ep2 素知らぬ王都

019 王都、そこに紛れた異邦人

「それで、そいつらはどこまで話した?」

 暗い影を落ちる、王都のある一室。凛とした言葉と共に、くいと顎で指されるのは部屋の隅に並ぶルーネルたち三人。

「あなたたちが討都トウトからやって来て、逃げた魔王を探している、くらいですな」

 だが答えるのは机を挟んで座っている、水筒から一服中のビクター。すると、魔王が、とルーネルが口を挟もうとするが、黙っていろ、と腕を組みながらぴしゃりと睨みを利かせた女性は、コーエと名乗った。

 低くはないビクターの目線に正面から向き合う彼女は、肩まで届く黒い髪と、暗い金の瞳に細面。部下であるはずの子供たちとは異なり、ずいぶんとしっかりとした服を身に着けている。

 右胸に件の紋章をたたえる高級感あふれる赤の上着に、黒いインナー。その差は一目瞭然だ。

「外部のものに漏らすなと言っただろう! この新人ども!」

 決して健康そうには見えない身体から、それはもう耳に響く言葉が続く。

「魔王がなんらかの方法で宣戦布告してきた以上、余計な仕事を増やすな!」

 続く大きな舌打ちは、その場にいる四人のいずれにも聞こえている。ため息をついたコーエは、言ってしまったものは仕方ないと深呼吸して、

「魔王、ゼル。やつを倒すために、力を貸せ。お前なら、国相手でも顔が通るだろう?」

 にやりともせず、冒険者ギルドの指揮官クラスに協力を要請する。


 王都へと戻ったルーネルたちは、荷台や馬、ドラゴンを預けるという先輩二人と別れ、ビクターに連れられるままギルドの本部へと向かった。

 だがその途中、くぐもった怒声が響き渡る。何事かとそちらを見やれば、王都の騎士相手に、王に会わせろ、死にたいのかと叫ぶコーエの姿を見つける。だが騎士も多忙の身なのか、いい加減にしろ、と立ち去った。

 取り残されたコーエは眉間に皺を寄せていたが、ルーネルとハインが声をかけ、ギルドの一室を借り対面するに至る。

 百八十七次討伐隊は、コーエが指揮を執る二十人余りの部隊であり、魔王の行方を探すため、各々に情報収集を任せているという。だがつい先日、魔王当人が自らの居場所と道筋を示したことによって、彼女は非常事態だと国王への謁見を求めていた。だがだが騎士は、そんな暇はないの一点張り。

 それもそのはず、小鳥が気絶し、虫がのたうつ宣戦布告のあと、まもなく草原に発生した黒い霧に関する対応に追われているのだという。

 ちょうど通りがかった通行人が近寄ってみると、それは二足歩行の何かになり、無防備な通行人は犠牲となった。目撃者の報告を受け騎士が派遣されたが、全滅。今は霧が発生していないものの、いつ現れるともしれない魔物に、亡骸の回収もできずにいるとのことだった。

「その被害を食い止めるために話を聞けというのに、どうにかしろ、ビクター」

 ため息をつくコーエのやや強引な提案に、黙って思案するそぶりを見せていた初老が重い口を開くと、

「今日は、もう遅い時間です。明日とその翌日、二日間の時間をいただきたい」

 ますます暗くなった窓の外を見るよう勧める。だが頭を横に振るコーエ。だが意地になっているわけでもないビクターも譲らない。無理に通そうとするのではなく、じっと動かぬ重さのある睨みを持って。

「コーエ殿、急ぎたい理由はそれなりに把握いたしました。しかし、今ここで共有した情報は、この王都の民の中で、わししか知らんのです」

 静かな回答に、当たり前だな、と胸を張る指揮官。

「選りすぐりの王都の騎士一団も全滅させるような魔物を、突然出てきた口うるさい者が倒せるなどと、誰が信じられますか? わしも、まだ信じられません」

 皺を深くして、頭をひとつ振り息をつくビクター。

 彼のもっともな言葉が終わるか否か、カチャと小さな音が鳴る。空斬る音に続けてガタンと椅子が床に倒れたと同時に、窓からの夕日を受けきらりと輝くものが老人の目の前に突き付けられる。

