006 会議、山賊一掃
唯一の扉が閉じられ、遠ざかっていく足音たちが聞こえなくなった頃、ビクターがようやく口を開いた。
「それでは、始めましょう」
長に向けていた手のひらをテーブルに下ろし、ビクターが微笑みかける。待たなくてよろしいので、と長は目を丸くするが、すぐに来るでしょう、と斜に構えていた身体を元に戻しながら。
「それに、被害の状況整理ならば、掃討作戦とあまり関係ありません。被害状況を改めて確認させていただきたく」
それもそうですね、と頷く長はその全て暗記しているのか、すらすらと状況を伝え始める。
まず、山賊を名乗る集団が現れたのは一月前。
定期的に来る馬車の荷物が襲撃を受け、食糧や自警団のための武器を強奪。十五回の運送中、九回。馬車の便にたまたま乗り合わせていた王都からの貴族が人質に取られ、莫大な身代金が山賊に流れている。十五回中、四回。さらに、この森にある山菜と果実を無計画に収穫し、食糧の困窮が著しい。
今回のものを除いて以上です、と締めくくられ、なるほど。とそのとき、ノック音。ビクターが答えれば、入ってくるのは全身を鎧に包んだ人物。扉の前で立ち尽くすティーカに、椅子の一つを示したビクターは大きく頷く。
「被害は聞いていたものから、事例がかさんだ程度ですか」
特産品などは特にないここは、あくまで人が身を寄せ合って暮らしているだけの集落であり、王都からの応援を要請したとしても断られることは目に見えている。仮に最寄りの村の冒険者ギルドに依頼を出しても、へんぴな場所で生活をやりくりしている冒険者が、徒党を組む山賊たちを一掃できるかどうかは怪しい。
だから王都のギルド宛に緊急の依頼の手紙が届いた。そこで戦闘慣れしている手練れが選出され、予定の合うティーカとクーオがこれを担当することとなった。同時に、この集落周辺に自生している薬草などの採集依頼をこなすために、少年三人が選ばれ、この五人に指示を行うためにビクターもここにいる。
席に着いたティーカが自己紹介を終えて、
「あともう一人、クーオという男が参加予定ですが、間もなく到着するでしょう」
と述べたビクターは、次の情報を求める。
「では、そちらから出せる自警団の人数と、その実力、あと、山賊の根城など、共有できることは何かありますか?」
いたって真剣な眼差しの一方で、長に身体を向けているティーカはさらに、使える武器の在庫や移動に使える馬の頭数、森を長期で探索するにしても、どれくらいの食料を提供してもらえるか、を付け加えた。すると長は腕を組み、ふと思い出したかのように後ろにいた案内人に声をかけた。
「ああ、そうだ。水を。あと、倉庫の帳簿と、周辺地図を持ってきてくれ。待たせてすまなかったね」
不意に声をかけられて目を丸くした案内人は、ティーカの方を見ていた。だがその指示を聞き遂げると、そそくさと部屋から出て行ってしまう。
「申し訳ございませんが、まず、具体的な武器などの状況は、彼女が帰ってきてから確認しましょう。集落の者たちが各々管理している分もありますので、正確な数と、自警団員、十三人のそれぞれが得意としているものまでは正確にお伝え出来ませんので」
根城は分かっておられるのですか、とビクター。
「おおよその場所は。詳細は地図がきてからお伝えするとして、集落で飼育している馬は馬車用のものしかおりませんし、検討をつけた場所は悪路なので、馬は使えません」
食糧の融資は、とティーカ。
「先ほども申しました通り、皆で貯蔵を削っている状態です。食料ばかりは、申し訳ございませんが……」
腕をほどき、軽くうつむく長。
「あなたが悪いわけではありませんよ」
皺がより深く、老人に刻まれる。遅れて頷く兜。金属がこすれる音。
「では、作戦を練る前に、残り一人と、あの子を待ちましょうか」
