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 なあに、これ。

 最初の感想はそれだった。

 おっきな西洋のものらしい石造りの塔がふたっつ並んで、でんとそびえていた。そして正面には塔に挟まれて、これまた大きな木でできた門が閉ざされていた。鋲が打ち付けられてて、ものすごく頑丈だとわかる。屈強な男の人が何人かで押してもびくともしなさそう。

 で、どうして鳥居の先に西洋風の門が?

「やばあ」

 麗実ちゃんも語彙力をなくして、呆然と門を見上げていた。

「二十二月町の中に入る門。城下町だから検閲のために置いてるんだって。ここの門は大通りからちょっと離れてるから、ほかの門より人通りもずっと少ない」

 そう説明して勝手知ったるという風に、しおちゃんは塔の詰め所らしきところへ近づいていく。

 いやいや、それだけ説明されてもわかんないよ。

 ガラス張りになった受付には、白髪の男の人が目をつぶって腕を組んで座っていた。ラジオかレコードでも置いてあるのか、軽快な音楽が流れている。白髪のせいでその門番さんはてっきりお爺さんだとばかり思ってたけど、近づいてよく見たらずっと若い。お兄さんだった。

 短い髪に砂色のターバンを巻いて同じ色のゆったりとした羽織りを着て……どこの国かは断言できないけど何となくエキゾチックだ。切れ長な一重がすうっと開いて、真っ黒な瞳がわたしたちをちろ、と見上げる。

「……またあんたか。飽きもせずよく来るな」

「こんにちは、白露はくろさん。通して」

「何だお前、今日は一人じゃないのか」

 白露さんはわたしたちを顎で示して面倒くさそうに大きな溜め息を一つ吐いた。

 そんな態度じゃあ、女性にモテませんよ。

「想い出図書館に連れて行って欲しいって言うから」

「お前、図書館の噂を流してるだろう。狩野かりのから聞いたぞ」

 なおも気だるげな態度で白露さんはしおちゃんに問い掛ける。

「頼鷹さんに許可は取った」

「そっちはいいだろうが、俺はよくわからん輩が増えて面倒だ」

「どうせここはそんなに人、通らないでしょ。九重ここのえが言ってた」

「はあ。あのネコめ……要らんことを」

 ところどころよくわからない会話だったけど、白露さんは大儀そうに立ち上がって門を開けてくれた。レバーを下ろすと開くしくみらしい。

 ごおおんと大きな音を立てて門がゆっくりと開いていく。そして「さっさと通れ」とばかりにわたしたちに向けて手を払うしぐさをした。ちょっと感じ悪い。けど、わたしたちはただぺこりと会釈して門を通り抜けた。

「なあにあの態度。邪険にしちゃって」

 門を通り過ぎるなり麗実ちゃんはむっと唇を尖らせた。

「あれ、門番の白露さん。職務怠慢なだけで悪い人じゃないから」

 しおちゃんはあんまりフォローになってないフォローをしつつ、「こっち」と言って再び歩きだした。わたしたちは右も左もわからないので、ただついていくしかない。

 最初はのどかな風景だったけど、十分くらい歩くと次第に町らしくなってきた。

 道路は石畳でガス灯が等間隔に並んでいる。道の両脇にはひしめき合うように建物が並んでいた。さらに十分ほど歩いていくとお店が増えてきて、一気に活気が感じられるようになる。

 通りを歩いている人は、燕尾服の紳士に綺麗なドレスのご婦人や吊りズボンの労働者階級っぽい人、エプロンドレスにほっかむりでお店を切り盛りしているおばさんなど様々で、昔のヨーロッパに来たみたいだった。

 そこでようやくわたしたちは違う世界に来たんだなと腑に落ちた。

 この町では私たちの制服姿こそ奇異に見られそうだけど、みんなちらっとわたしたちを一瞥しただけで通り過ぎていく。この町では変な格好をしている人が日常茶飯事なのかな?

「ここが想い出図書館」

 その一角に図書館はあった。

 図書館と言うからにはさぞや立派な建物なんだろうと思っていたけど、外観はかわいらしい小さな商店みたいな感じだった。大きな出窓が扉の横にあって中の様子が窺えそうだった。けど中を覗く間もなくしおちゃんがドアベルを鳴らしながら入っていくので、わたしたちも慌てて続いた。

 古本屋とか図書館の書架に入った時と同じ、古い紙の匂いがした。

 室内は板張りの正方形の空間で、壁紙はシンプルに真っ白だった。左に年季の入ったカウンターと、それとは別にテーブルと椅子が一揃い。そして入って正面には細くて長い通路が続いていた。

 通路は薄暗くて、奥まではとうてい見通せない。もう少し近づいて見ると両脇の壁にずらりと隙間なく本が並んでいて、それでようやくこれは本棚なんだとわかった。本の通路だ。

 その通路から誰かがこっちに向かって歩いてきた。

「おや、今日はご友人を連れてきたのですか」

 男の人だ。わたしたちより十歳くらい年上に見える。この人が例の「頼鷹さん」かな?

 雰囲気ですぐに優しそうな人だと思った。

 おそらく垂れ目のせいかも。いわゆる塩顔って感じのあっさりした目鼻立ちで、ぱっと見地味な印象ではあるけど整ってる。背は高くてすらっとしていた。前髪が長めの黒髪は野暮ったくなく、無地のワイシャツと綿パンツをさらりと着ていて、清潔感があって素敵だなと感じた。

 なるほどな、とわたしは確信を持つ。

 そもそも普段からそういった話題をしないので、好みの男性のタイプなんて聞いたことなかったけど、これはしおちゃんも惚れるわ。図書館に足繁く通う気持ちもわからないでもない。

「記憶の本を読みたいって言うから。この人が想い出図書館の司書をしている、狩野頼鷹さん。で、この子が皆川楼子、こっちが小野田おのだ麗実」

 しおちゃんに淡々と紹介されて、お互いどうもどうもと挨拶をする。

 わたしはついにやにやしてしまったので、麗実ちゃんに怪訝な顔をされてしまった。

 しおちゃんはともかく、頼鷹さんもなかなかに動じない人だった。わたしが怪しくにやついていたにもかかわらず、始終ほがらかな笑みを浮かべている。

「ようこそ、想い出図書館へ。大体のことは汐世さんからお聞きしているでしょうか」

 頼鷹さんに問われて、わたしたちはこくこくと頷く。

 すると頼鷹さんはにっこりと笑って「ではおふたりの記憶の本をお探ししましょう。少々お待ちください」とまた本の通路へ引き返していった。

「なんか、思ってたより普通だね。個人で運営してる図書館みたいだけど……本当に自分の記憶が書かれた本があるの?」

 麗実ちゃんは疑わし気な視線をしおちゃんに向けた。確かに突然違う場所へ出た以外は、魔法も怪奇現象も起こらない。

 裏世界と聞いてたから、ドラゴンの一匹でも飛び出してくるかと麗実ちゃんは思ってたのかも。しおちゃんはただこっくりと頷くだけだった。

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