「我らを侮辱するか!? 魔王の存在すら忘れた、下衆ども!」

 怒りをあらわにする彼女と、突如向けた切っ先に驚いた様子もないビクターとの間に、ハインが静止に割って入る。

「上官に逆らうかハイン!」

 怒りの沸点が低いらしいコーエに、彼は俺たちの実力を把握しています、と口走る。

「俺たち、この人が勝てなかった魔物、えっと、三柱トリアッド? と渡り合ったんです。決して、侮辱する意味は、ないかと!」

 ほう、と大きく息を吸い込む彼女を見て、ルーネルが一歩前に出る。

「そうだ! そいつを俺らは殺したんだ! もっと落ち着けよコーエ!」

 ところが言葉にはならず、ただの吐息に終わった討都トウトの指揮官。まだ腑に落ちない、と言わんばかりの力強い視線に、

「コーエ指揮官、私たちの報告、まだですよね? 待ちながら、これからの方針を決めるのはいかがでしょう?」

 黙りこくっていたアイレの一言に、とうとう剣が納められる。胸をなでおろすハインの後ろでビクターはざっくりとした予定を述べて、どう考えても二日はかかることを示したうえで退室する。

 ガタンと閉じられた扉から足音が遠ざかり、しんと静まり返る室内。

 じっとハインたちは上官の顔色をうかがっていたが、緊張をようやく緩めたらしい当人は、大きくため息をついて、

「借りている部屋に戻れ。後でおまえらの報告を聞こう」

 と腰につけていたポーチから紙を一つ取り出し、目の前にいるハインに渡す。互いの顔を見渡した三人は、隅に置いてあった大きな荷物を背負い、いそいそと外へと出ていく。

「……悠長なものだ」

 誰に向けるでもない、睨みと舌打ち。続けて、深呼吸。


 すっかり闇に呑まれた街並みを抜け、宿の一室へと入った三人は、ぼうとランプの照らす粗末なベッドを誰が使うのかを決めてから、ようやく腰を落ち着けた。

「コーエ指揮官と、ビクターさんを引き合わせられたのは、ラッキーだったかも」

 ゲンドの背に乗って以降、ずっと肌着姿のままのアイレは疲労の浮かぶ表情で横になりつつ口にする。同意するのはハインで、彼は身に着けていた鎧を外しにかかる。王都に入る直前、クーオが用心しておけと指示されたためだった。

「違いないな。あの人、足だけは早いし、いつの間にか姿消すし」

 同じく留め具に指をかけるルーネル。

「んでもって声はでかいしなー……あれ」

 薄暗い部屋の中で軽装になったハインはアイレから食料を受け取って紙をやぶきながら、どうしたと尋ねる。彼は右腕の装備を外そうとして、その手首をじっと見つめていた。うん、と首をかしげつつ食事を始める友人たちに反し、青ざめた顔のまま彼は勢いよく立ち上がったかと思うとドタバタと外へと駆け出し出ていった。

 ギィと軋む、空けぱなしの扉を呆然と眺めていたアイレとハイン。

「ルーネル! どこへ行く!」

 既に多くの客が眠っているであろう廊下に、コーエの一喝。それでも小さくなっていく足音を彼女は追うようなことはせず、二人の部屋へと近づいてくる。ひょこと顔を出したコーエは呆然としている彼らを見つけ、

「おまえたち、やつはなぜ出ていった? 報告は今からだというのに」

 と遠慮なく踏み入って、空いているベッドにどかりと腰かける。事情は知らないと聞くと、眉をひそめる。

「……忘れ物か何かだろう。さぁ、おまえたちの報告を聞こうか?」

 またもや睨みを利かせる討伐隊指揮官だったが、彼らのもつ食料に目が留まる。ため息をついた彼女は、先に食ってしまえ、と座りながら背筋を伸ばしていた二人に命令する。おそるおそるそれを口にするも、コーエは特段口を開くことはなく、もそもそと静かな食事が始まった。

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