1-2
わたしがその親友、「しおちゃん」こと
最近終わるなりやけに足早に帰ってくのだ。
そりゃ帰宅部だし塾にでも力を入れ始めたかと思って、夕練が休みの時にわたしはしおちゃんに声を掛けた。
「しーおちゃん。今日わたし部活休みだから一緒帰ろ」
「ごめん、寄るとこあって」
「えー、どこどこー?」
通学バッグを整理しているしおちゃんの顔を覗き込むと、少し迷ったように視線をわたしから外す。
あんまり表情豊かじゃあないけど、よくよく観察するとちゃんとリアクションはしてるんだよね。
「図書館」
逡巡の先にぼそりとこぼした答えはひどく短かった。
「おん?わたしの推理はあながち間違ってなかったんだー」
「推理?」
しおちゃんがこてんと首を傾げる。明るくて猫っ毛の、ざっくり編んだ三つ編みおさげが一緒に揺れた。しおちゃん自身はまとめるのが大変だとよくこぼしてるけど、そのパーマをかけたような毛質にわたしはこっそり憧れている。わたしの髪は太くてかたい直毛だから、ついつい比較しちゃうのだ。
やっぱりいいなあ。うらやましいなあ。
「そそ。わたしの推理ではー、塾で勉強の強化をはじめたのかなーって思ってたの。だから図書館でもしてるのかなって」
「別に、図書館には勉強しに行ってるわけじゃない」
しおちゃんはそれっきり黙りこんだ。
ぶっきらぼうな態度に、人によっては怒ったんじゃないかなと不安になりそうだけど、ただ会話を終えただけみたい。ちょっと間が開いてしまったけど、わたしは質問で会話を続ける。
「そんじゃあなにしに行ってるの?」
「……お手伝い」
やっぱり答えは必要最低限だ。
これ以上は教えてくれないかなとあきらめかけたけど、しおちゃんはその図書館に通うようになった不思議なきっかけをわたしに教えてくれた。なんと、夢の中で会った黒猫に案内されたらしい。
そしてその図書館も普通じゃなかった。
しおちゃんがこのところ足繁く通っているのは、「想い出図書館」という図書館らしい。
世界中の人々の記憶をひとり一冊ずつ、本の形で保管してる図書館。
わたしたちの住んでる世界にあるのではなく、別の世界に存在する。平行世界ではなく裏世界なのだそうだ。こちらとあちら、コインの裏表と考えるとわかりやすいとしおちゃんは言った。わたしたちの住む「こちら」の世界を「コインの表」、想い出図書館のある「あちら」の世界を「コインの裏側」と考えて、と。
誰もが行けるわけじゃない。自分の大事な記憶を思い出したいとか、記憶を欲する人だけが辿り着ける場所。たぶん図書館が招く人を選んでるんだ、としおちゃんは言った。
その図書館では時間を忘れても大丈夫。帰るときに、図書館の扉が元いた時間と場所に戻してくれる。
けど、これだけは守らなきゃいけないことがある。
それは他人の記憶の本は決して読んじゃいけない、ということ。記憶の本はその持ち主そのもの。それを読んでしまうということは、記憶が上書きされて自分が自分じゃなくなってしまう危険があるのだから。
「そんな図書館……ほんとにあるの?」
思わずわたしは聞いてしまった。しおちゃんは当然というふうにこっくりと頷く。
「今から一緒に行く?」
しおちゃんが、今度はわたしを覗き込んで言った。
そうだ。
しおちゃんはわたしの知る限り、今まで嘘なんて吐いたことがなかった。冗談だってさもありなん。それにしおちゃんの性格からして、こんなにファンタジーというかオカルトめいた、手の込んだ作り話を言うはずもない。
じゃあこの話も……本当なんだ。
「……い、いやー、今日はいいや。決心が固まってからにするよー」
わたしは笑ってやんわりと断った。突然だったしちょっとだけ、怖かったのだ。
「そう。じゃ、また明日」
しおちゃんは残念がるでもなくあっさりと、途中だったバッグの整理をすばやく終えて机から離れた。そのまま教室の出入り口へ向かおうとして、途中で立ち止まって振り返る。
「想い出図書館のこと、話しかったら話していいよ」
「どうしてその話……わたしに話してくれたの?」
「だってろーこ、こういう話好きでしょ?それに……想い出図書館を求めてる人がいるだろうから」
そうしてしおちゃんは、あるかなきかの笑みを浮かべた。
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