承Ⅱ

「あ、マスデュがあった。」


 と、M君がぼそっと言ったのを私は聞き漏らさなかった。

 私はぐるりとM君を振り返り、その大きなプラスチックケースにしまわれたカードの束を目にした。


「マスターズ・オブ・デュエリスト」は当時大流行したカードゲームだった。

 それは《マスデュ》の愛称で親しまれ、全国の子供たちを魅了したコンテンツだった。


 私とM君はともに《マスデュ》の世界に取りつかれた子供であり、一緒に遊ぶときは、たいていポータブルのゲーム機が半分、もう半分が《マスデュ》という時間配分で過ごすことが常だった。


 私とM君は多大な興味をもって三島君のコレクションを吟味した。

 そして、その輝かんばかりのラインナップに狂喜したのである。


「マスターズ・オブ・デュエリスト」は、モンスターや騎士が描かれた多彩なカードのうちから40枚の手札を選んで組み合わせ、相手と交互にカードを出し合いながら対戦する。 

 カードにはそれぞれ能力値、特殊効果などが細かく記載されており、プレイヤーはカードの条件に従って相手にダメージを与え、決着をつける。そこには戦略があり、戦術があり、運も経験も勘も知識も必要な奥深さをもっており、覚えれば覚えるほどのめりこんでゆくような中毒性を持っていた。


 さらに、「マスターズ・オブ・デュエリスト」の魅力はなんといってもカードのバリエーションの豊富さだった。


 カードはコンビニやスーパーなど、どこにでも売っていたが、数か月ごとにラインナップが変わる為、その総種類は数千におよんでいた。その中には当然のことながら滅多に目にすることができない希少なカードもたくさんある。


 そして三島君のコレクションからは、そうした希少性の高いカードが次々と発掘されるのだった。


 私とM君は目を輝かせながらそれらのカードに魅入った。『デス・クリムゾン』『クライシス・フォース』『ホーリィダイヴァー』…現物を見たこともない、半ば伝説化しているようなカードの数々…。


 ただ、不思議なことに三島君はその価値をよく分かっていないようだった。

 実際、三島君が作ったらしい40枚の手札の組み合わせをみても、なんともトンチンカンな、まるで日本刀を使って洋菓子を調理するような、または一流の俳優を使って学芸会をするような、おかしな組み立て方になっているのである。三島君が《マスデュ》をよく理解していないのは明らかだった。


 聞けば、以前に転校した学校で一時期遊んだものの、難しくてよく分からないままブームが去ってしまったという事だった。珍しいカードは父親が面白がってWebサイトから入手してくるのだが、正直、そのカードの使い道もよく分からずに放置したままになっていたのだという。

 

 なんともったいない!と、早速私はM君と一緒にその手札を解体し、過ちを正しながら2つの組み合わせを作り、二人で“最強の対戦”に興じた。

 それはまるで雑誌やWeb動画でしか見たこともない、ありえない超絶攻撃の連続で、私とM君は機関銃のように笑い転げた。その間も三島君はにこにこと笑って、僕たちのことを眺めていた。





 三島君の手持ちのカードはどれも素晴らしかったが、中でも私が最も惹きつけられたのは『ヴァルキュリアスドラゴン』だった。


 単体でも十分に攻撃性の高いカードではあるが、少し毛色が変わっており、ある条件下において、ある系統のカードと連続で出したときに絶大な効果を発揮する。

 通常攻撃が二回攻撃となり、ゾーンのモンスターを全て破壊、さらにはアンデット系を無効化し、全回復…、なかなか伝わらないとは思うが、ようするに戦局を圧倒的に勝勢にするコンビネーションを組み立てることができるのだった。


 ゲーム性を損なうのではないかという程の破壊力。かなり初期の頃に発売されたものなので、製作者側も面白半分で作ったものだったのかもしれない。同じ能力を持つカードはその後二度と発売されることもなく、幻のカードとなっていた。


 私は手にした『ヴァルキュリアスドラゴン』の金色の体躯をうっとりと眺めながら、ふと、自分のコレクションに、もしこのカードがあったら…という空想にとらわれ始めた。


 自分の部屋の、数百枚に及ぶカードはいつでも頭の中に浮かべることができる。

 あれとあれを組み合わせてこうしたら…。まるで頭の中で設計図を描くように、私はその妄想に没頭した、そしてその設計の完成図が出来上がった時、私は人知れず歓喜に打ち震えた。


 ただ、それは実現不可能な図面である。

 なぜならその材料の一部は、三島君のものであり、僕のものではないからだ。


 誰でも分かる当たり前の理屈。だが実際どうだろう、三島君はこの『ヴァルキュリアスドラゴン』をきちんと活用している気配はない、これでいいのだろうか、こんなところで『ヴァルキュリアスドラゴン』が陽の目も見ずに打ち捨てられていていいのだろうか、もっと有効活用させるべきなのではないのだろうか、そうだ、担任の工藤先生も言っていたじゃないか、「生まれてきたからにはその本分を最大に発揮させなきゃ」とかなんとか…。

 

 でたらめな理屈。だけど、そのでたらめな理屈が、同じ部屋の中にいる二人の目線を機敏にすりぬけて、手にしたカードをズボンのポケットへと滑り込ませたのである。


 そして私は紅潮した面持ちのまま、M君と一緒に、三島君の家を後にしたのだった。

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