ep2 初心者と熟練者
004 到着、森の集落
一つの馬車が、森の中の集落へと到着した。
ガタ、ゴト。ゴト。ゆっくりと車輪を奏でる荷台には、馬の姿どころか御者らしい姿はその席に影もなく、代わりに荷台を短いロープで引くのは巨大なドラゴンで、それを操るのは肩にまたがる、鎧で顔含め全身を覆い隠す人間である。
集落の入口でドラゴンナイトたちを迎えたのは、歳も近いだろう二人の青年であった。ともすればそのうちの一人が大きく身体をのけぞらせながら声をかける。
「騎士さんよ、俺たちの弟子ぃ、知らねぇか? それを引かせてたはずなんだが……」
口に手を添え、どこか焦りの見え隠れする言葉。隣の男もちらちらと、目の前にいる獣よりも荷台が気になると言わんばかり。泥よりも濃い茶色い斑点がいくつも付着している、中を隠す重い布がそこにある。
ティーカがかかとで鱗を叩くと、深紅の片目で二人を見下ろしていたドラゴンの動きが止まる。だが数秒で彼らに飽きたのか、進行方向へ鼻先を向ける。集落の入口の向こう側から注がれる視線を全身に受けながら、ふいごのような音を奏でる。
ともすれば、師匠、という叫び声と共にバタバタというくぐもった音が荷台の中から。声をかけた男がはっとそちらを見やれば、勢いよく顔を出しているのは、先ほどまで山賊の人質となっていた御者である。
ぱっと明るくなる二人の顔。次の瞬間、荷台から飛び降りた御者は、もつれる足で二人へと駆け寄る。ほうと息をついた男たちはじわりと目を潤ませ、小柄な身体を受け止めて抱きしめる。お互いに背中を叩いて、もう一方の体温を確かめる。
ピシャリと尻尾がしなり、荷台の脇に振り下ろされる。続けてグルル、と喉を鳴らすドラゴンに、三人は現実に引き戻される。
師匠の一人が村の方を指さして、荷台の置き場所をティーカに伝える。背中を撫でてやる彼女は礼を言って、ドラゴンに指示を出す。
誰もいない集落の中を、のし、のし、ガラ、ガラと彼は歩いて行った。
馬車、もとい竜車からまず降りたのは老夫婦だった。
車内に向けて感謝の言葉と共に荷台から出た夫婦は、視界に飛び込んでくるドラゴンの背中にびくびくとしながら、大丈夫ですよ、と騎士の言葉を受けるとものの、いそいそと集落の住居へと姿を消した。
続けて、初老の男性ビクター、アイレ、ルーネル、ハインと下車する。
「言っておくが、まだ山賊の掃討は、まだ終わっとらん」
身体を軽く伸ばしながら背後で顔を見合わせる若人たちに、指揮官の一言。軽やかな身のこなしのビクターは数歩離れたところで足を止めていた。
「おまえたちは、安全が確認できるまで、待機だ」
相棒の腿につけられたロープを外し、その身体をいたわっているらしい竜騎士も、ふとそちらに顔を向ける。
「あくまでおまえたちへの依頼は薬草と山菜の採取。先輩たちの邪魔をするなよ」
皺だらけながらも、鋭い眼差しに、分かってる。ルーネルの返事に、特に反応を示さなかった老人はついてこい、と告げる。突然の命令に足踏みする三人に、さらに枯れかけた言葉が投げかけられる。
「ここを仕切っとるやつに、挨拶だ。これから数日、世話になるのだからな」
了承の返事をしたのはアイレ。先に踏み出すのはハインであった。
取り残されるティーカとドラゴンは、集落の中でも最も大きな家屋へと向かう四つの背中を見つめた後、のんびりとした時間を再開する。
ギルド所属、構成員指揮官兼初心者教官資格所有者、という前置きを並べてから名乗ったビクターは、待っていたのであろう身なりの整った住民に、特に怪しまれる様子もなく家屋の中へと通された。ハイン、ルーネル、アイレは物珍しそうに視線を巡らせながら後に続く。
屋内に踏み込んだものの、いまだ続く土を踏む感触。壁は木材を組んで造られたもの。複雑に組まれているわけではないが、ゆがみも軋みもない丈夫な造り。そこに枝や小さな木の実で作られた飾りなどがかかっている。
