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せっかくですし、私がどうして想い出図書館へ通うようになったかというところから、お話ししましょう。
これから汐世さんも司書になられるのです。私だけ一方的に、汐世さんの想い出図書館へいらした事情を存じている、というのは不公平というものでしょう。
少々長くなりますが、お付き合いください。
私は明治の後半に
父は貿易商を営んでおり、衣食住に困ったという記憶は憶えているかぎり一度もありません。仕事での伝手もあったのでしょうが、当時ではまだ珍しかった洋装をハレの日以外でもいつも着られたということからも、羽振りが良かったことがわかるでしょう。
私は狩野家の跡取りとして厳しく育てられました。ふたつ年下の私の弟にも経営のことを教えてはおりましたが、私ほどではなかったように思います。男子はこうであれ、経営者はこうであれ。父は毎日のように私に言い聞かせておりました。
教育熱心な父は、私が尋常小学校へ上がる以前から商社へよく私を連れてきては、仕事場を見せておりました。尋常学校へ上がると今度は、日中は学校で勉学に励み、戻ってからは父の商社へ出向き商いの手伝いをしました。
手伝いはさほど苦には感じておりませんでしたが、尋常小学校の五年生にもなり手伝えることが増えてくると、ひとつの問題が生じました。
それは本が思うように読めないことでした。
家に帰る頃にはすっかり疲れてしまって、本を読むことができないまま気づけば寝てしまうのです。
人によってはつまらない悩みだと思うでしょう。ですが、私にとっては生きるための拠りどころだったのです。
私はいわゆる本の虫といえるほど、暇さえあれば書物を開いているような子どもでした。手伝いと読書に忙しいので友人もおりませんでしたが、いなくとも困ることはありませんでした。本が読めさえすればそれで良かったのです。図鑑を眺めることも好きでしたが、一番はやはり物語でした。童話だけでは飽き足らず、もっと大人が読むような小説にも手を伸ばすほどでした。
物語を読むということは、単調な現実では経験できない非日常へ、その場からいとも簡単に飛んでゆけるもの。そこに私は楽しみを見出しておりました。
正直なところ、私にとって現実はそこまで面白味を感じさせないものに映っていました。変に達観した子どもであったのです。父に将来を決定づけられ、そのための逃げ場所が読書であったともいえます。不純といえば不純です。
しばらくは本に触れない生活でも何とか我慢できておりましたが、いつまでもはもちません。
ある日決壊する日がやってきたのです。
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