005 休息、見習い冒険者たち
長の家から出たルーネルたちは、まっすぐドラゴンのもとへと向かう。もちろんそこには鎧を着こんだ騎士の後ろ姿があり、相棒を指さす師匠と呼ばれていた御者の男と話していた。集落にはあいかわらず誰の姿も見えない。
あんなのがいたらな、と小さく呟きつつ彼らに近づくと、その向こう側で寝そべるドラゴンの目がじとりと開き、縦に割れた瞳孔が迷いもなく彼を射貫く。
一瞬だけ足を止めたルーネルは、先に前に出るハインとアイレはっとして歩調を取り戻す。ザザッザザッと繰り返される足音に、はたと振り返ったティーカは、お疲れ様、と左手を挙げる。
一見すると、武器も持たず爪先から、指先、背中から頭のてっぺんまで銀色で覆い隠す女性はただの不審者である。鎧のない箇所は、あっても関節くらいだが、そこも黒い肌着が見えるばかりだ。では外界を覗くための目の部分がどうなっているかというと、不思議とそこには闇が広がっている。光の加減の問題かもしれないが、瞬きするものがそこに実在しているかも分からない。
だがその細くも高い身体が動くたび、衣ずれの音が聞こえる。たしかにティーカという騎士がそこにいることは確かだ。
「ビクターが呼んでる。山賊掃討の、作戦会議するって」
ルーネルが伝えると、ティーカは承知する。だが改めて御者の方へと振り向くと、その後ろでじっとしているドラゴンと目が合う。
「ゲンド……あの子は、おとなしいので、下手に刺激しなければ馬も食いません。けど、一応、子供を近づけないでください」
頷く御者に、それじゃあ、とティーカは歩き出した。途中にいる冒険者たちに、また後で、と告げて長の家へとガチャ、ガチャ、と歩き出す。
「先輩の冒険者ってのは、みんなあんな感じなのか?」
その背中をつい追いかけていたハインの呟き。
「まさか。ギルド登録しに行ったとき、あんな人は一人もいなかったわ」
アイレもまた、重さを感じさせない足取りを、不思議そうに見つめている。確かに、とハインが頷く。
「でも、クーオっていうやつのこと考えたら、みんなあんなのなのかもな……」
ルーネルだけは顧みることなく、じっと正面、目を閉じてしまっているゲンドを見据え、
「殺すこと、ないだろ……!」
強く握りこぶしを作って、低く、腹の底から呟いた。
「ああ、そうだ。君たちもありがとう。一時はどうなることかと……」
険しい眼差しを遮るように手を挙げる御者は、もともとギルドに護衛を依頼していたのだと言う。
ところが、彼らが直前に引き受けていた依頼からの帰りが遅くなってしまっていたのだという。愛馬を持つクーオと竜騎士のティーカ、すなわち馬車の手配が必要ない二人であるために、現地合流を果たすことになった。もちろん、追加の依頼料を払い人を割いてもらうことは可能だったが、いつもギリギリでやりくりしているためにその選択肢をとれなかったのだという。
日程をずらそうものなら物資を運ぶことが叶わなくなる。山賊を恐れてつっきろうものなら、辛くも逃れることができるかもしれない。それに必ず襲われるわけもない。そんな甘い考えがこの結果を引き起こしたのだという。
「時間を稼いでくれて、ありがとうな」
深い笑みが男の顔に浮かぶ。こくりと頷くルーネルに続けて、いつの間にか同じように彼を見つめていたハイン、アイレも。
「浮かない顔だが、君たちは徒党を組む山賊よりも強いんだ。自信を持っていい」
なおも暗いままの彼らに近づき、一人ずつの肩に手を置いて回る。それからもう一度、ありがとう、と言い残して集落の中心へ。だが待ってくれ、と御者を呼び止めるのは、勢いよく振り返ったルーネルだ。なんでしょうか、と微笑んでいる彼に投げかけられたのは、
「山賊がたくさん、死んだ。お前らはなんも思わねぇのか?」
問いかけは震えている。
「やらなきゃ、やられていた」
柔らかな顔に、陰りが宿る。
