1-9

 わたしたちはさらに一時間ほどお茶をご馳走になった。頼鷹さんが強く勧めてくれたのだ。何でも、しおちゃんがお友達を連れてきてくれたのが嬉しかったらしい。

 なんというか……娘が可愛くてしかたがないお父さんかな?

 しおちゃんの恋路の行く末は大変そうだなあ、とわたしは美味しい紅茶を嗜みつつ思うのであった。

 全力で応援するし、アドバイスをちゃんとできるかはわからないけど、相談されたら絶対親身になって聞こうって思った。

 まあそもそも、しおちゃんが頼鷹さんに恋愛的な感情を持ってるというのは、全部わたしの妄想かもしれないんだけど。と、ここまで考えて憶測するのはやっぱり良くないという考えに至る。いかんいかん。勝手な妄想を少なからず面白がってるわたしがいて、ちょっと自己嫌悪。

 でも……あとでどう思ってるか聞いても罰は当たらないよね。

 わたしたちは頼鷹さんに何度もお礼を言って、想い出図書館からおいとました。

 しおちゃんが図書館のドアを開けて出ていくのにならってついていくと、外は今までいた裏世界の町並みじゃなくて、つい二時間くらい前に歩いていた住宅街の中だった。

 振り返ると、その時くぐった神社の鳥居があった。

 戻って、きたんだ。

「……なんだか、現実じゃなかったみたい」

「お腹がふくれてなかったら、私も夢かと思ったよ」

 麗実ちゃんがお腹をぽんぽんと軽く叩いてみせた。夜ごはん、ちゃんと食べられるのかな?

 そこで何時かなと思って通学バッグに入れてたスマホを取り出して見ると、四時半過ぎだった。ちゃんと確認はしてなかったけど、学校を出て小星神社に着いたのがたぶんそのくらいの時間。

 あれ?スマホの時計、狂っちゃった?

「ねえ、しおちゃん。たぶん、二時間くらいは想い出図書館にいたはずなんだけど」

「これも想い出図書館のべんりなとこ」

 自慢してるふうでもなく淡々と説明するしおちゃん。その説明に「そっか!」と麗実ちゃんが気づいたとばかりに声を上げた。

「あのドアが時間を戻してくれるんだっけ」

「そう。長居してしまった時とか、助かってる」

 三人で駅まで歩いて、そこで麗実ちゃんとはお別れした。この近くに住んでるのだ。

 しおちゃんのお家は転勤族だったけど、高校からはおじいちゃんおばあちゃんの家からそう離れてない所に越してきたそうなので、わたしと帰る方向が同じだった。

「想い出図書館、良い所だったね。頼鷹さんも優しかったし。しおちゃんってあの人のこと、好きなの?」

 結局わたしは我慢できずに、駅のホームで電車を待つ間に聞いてしまった。周りに配慮して、こっそりと耳打ちして。

「好き?」

 けどしおちゃんは肯定も否定もせず質問をおうむ返しして、それっきり押し黙ってしまった。

「……あの、怒った?突然聞いちゃってごめんね」

 しおちゃんの顔を覗き込んで謝ると、しおちゃんはわたしの目をしっかりと見て「怒ってない」とだけ答えた。目は口程に物を言うということわざは、しおちゃんのためにあるんじゃないかなと思う。真っ直ぐにわたしを見る瞳は怒りにわなないてはいなくて、いつも通り静かだった。よかった。わたしはほっと安堵する。

 そのうちに電車が到着して、人の流れにまかせて乗り込む。車内はほどほどに混んでいた。これじゃ込み入った話もできないので、つり革につかまって流れていく車窓の風景をぼんやりと眺めていた。

 最寄り駅で降りて改札を抜けると、歩きながらしおちゃんが「さっきの話だけど」と切り出してくれた。

「頼鷹さんに対する感情って何なのか、考えてた」

 淡々と、感情の薄い声音で続ける。

「想い出図書館に通い始めたのは、単なる興味。記憶を欲する人って、一体どんな人がいるんだろうって。だから頼鷹さんはそこの司書さんってだけ。それ以上も以下もない」

 なあんだ。恋愛感情なんて微塵もなかったんだ。

「けど、頼鷹さんはどうして司書になったんだろうって最近は思うようになった。その人に興味を持つってことは、好きってこと?」

 しおちゃんは悩んでるのかどうかわかりにくい真顔でわたしに聞いてきた。突然の恋愛相談。いや恋愛未満相談、なのかな?

「えーっと、そうだねえ……」

 一度通り道にあったコンビニの前で立ち止まって、言葉を選ぶためしばし考える。五時を回ったけどまだまだ日は長い。当然暑い。蝉の声が暑さに拍車をかけていた。

 それでもしおちゃんは、わたしの答えが出てくるのを焦れずに待っていてくれた。

「……その人に興味を持ってて、好意的にとらえてたらそりゃ『好き』ってことにはなるけど…その『好き』にもいろんな感情があるよね?

 友達としての『好き』とか、かわいいとかきれいなものに対しての『好き』とか。それと恋愛感情としての『好き』。

 恋愛感情かどうかよくわからないなら……そうだ。よく言われるけど、その人に触れてみたいかどうか、とか」

 必死に考えてはみたけど、しおちゃんの答えは「よくわからない」だった。

 そっかー、わからんかー。

 今日まともにその人について考えたんだし、答えが出ないのもしかたがない。

「そんならしかたないねえ。でも、これからゆっくり考えていけばいいと思うよー」

 わたしがアドバイスを伝えると、しおちゃんはこっくり頷いてから「ありがと」と言った。

「わたしも、想い出図書館に連れて行ってくれてありがと」

 そうしてわたしたちはじゃあねと別れた。

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