1-7
お囃子の太鼓の音が聞こえる。
毎年、
小学生のわたしは友達と約束して、お祭りの縁日に出かけたのだ。
友達と合流するまでは危ないからとお母さんも一緒に付いてきてくれた。
金魚柄の浴衣を着付けてもらって下駄も履いて。歩くたび、からころと普段と違う音が鳴って気持ちが高鳴った。
昼間の熱気を残した生温い空気を肌に感じた。
図書館の中と全然違う。空気の匂いも違う。
神社に向かうあいだにどこかの家から漂ってくるお夕飯の匂いがした。
ぼうっと突っ立っていると、今より少し若いお母さんと幼いわたしがすぐそばを通り過ぎていった。これはもしやと思って、わたしはふたりの前に出て立ちはだかり「おうい」と手を大きく振ってみた。普通目の前でそんなことをしてる人がいたら何かしらの反応を示すものだけど、ふたりは全くの無反応だった。それどころか全く気づかずにわたしの身体をすいっとすり抜けて歩いていってしまった。
やっぱり。過去の記憶は改変できないし、観てるわたし自身も記憶には介入できないんだな。幽霊にでもなったみたい。
お祭りへ向かうあいだにどんどん陽が落ちて暗くなったけど、神社に近づくにつれて煌々と明かりが灯って、辿り着いたらなんだかほっとした。
色とりどりにけばけばしい屋台のテント。参道に提灯が連なってあかあかと灯っている。人のざわめきとエアーポンプの音と屋台の発電機の音。じゅうじゅうと香ばしい醤油とソースとそれから揚げ物の匂い。わたあめとかき氷シロップとベビーカステラの甘い匂い。
追体験というしおちゃんの言葉にわたしは深く納得していた。
これが、記憶の本。
神社の階段下に約束をしていた友達の姿を見つけて、小学生のわたしはわあっと駆け出す。慣れない下駄でこけそうになった。
「ろうこ!足元に気を付けて」
お母さんに心配され「はあい」とたいした反省もせずに、お昼にも会ったばかりの友達との再会を喜んだ。ひとまず揃ってお参りを済ませると「時間になったら迎えにくるわ」とお母さんは友達のお母さんとその場を離れていく。
夏休みの間、一週間だけおじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに来たという同い年の女の子。昨日初めて会ったのに、好きな少女漫画が同じですぐに意気投合した。それで今夜の夏祭りにも一緒に行こうと約束したのだ。
小学生の行動力ってすごいな。
今まですっかり頭の隅に追いやられていたらしい記憶が、するすると想い出されていく。
早速屋台を巡ろうと歩き始めた小学生のわたしたちを追いかけながら、わたしはもう少し近くでまじまじとその女の子を見た。
明るい猫っ毛と、長いまつ毛に縁どられた大きな瞳。向日葵柄のワンピースと白いサンダルがよく似合っている。
ん?なんとなく見覚えが……まさかしおちゃん?と思ったら、記憶の本の作用かすぐに確信に変わった。
やっぱしおちゃんじゃん!
高校ではじめましてだと思ってたのに、小学生の時にすでに会ってたんだ!
「しおせちゃん。最初、何食べるー?」
小学生のわたしはその子の手をつないで聞いた。人混みではぐれそうだと思ったのだ。
名前もはっきり呼んでた。
何故忘れていたのだわたしよ。
「じゃあ、かき氷」
境内をぐるっと見回して、そう長い間は悩まずしおちゃんが答える。感情が表にあまり出ないのは昔からみたいだ。淡々としている。
「いいねえ!何の味にする?わたしはブルーハワイ」
「メロン味」
「一口交換しよ」
小学生のわたしがわくわくした表情で言うと、しおちゃんは頷いて少しだけ笑った。
焼きそばにあんず飴にフライドポテト、それからヨーヨー釣り。
焼きそばはふたりで半分こした。楽しい時間だった。
また境内の屋台を一巡して小学生のわたしの目に留まったのは、おもちゃがごっちゃりと売られている屋台だった。
光る腕輪とかビニール製の剣とかピロピロとかえいっと振ると伸びる紙のおもちゃとか。その中で気になったのはきらきら光る宝石の付いた指輪だった。
赤青黄色、そのほかにもたくさん。色とりどりのきらきら輝くイミテーションな宝石。
チープだけど今でもこのきらきらにはときめきを隠せなかったりする。こんなものを買ってしまったらお母さんに「また無駄遣いして」とぷりぷり言われそうだけど、今回ばかりはどうしても欲しかった。
だってしおちゃんと初めてお祭りに行った記念にしたかったから。
「これ、くーださい」
小学生のわたしはピンク色の石がはめ込まれた指輪を抜き取って、屋台の番をしていたいかついおじさんに三百円と一緒に渡した。これで所持金は底をついた。
早速小学生のわたしが指にはめている。手を屋台の明かりにかざすと、きらきらとして自然と頬が緩んだ。買って悔いなし。
「綺麗だね」
しおちゃんがその指元を覗き込んだ。小学生のわたしはしおちゃんのほうへ見せびらかすように指輪を向ける。
「しおせちゃんと、お祭りに行った記念!」
わたしがそう言うと、しおちゃんは「じゃあ」と同じ指輪の赤いほうを手に取った。
「ください」
おじさんの「はいよ、三百円。お揃いかい。良いねえ」という声にこっくりと頷いていた。そしてお金を払い終えると、同じように右の薬指に指輪をはめた。
「お揃い」
なんだか胸がぎゅうっとなって、小学生のわたしはしおちゃんに抱きついた。
「しおちゃん、だいすきっ」
「しおちゃん?」
「あだ名。しおちゃんて呼んでいーい?」
「いいよ」
そしてしおちゃんはハグを解いて自分の指輪を眺めていたかと思うと、それを抜き取って「指輪、交換しない?」と提案した。
「交換?」
「あたし、もう少ししたら帰らなくちゃいけないし、毎年こっちに来れるかもわかんないから……それまで預けるの。どう?」
「そっか。すぐ帰っちゃうんだったね……わかった。交換しよ」
小学生のわたしは指輪を抜き取る。そしてお互いの手を取って指輪をそれぞれの指に収めた。
わたしは赤い石。しおちゃんはピンク色の石。
「——楼子ちゃんっ!」
突然わたしの名前を呼ばれた。
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