕を失うかのように辛い思いをするだろう。


しかし現実に聖書は、石の像に神が宿ると教えており、その神が往年のルシファーであると指摘された形になっているのだ。

それでも、二の足を踏むだろうか。


「我々はルシファーの座を据えていたか」


「それでこの国は、

あの苦痛を受けてきたのか?」


「それを阿の苦痛とは思いたくないが・・・」



この先、どうなるか私には読めない。


しかし、黙示録に「犬は都の外に出される」と書かれており、そこに多重の意味が有る事は知っている。


「偶像崇拝排除」の記述がその後ろに来ている理由は?

(推して知るべし)



やがて来る、神の都の崇拝から、犬が消えてしまう。


(獅子が残る)


それだけは確かである。


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