「それに、俺たちも、明日を生きれないなら、盗みでもなんでもしなきゃならない。あいつらもそうなんだ。汚れ仕事を押し付けるしかできないが、俺たちも、割り切るしかないんだ」
じゃあまたな、と片手を挙げてとぼとぼと歩き出した御者。彼が向かう先はいくつか建っている家屋の玄関口だ。
「なんだよ、それ」
同感、と続くのはハイン。ほんとに、と頷くのはアイレ。
扉の前にたどりついた男はノックして、中から恐る恐る顔をのぞいているのだろう人に話しかけていた。その視線は彼らの立っている方向を、ぽつんと佇む少年たちの方を繰り返し顧みていた。彼らを遠巻きに眺める住民たちは、寝そべるドラゴンの姿ばかりが映っていた。
世界のどこかに生息しているといわれる、巨体を持つ鱗類の総称。
英雄譚に必ずしも登場すると言っても過言ではないその姿を追い求める冒険者は後を絶たない。しかし未開の土地などいくらでもあるのが、この世界。そんな夢物語を信じるなんて、と鼻で笑う者たちも多い中、それでもなお冒険者ギルドというものがある以上、一定の人気は存在し続ける。
その憧れの珍獣が、このような集落にいるのである。そうだと認識しないまでも、おそれをなすのは当然だろう。
ぎょろりと動く、血を思わせる深紅の目。一枚一枚が手のひらはあるだろう暗い灰の鱗。獲物を八つ裂きにして見せた太い爪。首を守るようにして生えている棘に、剥けば命がどうなるのか分からない牙がその口には隠されている。
たとえ一人の騎士に飼いならされているとしても、ここに住まう者たちには畏怖の対象であることには変わりないのだ。
「ルー、あれ」
少年は肩を叩かれて、はっとする。アイレの示す先にあるのは、彼らも通ってきた集落の入口である。ほぼ直線である道の向こうから、一頭の走る馬とそれに跨る青年の姿があった。行こう、とハインが先陣を切ると、軽く返事をして彼を出迎えた。
彼らの姿を認めるや否や、愛馬に停止の指示を出す。
「よう、ルーキーたち。そんな顔してっと、皺になるぞー?」
するとちょうど集落の入口ので停止する。そんな彼に注がれていたのは、三対のじとっとした視線だ。
「それで、ビクターのおっさんはどこだ?」
多くの積み荷をものともしない馬の上で重そうな外套の上に妙剣を背負い、青年よりも少し上くらいだろう逞しい身体に軽そうな鎧をつけている彼は、急所であるはずの頭部をさらけ出している。ハインの伝言を聞いて顔を挙げれば、短く切りそろえられた金髪と共に、銀の瞳がそちらへと向く。
「お、そうか。よくできたな、えらいえらい。じゃ、行ってくるわ」
にか、と白い歯を見せつけるとクーオはあっという間に集落の中心を駆け抜けて、ゲンドの脇を通り過ぎて姿を消してしまう。かと思えば得物を背負ったまま目的の家まで疾走して、またもや姿を消してしまった。ぐっすりと眠っているのか、ドラゴンは目を閉じたままだ。
つむじ風のように姿を消した先輩に顔を見合わせた三人。これでビクターから頼まれていたことは完遂したこととなる。すなわち、今の彼らにこなすべき依頼は存在しないこととなる。
「……ルーネル、あの人たちが出てくるまで、どっかで休もう。さっきの戦闘で、使えなくなったものは、ないと思うが、確かめとこう」
だがここで棒立ちしていても仕方がない。ハインの提案に同意した二人は、長の家の近くに座り込み、各々の得物の具合を確かめ始めた。
「あのワルモンたち、どうやったら助けられたんだろうな」
両刃の剣には、少しの刃こぼれ。
「まったくだ。ギルドのやつら、今の状況、分かってないのかもしれねぇな」
片刃に中ほどに錆がこびりついた跡が。
「掃討って、言ってたよね。どうにかして、止められないかな」
弦の具合を確かめ、矢筒を確認する。目に見えて減った矢に、また作らないと、と独り言が暮れていく空に消えた。
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