承Ⅰ
三島君の日常はなかなか忙しく、水泳に塾に英語にピアノにと、週のスケジュールに隙間が無い。
だけどその日はなぜか稽古もなく、私は当時最も仲の良かったM君を連れて、彼の住む新築マンションへと足取りを弾ませた。
どうしてそういういきさつになったのかはよく覚えてない。
ただその当時、私は三島君とはクラスのなかでも比較的仲の良い方だった。
三島君は基本的に誰彼とかまわず分け隔てなく親交を持つたちなのだが、ある見方をすれば、それは浅く人間関係を広げているだけであり、誰とも心を相通ずることのない淡泊な関係性ということになる。確かに三島君にはそういうところがあった。
そうした三島君の交友関係の中でも、私はほんのちょっとだけ突出していたように感じられた。一目置かれていたと言ってもいい。
というのも私は当時、クラスの友人たちを模した漫画を描いていたのだが、それを誰よりも面白がっていたのが三島君だったのである。
少し言い方を換えると、当時、私が書いていたお世辞にも上手いと言えない漫画は、友人たちの間でさえ、半ば馬鹿にされる程度だったのを、どういうわけだか三島君だけが唯一、熱心な読者になってくれたのだった。
三島君はが私プリントの裏やノートに書いた『どうしようもない』漫画を常に笑ってくれて、まあ、そんな経緯もあったせいか、三島君とは比較的打ち解けていた方だったのかもしれない。
◇
さて、三島君の家についてからのことである。
三島君の家は裕福だと聞いていたので、玄関に西洋の鎧やシャンデリアなども飾って、執事でも雇っているのかと想像したが、さすがにそんなことはなかった。
新築とはいえ、マンション住まいということになれば、祖父母と一緒に暮らす私の古い一軒家のほうが敷地面積は勝っているのではないかとひそかに思ったりもした。
しかし、実際にその磨かれたような廊下に一歩足を踏み入れてから、私はその「裕福」をことごとく理解し得たのだった。
まず、三島君の家は新しかった。建物はもちろん、玄関のマットも、そこに並べられた靴もインテリアも、ちょっとした家電も小物も、なにもかもが新しかった。
そして、物が少なかった。シンプルで余計なものがなく、必要なものが必要なだけそろえられている。それは貧しくてなにも買うことができないというわけでなく、常に古いものが取り払われ、新しいものに置き換わっているという気配だった。
無駄としか言いようがないがらくたがいつまでも堆積している我が家とは、全く逆のスタイル。
そしてリビングはマンションの最上階ならではの高い天井と、大きな窓からの眺望が遥かに見渡されるのである。
私はなにか胸の熱くなるのを覚えていた。
まるでテレビのCMでしか見たことがないような洗練された空間。
その場にいるだけで、私は子供ながらに、自分の未来の生活の理想像がそこに立ち昇ってくるような気配を感じとっていた。
◇
私たちは始めリビングのテレビでゲームをしていたが、少ししてから三島君の部屋へと移動した。
三島君の部屋もやはりきれいに整頓されていたが、さすがに小学生の部屋らしく、クローゼットの中にはさまざまなモノが雑然と放り込まれていた。
ちょっと驚いたのは、本棚にジャンプとマガジンとサンデーの最新号が並んでいたことだった。
私たちの社会においてはジャンプ以外の漫画雑誌を購読している子供は一人もいなかったため、マガジンと、サンデーまで部屋の棚に並んでいるというのはそれだけで新鮮だった。その三誌を同時に読んでいるのというのもなかなか珍しく、訳を尋ねると、転校する度にその地で読まれている漫画誌が変わった為だということだった。
そして一度読み始めた漫画誌はなかなか中断することもできず、とうとう三誌かけもちになってしまったということだった。
そして机の上には三島君が描いたと思われるジャンプの漫画の模写がさりげなく置かれていた。それはペンをつかって丁寧に書かれていて、私が逆立ちしてもかなわない画力を彷彿させるものだった。
私は大変感心してしまい、もっと漫画を描いたほうがいいのではと進めたが、三島君は、私がかくような漫画はとてもかけそうにないと冗談交じりに、でもなぜか卑屈に顔を赤らめていた。
それから、私と三島君は漫画談議になった。三島君の漫画熱はなかなかのもので、例えばサンデーやマガジンなどで連載されている、私たちにとって未知の漫画の話をじつに楽しそうに語ってくれるのだった。私は夢中でそれらの話に耳をかたむけていた。
ところが同行していたM君は、知らない漫画にそれほどの興味を示すたちでもない。次第についていけなくなり、一人取り残されたような状態で棚の中を漁り始めたのだった。
M君が「マスターズ・オブ・デュエリスト」のカードがいっぱいに詰まったケースを見つけたのはその直後だった。
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