色々と後ろめたい思いを抱えていた私は、恐る恐る玄関に出ると、三島君は開口一番、「ごめん…」と蚊の鳴くような声で呟きながら、しわくちゃになった一枚のプリントを差し出した。


 見ると、私の描いた漫画だった。


 それは運動会をテーマにした、B4の見開き一枚を丸々使ったもので、それなりに力作だと思っていたものだった。

 どこかに失くしたものだとばかり思っていたが、もともと自作を大事に保管しておくたちでもなかったので、たいして気にもしていなかった。


 でも、それがなぜ…。

 差し出された漫画と三島君の顔を交互に眺めながら目を白黒させていると、三島君は顔を赤らめながら、次のようなことを僕に打ち明けた。


 それは予想もつかない方向から飛んできた弾のように、私の胸の中心を撃ちぬいたのだった。





 三島君の趣味は漫画だった。それは漫画誌を同時並行に読むにとどまらず、いつしか自ら描くことに発展していた。その内容は主にジャンプやサンデーなどで活躍しているキャラが寄せ集めになってバトルを行うものだった。


 それは以前の学校ではクラスで絶賛を受けており、三島君自身の特技の一つとして、密かにうぬぼれていたのだという。


 ところが、この学校に転校してから私の漫画をみて、すっかり打ちのめされてしまったということだった。


 私の漫画は全て学校の友人達を登場させたギャグマンガだったが、どの漫画も馬鹿馬鹿しいほどのハイテンションで描かれていて、たいてい大爆発で終わる。

 そこには絵もストーリーも酷くいい加減なものだったが、しかし三島君言わせれば、その汚らしい作品の数々には「紙の中から飛び出してきそうなほどの迫力」があり、「圧倒的なパワー」があり、「逆立ちしても追いつけない才能」があるということだった。


 まるで狐に包まれたかのような話、でも、涙まじりで口から泡を吹きだしながら語る三島君が、冗談を言っているようにはとても思えなかった。


 三島君の漫画は線などもきちんと定規を使っていて綺麗ではあるが、所詮は既成の漫画の真似事に過ぎない。オリジナリティーがない。

 引き換え私の作品は下手だが、オリジナリティーしかない。そして私はそれを臆面もなく友人たちにみせびらかして、いじられているのである。


 三島君はそうした様子を見て、とてもじゃないがこの学校で自分の漫画をさらすわけにはいかないと決めたのだった。そして折々私の漫画を見てはその技法を自分のものにしようとするが、全くうまくいかない。そのうちにすっかり自信をなくしまい、漫画を描くことが出来なくなってしまったということだった。

 

 そしてある日の放課後、誰もいない教室で私の机の中から私の漫画を取り出して眺めているうちに、悔しさと嫉妬が沸々とふくれあがり、思わずくしゃくしゃに丸めて、ポケットにねじこんでしまったのだった。


 以来、三島君は私の目線が気になって仕方がなく、なんとなく避けるようにしていたということだった。


 ところが卒業も間近になって、このままでいいのだろうかと思い始めてきた。


 三島君は中高一貫の私立高に行くことが決まっているので、卒業後、私と会う事もできなくなる。

 このまま、罪の意識を引きずりながら私の前から姿を消していいのだろうか、それは脅威から逃げているだけなのではないだろうか、今後中学に上がり、大人になっていく初期の段階で、余計な思いを心の中にぶら下げたままになりはしないだろうか、それで本当にいいのだろうか、と。


 そこで意を決し、決着をつける思いで洗いざらいすべてを話しに来たのだと、泣きながら力強く告げたのだった。





 私は三島君の話を聞きながら、足元ががたがたと震えてくるのを感じていた。


 同じ小学校六年生、同じ年齢、そして罪の内容もどこか似たようなものなのに…、なのに、この志の違いは一体何なのだろう。


 私は矢も楯もたまらず、部屋から「ヴァルキュリアスドラゴン」を取り出して、三島君に差しだし、私自身の罪のてんまつをその場で打ち明けた。


 はじめはとつとつと、だんだん感情がたかまり、気が付くとぽろぽろと涙をこぼしていた。


 以外にも三島君は、自分の家から「ヴァルキュリアスドラゴン」が無くなっていたことに気が付いていなかったようで、私の涙交じりの自白を聞いて、そんなことはもうどうだっていいよ、と顔をくちゃくちゃにして応えた。

 

 小学生二人が玄関で涙の懺悔を交わしている光景は、大人の目から見ても情に強く訴えるものがあったようで、その場に出てきたお母さんやおばあちゃんまでも感化されてしまい、皆がその場でむせび泣くといったような、まるで劇場の舞台のような光景がそこに発生していたのを、今でもよく覚えている。





 三島君はヴァルキュリアスドラゴンを受け取らなかった。

 頑に受け取らず、その後さらに自宅から三島君の持つコレクションを全てプレゼントしてくれた。

 三島君にとっては遊び方もよく分からず、特に興味もなく、なにより三島君自身のお詫びの気持ちもあったのだろう。


 私はそこで更に感動してしまい、私の家にあるだけの「私の書いた漫画」をお菓子の空き箱にぎちぎちに詰めて手渡した。

 三島君は箱を大事に抱えて、将来私が漫画家になった時に自慢できるよう、大切に保管しておくと言って笑った。


 そして僕と三島君は互いに喜びを分かち合い、互いの小学校時代に幕を下ろしたのだった。

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