2-6
何を食べよう。
汐世はまず頼鷹に聞いてみた。
「こっちのごはん、かなりしばらくぶりなんでしょ?食べたいもの、ある?」
ううん、と頼鷹が唸る。
「何が良いでしょう……私の記憶にあるものが今も食べられるのかどうか」
そう答えつつ、とりあえず駅前まで戻る道すがら目ぼしい店があったら入ろうということになり、来た道を再びもくもくと辿った。
また気温が上がっているようだ。
歩きつつぬるくなったペットボトルの水でのどを潤し、汐世は無性にひんやりしたものが食べたい、と思った。
そう思った時に、一軒の中華屋が目の先にあるのを見つけた。
行きでは地図を見つつ歩いていたので見落としていたようだ。
いかにも町の中華屋、という風情だ。
入り口近くのホワイトボードには手書きで日替わり定食やおすすめが書かれていたが、汐世はそこに一緒に貼られていた「冷やし中華はじめました」の貼り紙に目が吸い寄せられた。
「このお店、どう?あたし、冷やし中華が食べたい」
「ひやし、中華?」
頼鷹は怪訝そうに言葉を返す。知らなかったようだ。
「冷やした中華麺にきゅうりとか卵とか色んな具材が乗ってて、少し酸っぱい醤油ベースのたれかごまだれが全体にかかってるの。美味しいよ」
「今の暑さにはぴったりですね。食べてみたいです」
「じゃあ、入ろう」
同意を得て、さっそく暖簾のかかった摺りガラスの引き戸をがらりと開けて入った。
入った瞬間、ひやりと冷気が首筋を通っていく。程よく冷房が効いていた。
昼時で、店内はかなり混んでいるようだ。
「いらっしゃい。二名様?」
割烹着に三角巾をしたおばさんが汐世たちが入るなり聞いてくる。他の客の注文の品を運んでいたらしい。忙しそうだ。
汐世がそれに頷くと「ちょっとお待ちくださいね」とその場を離れ、他の客に何ごとかを聞いて戻ってくる。そして「今混んでて、ごめんなさいね。相席ならすぐご案内できるんだけど、どうする?」と聞いてきた。汐世は頼鷹のほうを見ると頷いたので了承の意を伝えると「こちらにどうぞ」とテーブル席に案内された。
相席の客は日替わりの麻婆豆腐定食に手を付けるところだったらしい。しかしふたりの姿を目に捉えると「あ」と少し気まずそうに口の端を上げ会釈した。
ほとんど金色の髪に、耳にたくさん開けたピアス。
先ほど寺で会った若者だった。
「どうも、奇遇ですね」
頼鷹が物怖じせず若者に挨拶し、汐世も会釈して席に着いた。そのタイミングで店員のおばさんがお冷を置いていく。頼鷹の言葉に何とか会話の糸口を見つけたらしい若者は、笑みを浮かべてメニュー表を渡してくれた。
「奇遇と言いますか……あの寺から駅に向かう道だと、駅前以外はここくらいしか食べ物屋ってないんで。でもここ、けっこう美味いですよ。家族で墓参り行った帰りにもよく行くんです」
頼鷹が礼を言ってメニューを受け取り、吟味するようにメニューをめくるのを一通り見ていたが、汐世は初志貫徹することにした。
店内が程よく冷えているとは言え、もう冷やし中華の口になっていて後戻りはできないのだ。
「あたしはやっぱ冷やし中華にする」
「冷やし中華も大変興味がありますが、他もどんなものか気になって……」
頼鷹がううむと難しい顔をして唸った。
「その人に聞いてみたら」
「そうです、その手がありました」
汐世に目で示され、もう役目は終わったとばかりに食事を再開し不干渉を決め込んでいた若者は「オレ?」と驚きの表情を浮かべた。
「伺ったご様子、行きつけのお店のようなのでお聞きしたいのですが、何かおすすめはありますか?」
頼鷹に聞かれ、レンゲを繰る手を止めたまま若者は思案する。寺で会った時もそうだが、見た目に反して人の良い性格らしい。
「おすすめ……おすすめですか。そうですねえ。この日替わり定食も安くて美味いし、タンメンも美味いですよ。餃子定食とか半チャーラーメンももちろん鉄板です」
「たんめん、ぎょうざ、はんちゃーらーめん」
若者の答えに頼鷹はただただ微笑みを浮かべたまま繰り返す。どれも知らない料理なのだろう、想像がつかないらしい。
「あ!そこまで好き嫌い無いなら、あとは店員さんにおすすめ聞いても良いんじゃ」
「それは名案です」
却って自分の答えで悩ませてしまった落ち度を挽回するためか、若者はひらめいたとばかりに人差し指を目の前に差し出すと、頼鷹は感心して笑った。
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