1-4

 うちの高校は一応進学校なので、夏休みに希望制で参加する課外授業がある。

 希望制と言っても全く不参加だと先生に苦言を言われるので、みんな最低一日一コマは取ることになってる。合宿終わりの翌日から今度は勉強漬けとは、文武両道を地で行くもつらいものよ。午後までみっちり授業だったので脳みそに疲労を感じつつ、麗実ちゃんと合流してしおちゃんに連絡を取った。

「待った?」

「んーん。しおちゃん午後は授業取ってなかったでしょ?ごめん」

「全然。図書室で宿題してた」

 一通り挨拶をかわすと、しおちゃんはわたしの隣に立つ麗実ちゃんをちらと見た。

「で、あんたが想い出図書館に行きたいんだっけ」

「そう。ほんとに連れて行ってくれるの?」

 麗実ちゃんの質問に、しおちゃんはこっくりと頷くと「ついてきて」とすたすたと昇降口へ歩いていった。そして上履きからローファーに履き替えて外へ向かう。わたしたちも何が何やらわからないまま、慌てて靴を履き替えて後を追った。

「ねえ、しおちゃん。どうやってその図書館に行くの?」

「色々方法はあるらしいけど、あたしが知ってるのはひとつだけ。ちょっと歩くけど、特にろーこたちが何かするってことはないよ。ただ」

 しおちゃんが校門を出る前に一度立ち止まって、わたしたちのほうへ振り返る。

「本当に興味本位じゃない?想い出したい記憶がちゃんとある?」

「もちろんあるよ!」

「わ、わたしも!」

 麗実ちゃんがすぐに答えるのに対して、わたしは少し出遅れてしまった。数日考えてみてはいたけど、思い出したい記憶というのが今のところ特になかったのだ。

 しおちゃんはわたしたちの目をじっと見た。

 蝉が大合唱をしている。

 まだ日は高くて、抜けるような青空に入道雲が湧いている。

 暑さのせいかそれとも緊張からか、わたしの首に汗が一筋伝った。

 わんわんと蝉の声が反響している。

 実際は数秒だと思うけど、見つめられている時間がひどく長く感じた。

 しおちゃんは納得したのか涼しい顔で「そう」と言ってまた歩き始める。

「わかってると思うけど、絶対に他人の記憶の本を読んではだめ。持ち主に読み聞かせてもらうのなら構わないけど。

 それに、自分の物であっても記憶の本を図書館の外に持ち出すのもだめ。そのふたつを守れるなら、自由に図書館を利用していいんだと思う」

 暑さのせいか人通りが全くない住宅街を抜けていく。なんだか何度も角を曲がってぐるぐる回り道をしているような気がする。しばらく歩いてるのに、しおちゃんは汗ひとつかいてなかった。

「……だと思う?」

「あたしが教えてもらってないこともあるかもだから、断定はできない」

「誰に教えてもらったの」

よりたかさん。そこの司書さん」

 そこでしおちゃんはぴたりと立ち止まる。

「あたしはいつもここから図書館に行ってる」

 そこは寂れた神社だった。石造りの古い鳥居には「小星神社」とあった。

「こほし」……もしくは「こぼし」神社、かな?

 宮司さんが常にいるような立派なものじゃなく、町内会なんかで管理している感じだ。鳥居の先は細い石畳の参道が伸びていて、両脇は木々でうっそうとしている。ここからじゃ見えないけど、たぶん奥まった先にお宮があるんだろう。

 正直言うと、暗くて薄気味悪い。

「……まじ?」

 しばらく会話に入ってこなかった麗実ちゃんも思わずしおちゃんに聞く始末だ。

「まじ。嫌ならやめるけど」

「行くに決まってんじゃん。有言実行だし」

 しおちゃんの無表情に挑発の色を感じたのか、麗実ちゃんは突っかかるようにして答えた。しおちゃん自身にはそのつもりはさらさらなさそうけど。

「ろーこも?」

 きっと引き返すならここが最後なんだと思う。

 しおちゃんはやっぱり表情らしき表情もなくわたしに問いかけた。その質問を受けて、はっきりと頷く。

「わたしも、行く」

 しおちゃんはその返事に何も言わず、わたしたちに手を差し出す。

 繋いで、ということらしい。

「じゃ、離れないで」

 わたしたちは手を取り合って鳥居をくぐり抜けた。

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