2-8
「やっぱ、恨んじゃいなかった、でしょ?頼鷹さんの名前をもらってるんだもん」
会計を済ませ店を出た汐世は、先に出て待っていた頼鷹へ言葉を投げかけた。
「ええ。知ることができて良かったです。今日は何だか、偶然だとは思えないことばかりでしたね。弟が見守ってくれていたような、そんな心地がします。餃子も美味しかったですし、良い一日でした」
頼鷹も満足そうに頷く。
外では相変わらず熱気が停滞して、木々の上で蝉が競うように鳴いていた。
駅に向かってふたり並んで歩を進める。
「ねえ、頼鷹さん」
「なんでしょう」
「こうやってまたこちら側に出かけるのも良いんじゃない?」
「たくさんは難しいです」
汐世の提案に頼鷹は優し気な笑みのまま、やんわりと断りの意を伝えた。汐世が立ち止まる。
「またベルタに頼めば。それに、教えて欲しいって言ってたじゃん。あたしのまわりのこと、何でもいいから教えてって。こうやって来ることができるなら、実際目にしたほうが得られるものも大きいし」
「ベルタさんに何度もご迷惑をお掛けすることはできません。私は館長に代わって想い出図書館を管理するためにいるのですし」
確かに頼鷹の言う通りだった。それでも汐世は、いつも事あるごとに館長の代わりだと言う頼鷹を解せないと思った。
「その館長は、今どこにいるの」
「……わかりません。もう、待ったところで戻ってこないのかもしれません」
頼鷹は眉を下げ笑みを作る。
その諦めの混じる声に、汐世は気づいた。
ずっと待っていると、帰ってくることを期待しているふうにいつも言っていたけど、この人は本当のところ館長がもう戻ってこないこともわかってたんじゃないか。
「……そんなの、理不尽だ」
汐世は俯き拳を握りしめる。
「理不尽?」
「だって、頼鷹さんが図書館に縛られる理由なんてないじゃん。ちょっとしたボタンの掛け違いで帰れなくなっただけじゃん。それをチャンスとばかりに司書にならないかって聞く館長ってなんなの。絶対こうなることわかって頼鷹さんに提案したんじゃないの」
言葉を発するたびに怒りの感情がこみあげてくる。自制が利かない。
「結果的にそう見えるだけで、当時は、そんなことは思いもよらなかったと思います。私は私の意思で想い出図書館の司書になったのです」
「それでも……!」
汐世が顔を上げた。視線の先の頼鷹はいつものように柔らかく微笑んでいる。
本当はつらいこともあるはずなのに、いつも笑みを絶やさない人。
誰にも頼らず、ずっとそうしてきたんだろう。
時には誰かに寄り掛かることもあっていいはずなのに、この人はそのやり方を知らなかったのかもしれない。
そこで、汐世は思いついた。
「……あたしも、想い出図書館の司書になる」
「え?」
頼鷹の表情から笑みが消えた。
「こんなの、ひとりで抱えちゃいけない。ここまで関わったんだ。あたしもそれを背負う義務があると思う」
「そう、ですか」
頼鷹が汐世の手を取った。
「汐世さんのことです。私がそんな考えはお止しになってくださいと言っても聞かないでしょう?」
汐世はこくりと頷く。
「では、司書になろうというのなら、一つ約束をしてください。決して、何も告げずにいなくならないでください。待つというのは大変寂しいものです」
汐世は握られた手を解いて、指切りするために小指を立てた。
「約束する。針を千本飲むことのないように。頼鷹さんもいなくならないで」
汐世が薄く笑みを浮かべると、頼鷹は笑って同じく小指を立てた。
「そうですね。私も約束しましょう」
そしてふたりは木陰の落ちる中で小指を結んで切って、約束を取り交わした。
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