024 決意、固めた一方で
宿に戻るなり借りている部屋に戻ったルーネルたちは、地平線近くにかかる雲に遮られ、弱く照らされながら各々の好きなように休んでいた。
ルーネルとハインがカルトンと名乗る魔物の攻撃に気を取られた結果、彼らがアイレからの一喝を受ける頃には、それの姿は跡形もなく消え去っていた。ローブの中から伸ばしていた触手のようなものと共に、ふわりとかき消えたのだという。
残された落ちたものは、まきれもなく人のもので、消えることはなかった。誰のものとも知れぬそれに、何事かと近づいてきた生存者たちは眉尻を下げつつ、回収した。全部で五本、冷たくも感触は全て人のもの。
敗北を免れた騎士たちはルーネルたちの行動に感謝しつつ、黒い霧について話を聞きたいと持ちかけた。しかしゆっくりと武器を納めた三人は、これを断った。とはいってもいますぐに自らの口から行うことをそうしただけであり、王都に戻るなり、まっすぐと宿へと向かうと、まさしく出ようとしていたコーエを紹介した。
王城へと招かれていると理解した彼女は興奮気味に、胸を張って歩き出した。
「あれ、誰のだったんだろうな」
ベッドのシーツを握りながら、寝転がるルーネルは呟いた。
「分かるはずないだろ……」
ベッドに座り込み、青い顔で両目を覆っているハイン。ときたま顔を上げるが、再び俯いてしまう。
「早く、魔王を倒さないと……犠牲者が、一人でも減るように」
椅子に座るアイレの小さな呟きは、静まり返る室内では、やけに大きく。全員がじっと、ぼんやりとどこかを見つめていて、何をするでもなかった。
と、反動をつけて起き上がったルーネルは脇に放っていた剣に手を伸ばして鞘から引き抜く。小さな音を立て注意を促す諸刃は、埃と棘のようなものが付着して曇っている。
「……やろうぜ。絶対、倒してやる」
相棒をぎっと睨みつけても、自身の姿は隠れたまま。手入れ道具を取り出すと、まずは汚れを拭っていく。
「やつらに好き勝手されて、たまるか」
丁寧というには精細さに欠ける、折ってしまわんかという手つきで、もう一度。自身のぼやけた輪郭を認めて、もう一度。
大きくため息をついたハインもまた、ゆるゆると武器の手入れを始める。最後にアイレも弓の具合を確かめる。
「ああ、そうだ。魔王は倒して、俺たちは帰る」
ヴン、ヴン、と弦が鳴り始めた時、刀身を納めたルーネルは鎧を外し始める。
「うん。ママ、妹たちのためにも」
何気ない言葉を合図にお互いの顔を見合わせる。ルーネルだけが照らされている中、二人の笑みはぎこちないながらも、陰りは身をひそめていた。
翌朝、外へと出たルーネルたちは、ハインが扉を閉める前に声をかけられる。枯れかけた声の方を見やれば、整った身なりをしたビクターと、今まさに依頼に出かけようというのかという装いのクーオが佇んでいた。
「おう、ガキども、先日ぶりだな」
深い皺をさらに窪ませて微笑む教育係に、おう、と少年は返事をする。
「相っ変わらず反抗的なやつだな、おまえは」
それを聞いて申し訳なさそうにアイレとハインが軽く頭を下げるが、当の本人は倣うこともせず、彼らに用件を尋ねる。
いわく、政に関わる貴族と落ち合う約束を取り付けたので、
「コーエ指揮官なら、帰ってきてませんよ」
説明するビクターに、きょとんとしている三人から一歩踏み出したハインが切り出す。当然、返された彼も同様、目を見開く。
先ほど、出ることを伝えるために彼女の部屋をノックしたものの返事はなく、かつ人の気配は一切なかった。鍵はかかっており、受付に訊いてみたが、昨晩以来、姿を見てはいないと言うのだ。
「……なら、仕方あるまい。お前たち、一緒に来い。おまえたちも、
三人を軽く一瞥すると、しかし彼らは、はいと答えなかった。視線を交わしている姿にどうしたんだ、とクーオが尋ねることで、ようやく答えが返る。
「魔物については話せるけど、俺たち、交渉とかは……」
わずかに表情の曇るルーネルに、他は軽く頷いた。
少年たちに、事情も知らぬ貴族たちと向かい合って話すなど、容易なことではないことは確かである。
「交渉は、全てわしがやる」
はばかる様子など一切なく切り出した老人に、思案するそぶりを見せたハインがコーエを待つことを提案する。だがビクターは即座に首を振る。
「だめだ。今日を逃したら、次に会えるのがいつになるか分からんのだ。やつは政に関わっとると言ったろう? わしもそうだが、それ以上にやつは忙しい」
約束は敗れんしな、と付け加えると、しぶしぶ彼らは承諾する。その表情には不安が見て取れる。
城の方向へと歩き始めるビクターに従う三人。やりとりを眺めていたクーオは、自身が蚊帳の外にいることに気が付くと、彼らとは反対方向に足を向けようとする。
「おい、クーオ。報酬はわし個人から出そう。護衛についてこい」
遠ざかっていく背中が立ち止まり、そりゃいい、と肩をすくめつつ苦い顔を浮かべる青年は、小走りに合流する。彼は今日、適当な依頼をこなして休む予定だったらしいが、心なしか口元が緩んでいた。
城ではなく、その近くの豪邸へと案内された四人は、てきぱきと話を進めていくビクターの後ろについていくばかりであった。いつの間にかきらびやかな応接室に通され、その人を待つばかりとなった。
手入れの行き届いた室内が落ち着かないらしい三人と、どこか他人事のクーオ、そして口を引き結んで黙すのはビクター。机の上に置かれたものに手を伸ばすこともせず、使用人に監視され続けていた。
やがてルーネルが緊張の糸を緩めたちょうどそのとき、コン、コンと入口の扉が叩かれる。わずかに跳ねて姿勢を正したルーネルの視線がそちらに釘付けに。もちろん他の二人も。
使用人が開いた扉をくぐるのは、白髪だらけのひげを蓄えた初老の男だった。ビクターと比べるとふくよかな身体に、まだおろしたてなのであろう赤い服に身を包み、疲れの見える顔で彼らを認めた。
「おお、ビクター、よく来た。いつぶりだ? たしか、ギルドの物資提供の件以来か?」
もちろん来客の前ではぱっと顔を明るくして、テーブルを挟んで五人の前に用意されている椅子にゆっくりと腰かける。
「ああ、確か、それが最後だ。顔色が悪いようだが、どうした?」
背もたれに体重を預け、お前が気にすることじゃない、と首を振る。
「騎士の一団が全滅したことくらい、知ってるだろう? それ関係だ。隣国の兵器じゃないか、とか騒いでる貴族もいてな……ありえない話ではないが」
深くため息をつくと、ようやく彼は少年たちの方を見た。
「それで、そいつらは誰だ? おまえの紹介だというから聞いてやるが」
口を開きかけたルーネルを隣のハインが押しとどめる。なんだよ、と抗議の視線を横目に向けるが小さく、だめだ、と囁いた。
「ああ、そう言ってくれると思ったぞ、アーバルト。ひとまず、紹介させてくれ」
一人ずつ指さしながら名を呼び上げていく。だが興味なさそうな貴族は端に座るクーオを一瞥すると、用件を言うように求めた。
「魔物、と呼ばれる黒い霧と、魔王、とかいうふざけたやつについて、だ」
おまえもぼけたか、と大きく笑うアーバルトだったが、いたって真剣な眼差しのクーオを除く四人に負けて、続けろ、と顎で促した。
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