いくつかの扉の前を過ぎ、こちらです、と通された部屋はいくつかの椅子と、テーブルが一つだけ置かれた、暗い部屋であった。大きな窓はあるにはあるが、すぐそこに並ぶ木によって遮られているらしい。心なしか、ひんやりとした空気に満たされていた。
すぐに長を呼んでくると一礼して姿を消した案内人を見届けてから、ビクターは相変わらず落ち着きのない初心者冒険者たちをよそに、椅子に腰かける。一番初めに落ち着きを取り戻したアイレは、次いで椅子に座ろうと背もたれを引くが、
「これ、おまえたちは座らんでいい」
老人が横目に放つ制止の一言。ぴたりと動きを止め、きょとんと目を丸くして見つめる彼女。その背後にルーネルが近づくと、眉間に軽くしわを寄せながらその理由を尋ねた。
「あくまでおまえたちを呼んだのは、顔合わせのためだ」
引かれた椅子に手を伸ばし、もとの位置にした皺だらけの老人は続ける。
「集落の長と挨拶した後、おまえたちにはさっさと退室して、ティーカを呼んでもらう」
彼の視線は机を挟んで反対側の机に注がれるばかりだ。
「じきに、クーオのやつもここに到着するだろう。やつがきたら、ここに、わしがいると伝えてくれ」
椅子に載せていた手がひっこむ。ビクターへの視線を逸らさず黙りこくる三人に、ようやく顔を向けたかと思うと、
「それくらい、できるだろう? 世間知らずのルーキーたち」
それはもう、挑発するような笑みを浮かべていた。ハインとアイレがビクターの笑みに見入っているうちに、唯一反骨心を見せたのはルーネル。テーブルに思い切り左手の握りこぶしを振り下ろす。
「あったりまえだろうが! なめてんじゃねぇよ!」
先の戦いに勝る気迫に、ハッハッと軽く笑うビクター。それでも怒り冷めやらぬ少年に、頼んだぞ、と告げたビクターが佇まいを正すと、ちょうど廊下から二人分の足音が聞こえ始める。姿勢を正すよううながしたハインに倣い、他の二人が背筋を伸ばしたところで遠慮がちなノック音が静まり返った部屋に響く。
お待たせしました、とさっきの案内人が入ってくると、追って中年程度だろうと思われる男性が同じ挨拶を繰り返す。彼は扉を閉じると軽く自己紹介を済ませて、席につく。案内人は長の後ろに待機すると、ビクターは立ち上がることもせず先と同じような自己紹介を終え、続けて後ろに並ぶ少年たちを指さす。
「まず、山賊掃討の作戦には参加しない新人冒険者ですが、そちらから、アイレ、ハイン、ルーネルと申します。作戦の完了後、教育兼、採集依頼を実施予定ですので、短い間でございますが、よろしくお願いします」
先ほどまでの固いたたずまいはどこへやら。滑らかにまわり始める口に快く頷いた長はほがらかに笑いながら有望そうな子たちだ、と眺めた。
「わしも、冒険者をしていたことがありましてな。ビクター殿のような才に恵まれず、今はここで皆を取りまとめております。いい冒険者になって、いろんなものを見て回ってください」
首から下を何重にも着込んだ老人とは異なり、戦場に向かうための装い。
ルーネルとハインは脚、胴、腕もレザー製装備に包み、腰のベルトに異なる形の剣を差している。光沢やデザインにわずかに差があるが、おそらく同じ店で買ったのだと推測された。他に違いがあるとすれば、飾りであろう。
ルーネルの右手首には鈍い輝きを放つ腕輪、剣のない側のベルトには糸で編まれた飾り、そして、左胸には交差する剣を模した紋章の飾り。
隣の仲間よりも少し背の低いハインは剣の柄に鍔の根本に飾りを結び付けている。胸には同じ紋章があるが、欠けている部分がある。
アイレは弓を背中に、矢筒を腰に。一見すると女性の狩人となんら変わりないが、首につけているチョーカーには紋章が、矢筒に編み紐が結ばれている。
ありがとうございます、と頭を下げるハインに、アイレ、ルーネルと続く。すると長は大きく頷くと、ビクターと改めて視線を交わす。指揮官は新人たちに、打ち合わせ通りの指示を出すと、顔を上げた三人はぞろぞろと長の家を後にした。
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