027 聖都、あらざる者たちは
三人の子供たちの登場によって、王都に突如として現れた魔物たちは姿を消した。たとえ騎士に手伝ってもらわずとも、寸分違わぬ時間で片付けることができた、とルーネルは呟いたが、そりゃすごいな、とクーオ。
「でも、ビクターさんが言う通り、お前らだけじゃ、限界がある」
頭に手を乗せてくる青年の手に、ガキ扱いすんなと振り払う少年は口を尖らせる。
「魔物は倒さなきゃならねぇんだって! 早く探して、追い払わなきゃ被害が出る!」
先と同様の主張を繰り返すと、落ち着いてよ、とアイレが横やりを入れた。ハインとビクターも会話を中断して彼らの方へ視線をやると、彼らもまたルーネルをいさめた。
先の戦闘を終えた後、民の避難誘導を終えたクーオとビクターが合流した。一方の騎士たちはルーネルたちに感謝し、魔物が他にいないか見回るために立ち去った。もちろん、上に報告するためについてきてほしいという話もあったが、アーバルトという貴族に自分の名で話を通すよう、ビクターが外套の裏を見せながら伝えると、騎士たちは一斉に敬礼し、快諾するのだった。
それからしんと静まり返る王都の真ん中で、ルーネルとクーオが対峙している。
自ら魔物を殲滅せんと前のめりになっているルーネルは、すぐにでも魔物のねぐらを探すべきだと主張したが、これをクーオが拒否したのだ。アイレとハインも理由を尋ねたが、王都の広さを考えると、もっと人手を増やすべきだとビクターが言うのだ。先ほど彼らが騎士たちを助言したのも気まぐれではなく、助けに行こうと走り出した彼らに、ビクターが倒し方を教えるようにと口にしたためだった。
渋々というわけでもないが、手間がかかったことに苛立ちを覚えているらしく、自分たちだけでもいける、と顔を赤くしているルーネル。涼しい顔のクーオは、まくしたてられる言葉を適当に受け流していた。
一方その後ろ、ハインを手招きし耳打ちするビクターいわく、
「襲撃があった以上、ここも安全ではなかろう。王都内だけでも、戦える者がいれば捜索に専念できる」
とのことだった。
確かに、少年たちの目的は魔物を倒しその場の治安を守ることではなく、それを呼び出す魔王を倒すことだ。たどり着くためには
それらの手がかりがないとはいえ、魔物を相手にしていても、埒が明かないのも事実である。
静かにハインは頷くものの、ルーネルの姿を見やる。アイレと共にクーオに噛みついていて、親友は必死に魔物を倒すのは自分だけで十分だ、と主張している。
「何を必死になっとるんだ、あいつは……事情は知らんが、すでおまえたち四人が扱える範囲を超えておる」
魔王とやらが逃げ出した時点でな、と付け加えるとビクターは水筒を取り出して一服する。他にも仲間がいる、と反論するものの、ここにはいないには変わらんだろう、と否定した。
「ハイン、あいつを説得しておけ」
休憩をする、と彼は少しばかり歩いたかと思うと道端に腰かけてしまう。ぼんやりと狭い空を仰ぎ、もう一杯。先ほどまでの戦いぶりと威厳はどこへやら、ぽつんと座るただの老人になってしまった。
「だったら、俺たちだけで探し出してやる!」
と、ガラガラとした言葉が響き渡る。尽きることのない体力にものを言わせて、最後の最後に口を衝いた言葉だった。びりびりと震える空気に、一瞬だけ目を閉じるクーオだったが、すでにどこかへと歩き出すルーネルは声をかけるでもなく、ちらりとハインを見やった。
アイレはといえば対峙していた二人を交互に見つめているものの、足は少年の方を向いている。
早足に遠ざかっていくルーネルの肩を、前のめりに駆けたハインが掴んだ。すると、笑みなど一切ない鋭い視線が睨みつけてくる。なんだよ、とどすの利いた声が、彼の口から。
「落ち着けよ。俺だって、早く魔王を倒さなきゃと、思ってる」
なら行こうぜ、と顎で行先を示すが、ぎゅっとその手に込める力は緩めない。
「でも……でも、だ。
顧みると、腕のない、ぴくりとも動かない男の亡骸。
「……魔王は、殺そう。そのために、俺たちはここに来たんだからな」
沈黙。わずかに身体を震わせるルーネルの目が細められ、一瞥する。
「それでも、自分だけで、やり遂げるのか? 本気か?」
すると少年はその手を振り払い、すぐにスピードを上げる。待てとハインが声を張り上げたものの、みるみるうちに小さな背中がさらに小さくなっていく。
姿勢をゆっくりと正したハインに、失敗だな、と笑うクーオの言葉。悔しそうに顔を伏せる彼に、アイレはその場にいる全員の顔色を伺っている。
「まぁ、それだけ言えたなら上出来だ。情にほだされて、説得する側が非行に走る、なんてやつもいるしな」
うんうんと頷く先輩の隣で、大丈夫だろうかと彼の身を案じるアイレだったが、いつのまにか背後に立っていたビクターはしかし、大丈夫だろうと上の空だ。
「騎士の情報網だ。魔物の倒し方はあっという間に広まるだろう。だから、ここでの、あいつの出番はない」
同じような魔物ならば、の話だが。
しわがれた言葉を小さく続けて、勘弁してくれよとクーオが苦い顔をする。
「それで、やつはなぜあそこまで、魔王というやつに執着しておる? おまえたちと比べると、妙に殺気立っとるようだが」
じろりと二人を見比べると、似たようなものです、とアイレが答えたが、ひとまず敵の残党が残っていないか探そうというクーオの提案に、ルーネルの去った方向とは反対の方向へ、歩き始める。
「魔王が、繰り返しよみがえることは、ご存じですよね?」
足を踏み出そうとして、アイレがふと振り返る。だが人のいない道が続くばかりであることを確かめて、遠ざかっていく彼らの後を追う。
独り、舗装された道を駆け抜けていく少年は、曲がり角に差し掛かるたび、最小限の時間と動きで敵影がないかを確かめていく。先の喧騒を知らぬらしい人影がちらほらとあるばかりで、一瞬立ち止まり剣を抜きかけるものの、よくよく見れば身を縮めているだけの浮浪人で、顔を上げた痩せこけた顔に、舌打ちするばかりだった。
迷惑な民から訝し気な視線を向けられつつ逃げ出したルーネルは、
「どこだ、
小さく、しかし力強く呟いて、奥歯をかみしめる。
だが黒い敵の姿はどこにもない。地面に落ちるのは、魔物のことなど露として知らない民たちの闊歩する影ばかり。先の場所から、ずいぶんと離れてしまっていたらしい。
「……仇を、父さんたちの仇を、殺す。魔王、ゼル……!」
荒い呼吸のまま突然立ち止まり、ぐっと大きく空を仰ぐ。王都の時間から取り残された少年は、拳を震わせる。
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