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 歩き続けて十五分ほどで目的の瑞慶ずいけいに辿り着いた。

 観光客がお参りに来るというより、檀家への応対が主らしいこじんまりとした古寺だった。ここも駅前と同じく緑が多い。南中に高く上る太陽の陽射しに、木々が黒く濃い影を落としていた。

「ここです。見覚えがあります」

 頼鷹が感懐の溜め息をひとつして、境内へ足を進めた。本堂を通り過ぎ、迷いなく墓石が並ぶ中を進んでいった。汐世もそれについていく。お参りに訪れた人は皆早朝に済ませてしまったのだろうか、人気ひとけはない。

「……今もちゃんと管理されているようですね」

 通りの突き当りに、狩野家の墓は安置されていた。

 頼鷹の言うとおり、お盆の間も参るものがいたようだ。

 巻き簾の上に「水の子」と呼ばれるお供えが置かれ、花と線香も供えられていた。墓石も綺麗に掃除されている。しかし今朝はまだ誰も来ていないのか、水の子はみずみずしさを失い、花は暑さに元気をなくし頭を垂れ、線香の煙は立ち昇ってはおらずすっかり灰になっていた。

「……お花とお線香、買ってくる」

「気が回らずすみません。私も行きましょう」

 感慨深げに佇む頼鷹を邪魔しないようにと汐世はそっとその場を離れようとしたのだが、頼鷹が気づいて申し訳なさそうについてくる。

「いいのに。久しぶりに来たんでしょ」

「気を使わせて申し訳ありません。でもお花だけではなくお水も必要ですし、手伝います」

 そこまで言うのなら、と汐世は頷くに留め、ふたりで寺を一旦出ることにした。

 寺へ来る途中にあった花屋で仏花を買って戻り、お寺の人に言って線香を買った。頼鷹が境内に置いてある柄杓と手桶を借りて水を入れてくる。

 一式をそろえて再び狩野家の墓へ戻ると、先客がいた。

 若い男性だった。

 二十代前半か、ひょっとしたら二十歳より前だろう。ひょろりとして長身らしいのだが、猫背ぎみなせいか背が高いという印象は薄かった。肩口まで伸ばした髪は、色を明るくしていて茶髪というより金に近い。耳にピアスをいくつも開け、バンドTシャツにダメージジーンズを着ている。

 見た目から判断するのもよくないが、あまり進んで墓参りに来るような風貌ではなかった。

 花や供え物は元のままだが線香をあげたらしく、真新しい煙が立ち昇っていた。

 若者は手を合わせ静かに目を閉じていたが、気配を感じたのか、ふ、と顔を上げてこちらを見た。

「あ、ええと、そのう、うちの墓にご用ですか」

 若者はおずおずと会釈をしながらふたりをうかがった。

 狩野家の墓はこの通りの突き当りだ。そう聞くのも当然だった。

 やはり、狩野家の親族のようだ。

「ええ。以前お世話になったもので、お参りに」

 頼鷹は誰かに訊かれた時のために用意していたのだろう、嘘を微笑みとともに口にして会釈を返す。

 すると若者がぽかんとした表情で「頼鷹、さん……?」と呟いた。

 この人、頼鷹さんのことを知ってるの?

 汐世は思わずふたりを見比べたが、頼鷹のほうに面識は無いのか困惑した表情を浮かべている。

「あ、いや、その、すんません!うちのひいじいちゃんが、ふたっつ年上のお兄さんの話を昔の写真を見せながら何度も話してくれてて、その人が頼鷹さんって言ったんですけど、それであの、お兄さんが頼鷹さんにあまりにもそっくりだったもんで、あ、その写真の頼鷹さんは当時十五歳だったらしいんですけど、本当、他人と思えないくらいすごいそっくりだなって思って……すんません……突然、急にこんなこと」

 ぺこぺこと頭に手をやって謝りながら若者が弁明した。自分がしどろもどろなのがわかってか、次第にぼそぼそと聞き取りにくい声量になっていく。

「いえ、他人の空似でしょう。昔の写真なら鮮明でもないでしょうし」

「ですよね、はは」

 頼鷹が笑みで返したのにつられたのか、若者も乾いた笑いを漏らす。

 間があいて気まずい雰囲気が流れた。

「……ひいおじいさんはお元気ですか」

 せっかくなので続けようと思ったのか、頼鷹が口を開いた。

「いや、ええっと、七年前に亡くなりました。みんなに見守られて、大往生でした。百一歳でしたよ。オレはそん時まだ小学生でしたけど、よく覚えてます」

「そうでしたか……残念です。ひいおじいさんにも手を合わさせていただいてもよろしいでしょうか」

「是非是非。きっと喜びます」

 頼鷹の言葉にようやく緊張の糸をほぐしたようで、若者は柔らかに笑って答えた。

 目元が、頼鷹さんに似てる。

 汐世は若者をじっと見て思った。

 視線に気づいたらしい若者は照れ隠しなのか視線を逸らすと、汐世の手にあった線香にようやく気づき「あっ」と声を上げた。

「あの、すんません。お参りの邪魔をしちゃって。線香まで買ってもらってたのに」

「いえいえ、逆にこちらがお邪魔してしまって。お線香はお隣のお墓にお供えするので大丈夫です」

「良かった。あの、お参り来てくれてありがとうございます。そろそろ失礼します」

 若者はその場をあとにしようとしたが、ふと足を止め頼鷹に向き直った。

「親にお兄さんがお参りしたことを伝えようと思うので、名前をうかがってもいいですか?」

「名乗るほどのものではありませんが……名前……そうですね。古咲といいます」

 頼鷹はまたしても平然と嘘をついた。

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