ep3 未知
022 孤軍、都を回る
朝早くの、白いもやのかかる王都の道。ある者は荷物を背負い、荷車を引き、道端で話し込み、いずれも、どこか目覚め切っていない緩慢な動きだ。
「いないね、魔物」
視界の悪い道の真ん中を歩くのは、各々の装備をまとう冒険者ギルドのルーキーズ。先ほど購入した軽食を口にしながら、ハインとアイレが先を歩き、その後ろにルーネルがいる。
「どこから湧いてもおかしくないからな……」
周囲にできる限り気を配りながら、最後の一口を食べ終えたハインは指先を舐める。
「でも王都の中で出てきたってことは、瘴穴もここにありそうじゃね? 真夜中に侵入してきたってのも、ありえない話じゃねぇけど」
目の下に薄く隈の浮かぶルーネルは、誰よりも鋭く、あたりを見渡している。というのも、先に休んでいたアイレたちから閉め出され、つい先刻までコーエと相部屋だったのだ。夜更かし癖のある彼女の部屋は遅くまで明るいままだった。
「あ、確かにそうだよね。集落では探せなかったけど、近くにあったのかな?」
ふと口をついて出た疑問と共に足を止め、喉を震わせる彼女に、大丈夫だろ、と背中を叩くルーネル。
「だったら、俺たちが帰るときに襲われてたろ。ビクターのおっさんたちがいたとはいえ、手負いを抱えてるやつを、見逃すはずがないだろ?」
それは確かに、と調子を取り戻しきらないながらも、踵を返して再び歩き出す。
「でも今回は、一部隊を全滅させるようなやつらだ。どこかにあってもおかしくないな」
数歩先で振り返っていたハインと視線を交わした二人は、共に頷いた。だが結局、三人ができることは、気温が上がるとともに晴れてきた王都を、変わらず歩くことだけだった。
ちらほらと冒険者らしい人影が出てくる頃には陽も高くなっており、雲一つない空がゆっくりとした時間が流れている。時折休憩を挟みながらルーネルたちがたどり着いたのは、王都の隅っこも隅っこ。人通りもまばらな、どこか薄暗い空間の一角にあるだだっ広い場所だった。
体勢こそ異なるものの、横になったゲンドがルーネルたちが昨晩訪れた場所であることを示している。ここはドラゴン一頭には広すぎると思われる場所でこそあるが、占領している当人は、じーっと遠目に来訪者の様子を窺っている。
「あれ、他の奴はいねぇのか」
一人を悠々自適に味わっている姿を認めたルーネルが立ち止まった二人を追い越して、王都の中心へと続くだろう曲がり角に立ち、竜を望む。そして二回、地面を指し示す。
「何もなさそうだけど、一応、瘴穴がないか探しておくか」
幼馴染の指す石畳に何もないことを認めつつ追いついたハインの提案に、もちろんと二人は散開する。
瘴穴というのは、
黒い霧のうずまくらしいそれを見つけたからといって、彼らにできることは、それが魔物を生み出す危険なものであると、しかしそれは倒せるものなのだと伝えることだけであろう。
ルーネルがドラゴンを囲う柵の中へと入り、ぴくりとも動かないゲンドのもとへと歩き始める。ハインとアイレはその周囲の家屋や道、外の草原周辺を探索し始めた。
獣のように威嚇もせずに彼を迎えたゲンドは、首をもたげてじっと子供を見下ろす。
「おまえ、なんで居るってわかったんだよ」
微動だにしない、大きな深紅の瞳。見るからに硬そうな甲殻に覆われた無表情には答える手段などない。
「瘴気の臭いが、分かるとか?」
口を尖らせて再び尋ねるも、グルグルとわずかに喉を鳴らすゲンドは何もないことを理解したのか、ゆっくりと顎を下ろして目線を合わせたかと思うと、瞼を閉じてしまった。初めから返事など期待していなかったルーネルは、数歩下がり、改めてドラゴンの体躯を見上げる。
さんさんと降り注ぐ光が自慢の鱗で反射しながらゆっくりとした寝息を立て始めた。昨日の重荷から解き放たれ、開放感を覚えているのか、指先まで指をぴんと伸ばしている。じっとゲンドの姿を観察していると、竜の頭頂部あたりに、黒い塊のようなものを見つける。
跳んで確認したそれは、それが角のようなものであることが見て取れた。軽く鼻を鳴らしたルーネルは観察を止め、改めて周囲をぐるりと見渡す。ハインとアイレがきょろきょろと歩いている姿と、青空を背景に、王都の中央にそびえる城が小さく見えた。
このドラゴンたちのために用意された空間は、どうやら彼らのために王都の敷地を広げて作られたものらしい。木でつくられた柵は簡素であるし、その根本には王都の道にも使われている石材、一方で草原側には同じものが生えている。加えて内外と比べると、外側は水をぶちまけたかのように広がっている。
外の方へ歩いてみると、柵一枚を隔てて内側は、全くと言っていいほど草が生えていない。よくよく見渡せばゲンドが十頭もいれば駆け回ることさえも難しくなる広さであることを考えると、きっとドラゴンたちの仕業であると推測された。
「ルー? 何か見つかった?」
ぼんやりと地平線に頭を出す山脈を見つめていた彼に、アイレの呼びかけがひとつ。振り返ってゲンドの陰から顔を出すと、ハインとアイレが、先ほど別れた場所に立っている。おう、と応じて彼は合流し、ひとまず王都の内側に瘴穴のようなものを見つけることはできなかったことを報告する。
「なら、やつらは外から来たのかよ?」
剣の柄を爪でコツコツと叩いていると、そうなるだろうな、とゲンドを見やるハイン。
「時間は関係ないよね? そんなこと聞いたこともないし」
アイレは首を傾げながらルーネルと顔を見合わせる。
思い当たることを互いに口にするも、ああでもないこうでもないとしているうちに日が傾き始める。
三人が知っている情報では、何もできないという結論が出た、その時だった。カンカン、カン、と鐘が鳴り始める。口を開きかけたハインが言葉をひっこめ、それが幻聴でないことを確かめる。
城の方から、繰り返し、繰り返し、微かに聞こえる別の音をかき消しながら、彼らの耳に届いている。そちらを同時に振り返る三人の目には、先ほどとそう変わらない景色があるばかりだ。
カン、カン。まだ鳴り続ける。
「……なんだ? 魔物でも出たのか?」
わずかに口端を吊り上げるルーネルに、だったらやばいな、と肩をすくめるハイン。仮に魔物であるならば、前回の迎撃の二の舞とならないよう、警戒していたのだろう。
「……行く? もしかしたらビクターさんとかコーエ指揮官に会えるかもしれないし」
落ち着きなく剣の柄を触る少年の様子を横目にうかがっていたアイレの視線が、鐘の鳴動する方へと向き直る。そのとき、夕日の差し込まない暗い路地の向こう側に、多くの人影が見えた。
同じ鎧を身に着けている彼らはぞろぞろと、道を埋め尽くさんばかりに城の方向から現れ、いずれも三人に向かって、ガチャガチャとやかましく小走りにやってくる。それに面食らわないはずがなく、ひとまず道の端へと退避する。
やがて鐘は止み、騎士たちは彼らの前を通り過ぎる。全く動じていないらしいドラゴンの縄張りを迂回して、王都の外へと流れ出た。
静寂を取り戻すと、三人は騎士たちの姿を、目を細めてじっと追いかける。
広がる草原にあるのは、たった一つ。人の群れはきらきらと輝き始めて、それへと立ち向かい始めた。
蠢き始めた、それが何であるのか、彼らはつぶさに観察することなく駆け出した。
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