第4話 日本になぜ地蔵崇拝があるのか
「地蔵がジーザスだって?」
「そうジーゾス」
「白人式の呼び名でしょ?」
「うん」
・・・
イエス・キリストを英語読みすると
ジーザス (Jesus) 。
ヘブライ語を使う選民なら、
イエスの名を
→ ヨシュア (Joshua)
と、呼んでいた。
それは英語名の「ジョッシュ」などになっている。
つまり、ジーゾス(地蔵)は明らかに、当時のローマ圏を通ったイエスの名。
その名が日本に来た経緯を考えよう。
ユダヤ指導者たちはイエスに敵対し、ユダヤ高等法院「サンヘドリン」がイエスを有罪と決め付けた。
当時のユダヤはローマの属国だったから、彼らはローマ総督の「ポンテオ・ピラト」にイエスを裁いて欲しいと突き上げた。
気乗りがしなかったピラトは裁こうとしなかったが、ユダヤ指導者たちは民を扇動して大騒ぎを起こす。
「十字架に掛けろ!」
暴動が起きそうなのを見て、ピラトは言われるままの有罪を宣告してしまう。
処刑後、多数の追随者の悲しむ姿があった。
「申し訳ない」
まともな神経の人なら、その後どうしただろう?
ローマとユダヤはやがて戦争状態になり、エルサレムはローマ軍に包囲された。
蟻の這い出る隙もない。
ところがなぜか、その軍は理由もなく引き上げてしまった。
「勝った勝った」と浮かれ騒ぐユダヤの民衆を尻目に、イエスの追随者たちは都を脱出する。
まるで、彼らが逃げ出すのを待っていたかのように、ローマ軍は再来し、ユダヤは滅んだ。
ポンテオ・ピラトは、情勢変化の中で、イエスの弟子たちの行く末を見守っていただろう。
危険な旅に出る弟子たちを、放置したとは考えられない。
「警護の軍団をつけてやれ」
軍団が、日本までの旅路を警護したとすれば・・・
■太秦はローマを意味する
京都の太秦(うずまさ)は、ローマを意味する名である。
理由までは解明されていない。
しかし、エルサレムを脱出したイエスの弟子を警護したローマ勢力が、共に入国したと考えればどうだろう。
旅の途上の交流の中、ローマ兵に「ジーザス信仰」が生じたとすれば、それは「地蔵への崇拝」という形になっても不思議ではない。
彼らは異邦人なので、選民の「天照信仰」に加わることができないからだ。
これに似た図式が、日本とナチスドイツの関係にあるかも知れない。
■崇拝に参加したナチス?
ナチスドイツのシンボルは、
→ ハーケン・クロイツ
それは地蔵のシンボルを裏返し、日の丸の配色を逆にしたようなデザインとなっている。
実は、ヒトラーに多大な影響を与えた師匠「カール・ハウスホーファー」は、日本の那智勝浦まで足を伸ばし、神道の神主経験までした日本通である。
那智→ ナチス?
そして「地蔵のシンボル」鉤十字との奇妙な一致。
異邦人として、ローマ式のメシア崇拝を行う姿が根底にあるのではないか?
地蔵への崇拝は異邦人が持ち込み、中央の崇拝とは違った形で定着した・・・とすれば、
「日本になぜ地蔵崇拝があるのか」という疑問解明に、少しは寄与できるかも知れないと考えている。
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