2-2

 汐世が図書館の扉を開けると、もと来た空き地にふたりで立っていた。図書館は快適だったが、またあのむっとする熱気が戻ってくる。

「ここが汐世さんの住む町ですか」

 頼鷹は「暑いですね」とのんきに住宅街を眺めている。

「苔樫に行くんだったら電車を使うけど、頼鷹さん、お金持ってる?」

 そういえば、と思い出して聞くと頼鷹は少し困った笑みを浮かべ、「今の日本の貨幣はあいにく持っていません」と答えた。

 薄々、そうだろうと思っていた。

「申し訳ありませんが、あとでお支払いしますので立て替えてもらってもいいでしょうか」

「良いけど、あとで払うってどうやって?一円も無いんでしょ」

「帯屋さんが融通してくれます」

 そういうことなら、と頭に浮かべていた計画を口にする。

「まず銀行寄ってお金下ろして、それから電車に乗る。お墓の最寄り駅ってやっぱ苔樫駅?」

 問うと頼鷹が頷く。汐世はスマホの乗換案内アプリを起動し、慣れた手つきで検索した。

「ならそんなに遠くない。電車で……一時間くらい。お昼前には着きそう」

 頼鷹が珍しそうにスマホの画面を覗き込む。

「そのすまほ…という機械、電車の時間も調べられるのですか。最近の機械は便利ですね」

「そっか、図書館じゃ電波がこないからカメラくらいしか使ってなかったんだった」

 汐世はスマホを一瞥してから鞄に仕舞うと、さっそく駅方面へ歩を進めた。

 駅前にある銀行へ寄るとATMへ直行する。

 頼鷹は汐世のすぐ後ろに立って、機械を操作するのを興味深そうに覗き込んだ。音声案内が何か言うたび小さく「はあ」とか「ほう」とか驚きと感心の混じった声を漏らしている。汐世はそれが可笑しくて笑いそうになったが、元々表情に出にくいのが幸いし頼鷹には気づかれていないようだった。内心ほっと胸をなでおろす。

「銀行も今では機械でお金を下ろせるのですね」

「ずっとその調子じゃ、びっくり疲れしちゃうんじゃない?」

「そうかもしれませんね。私の実際に目にした一番最近の日本というと戦後の混乱した時期ですから、きっと今の時代のものは何もかもが新鮮でしょう。あの頃は闇市のバラックがひしめき合って、随分雑然としていましたが……あの景色も、もうないのでしょうか」

「そりゃあ、今はもう平成だし。来年には元号だって変わるし」

「……私がこちらにいないうちに、また元号が変わるのですね」

 頼鷹がほんの少し、寂しそうに笑った。

 この人にこんな顔をさせたの、あたしのせいだ。

「ごめん頼鷹さん。強引に連れてきちゃって」

 汐世は意を決して、頼鷹を真っ直ぐに見て謝った。そして言葉を続ける。

「そもそもなんだけど。全然関係ないあたしが、頼鷹さんのお家のお墓についていくって、どうなの?やっぱよくないんじゃない?」

 頼鷹は瞠目したが、それは一瞬で、またいつもの微笑みに戻る。

「とんでもないです。町も様変わりしているでしょうし、私ひとりでしたらお墓のあるお寺に辿り着くことも難しいだろうと思います。ですから、汐世さんがいらっしゃると大変心強いのです。謝ることなどございません」

「ありがと」

「いいえ、感謝するのはこちらのほうです」

 そう口々に言いつつ、汐世の案内で駅の構内へ入った。

 頼鷹の分の切符を買ってやり、汐世自身は通学で使っている定期券のICカードを使うことにする。

「……どうやって、入るんでしょう」

 頼鷹が手にした切符と前方の自動改札を不思議そうに交互に見ている。汐世は呆れるでもなく彼の腕をぐいと掴むと、改札の前まで連れて行った。

 頼鷹から切符を拝借し、そのまま改札へ切符を投入すると改札が開く。

「これで通れる。切符取って改札出て。早くしないとエラーが鳴っちゃう」

「はあ。なんというか、すごい、ですね」

 頼鷹はまた感心していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る