額がテーブルに触れんばかりに両手をついて頭を下げ礼を言う。これも仕事のうちですよ、と頭を上げさせるビクターは休憩を提案する。同意したティーカだったが、一秒でも早く手を打ちたいのか長は続けたいと望むため、会議は続く。
「しかし、作戦の中心となる二人のうちの片方がまだ到着していないうえ、地図もない。どう進めたものでしょうか」
同意するティーカ。事実、作戦を立てるのならば何が使えるか、使えないのか。有効なのか、非効率なのか。どうすれば犠牲者を最小限に食い止められるかといった情報を整理するのが定石だ。しかし要となるものがここに不在となれば、作戦の見落としが増える可能性が高くなり、臨機応変に対応することが求められる。
臨機応変と言えば聞こえはいいが、逆に組織だった敵に付け入られる可能性が増し、最悪、犠牲者が増えてしまうだけ、に終わる可能性も考えられる。
返す言葉がない、と言わんばかりに押し黙る長は、ふと鈍く輝く鎧の方へと視線をやる。
「そういえば、ティーカ殿、案内はずっとここにおりましたが、どうしてこの部屋だと?」
扉の外からは、まだ足音は聞こえてこない。
「ああ、他の部屋には誰もおれらないようでしたので。気配を読むのは慣れていますから」
兜の下では、おそらく、にっこりと笑っているのだろう言葉に、さすがは手練れの冒険者だと誉める長。するとビクターはさらに追い風を立てる。
「彼女はギルドに入って数年になりますが、これがまた、優秀でしてね」
ドラゴンに跨り王都に現れた彼女は、すぐにギルドに登録する。そこから数回の教育を経て独り立ちして以降、依頼の失敗も、大きな怪我をすることなく今日にいたる。もちろん、彼女の相棒であるゲンドも同様だ。鎧や鱗に多少の傷をつくることはあっても、無事に帰還する高ランク冒険者。
加えて、ティーカが主に引き受ける依頼は、主に野獣や賊の討伐。ここにいない道理はなかった。
「もう一名のクーオも、貴族出身にも関わらず、なかなかの手練れでしてね。彼女ほど実戦経験はありませんが」
中層の貴族ながらも、身分におごるどころか庶民のような立ち振る舞いを好む彼は、事前の教育もほどほどに独立し、緊急性の高い依頼を主に引き受けていた。そのため、ギルド側から依頼を矢継ぎ早に入れられることも多く、今回は結果としてティーカと鉢合わせとなった。
期待に胸おどるのか、長の表情がぱっと明るくなったか、と思うと、またノックの音。
どうぞ、と明るくなった顔で応える言葉に開いた扉の向こうには、いかにも冒険者な青年一人と、二枚の紙と盆を持つ案内がおり、部屋へと入ってくる。
「指揮官、遅れてしまいました。思ったより山賊が多くて」
クーオはティーカ、ビクターの背後を通り抜け、長へ一礼してから背中の武器を脇に置き、椅子に腰かける。
「申し訳ございません、探すのに手間取ってしまって……」
謝罪する案内人は、構わないよと笑う長の前に紙を置いて、続けて水の入ったカップを各人に置いていく。なみなみ注がれた水が静かに揺れ、案内人が下がる。どうぞ、と長が進めるや否や、一番先に口をつけたのはクーオで、続けてビクター、長と。
ティーカのみ、兜のマスクを外した後に、一口。
露わになる肌は、焼けていない乾いた白。血色はいいものの割れた唇がわずかに開いて、水が注がれていく。対面する二人の視線がふとそちらを向くが、ことを済ませるとマスクを定位置に戻す。
少しの間を置き、ビクターがテーブルに肘を立てて指を組んだ。
「必要なものはそろいましたね。では、始めていきましょうか」
丸められていた地図が広げられ、盆に乗せられていた重りを四隅に。もう一枚の紙は広げられ、ティーカに差し出された。
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