chap1 森の集落にて
ep1 三人の冒険者
001 強襲、現る三人と
うっそうと茂る森の中を三台の馬車が進んでいた。
ゴトゴト、ゴトゴトと一定のリズムを刻み続ける後方の馬車が、突然ガコンとペースを乱した。だがその奏者である二頭の馬と、指揮者である青年は気にする様子もなく、ただ道を進むだけである。
陽もまだまだ高い真昼の森は、ほどよく日差しをさえぎり心地よい空間を彼らに与えている。
人々が繰り返し通ってできたのであろう道をたどる馬がいるのだから、ふと彼らから視線を外して空を仰いでみたり、木々で羽を休めている野鳥、はたまた顔をのぞかせている獣を探してみるのも、御者に許された癒しのひと時となることだろう。
だがこの一団にはそんな悠長な様子は見られなかった。馬車を繰るすべての御者は手綱を握りしめ、じっと前方に顔を向けながら、前方、上空、右の茂みに、左の暗闇。通る限りの視線をくりかえし巡らせている。そこに浮かんでいるのは、疲労と警戒。
遠くに山をのぞみながら、森はまだ続く。道も曲がりくねりながら、さらに続く。一秒たりとも気を抜かない一行は、見通しの利かない道を進んでいく。
でっかい石があるぞぅ。前方の御者が声を張り上げる。へぇーい、と間の抜けた真ん中の返事に遅れて、はい、と続く。たしかに、彼らの行く道の真ん中あたりに拳大の石ころが落ちていた。舗装されてはいないものの、最低限切り開かれている道だというのに、不自然にちょこんと。
知恵の回る獣のしわざだろう。箱ばかりを積んでいる馬車は車輪が石をまたぐように、わずかに迂回する。
けっこうでかい石だな。箱と長物を揺らしている馬車は軽く手綱を引いて石の横を通り過ぎる。
ずいぶんと掴みにくそうな石だな。高い天井をもつ馬車は他の二つよりもゆっくりと、車輪の間にくぐらせて通り過ぎた。
ゴトゴト。ゴトゴト。車輪が退屈そうに回っている。御者たちの視線も、疲れの色が見え始めている。
それから数分後、大きな破裂音が木霊した。
突然の音にはねたのは、御者たちだけではない。それよりも数瞬早く足を踏み出した馬たちは、目の前の狭い道へ我先に行こうと走り始める。
「一気に村まで行くぞ!」
前方の御者が前傾姿勢になりながら早口に唱えると、暴れる馬を制御しながら、流れる木々たちを尻目にスピードを上げた。石をひこうが、道脇に乗り上げようが、関係ない。ただ馬たちを道の先へと器用に誘いながら、あっという間に小さくなってしまう。
真ん中の御者は空いた前の空間へ、馬たちを進ませる。混乱しつつも並走を避けようとする馬たちをどうにか御しつつ、前方へと踏み込んでいく。ガコンガコンと激しく上下する荷台。
「落ち着けって!」
だが御者のことなど知ったことかと、荒く走り続ける馬車はスピードを上げると同時に、バツンという音が鳴る。荷物を縛っていた縄の一つが切れてしまったのだ。揺られ、バラバラと落ちていく荷物になど気に留めず、終わりの見えない森を疾走していく。
後方の馬たちは目の前に突如現れた障害物を避けようと左右へと向く。そっちじゃない、とそれぞれの手綱に力を込めたものの、知ったことかと別方向へと突撃し、ガガガと車輪が荷物に乗り上げる。
「なんだってんだよ!」
推進力が落ちてきた車に追い打ちをかけるようにして、先に落ちてきていた長物の先には、いくつかの木箱が転がっており、青年は手に食い込んでいく縄をめいっぱい引いて語りかけるばかりで、馬たちは好き勝手に走ろうとする。
ガタッと車輪が箱に乗り上げた。傾いた荷台からいくつかの声が発せられるが、最後の御者に答える余裕などあるはずがない。一瞬だけふわりと浮いた感覚に襲われつつも、前を見据え続ける彼はふと、木ではない大きな影を落とされていることに気が付く。
車輪が地面へと着地した瞬間には、馬たちの姿は見えなくなっていた。
「よーし、獲物ゲット」
呆然と道の先を眺める御者の手には、引手を失った縄がある。赤く腫れた手からまだ放すことはせず、わずかに震えている。
「さっさと手放しときゃ、そこまで痛まなかったのに、かわいそうになぁ」
御者の背中に軽くよりかかりながら、持っているナイフをくるりと回すのは、先ほどまではそこにいなかったはずの男。
「まぁ、安心しろ。命までは取りはしねぇからよ。おとなしくしとけ」
彼は御者の後ろのスペースで立ち上がると、ぽんと頭をひと撫でして、荷台の方へと歩みを進めた。ギシ、とわざとらしく床を軋ませつつ、風よけ用の重い布をめくって、ゆうゆうと中へと歩を進める。
「どうも、帰省か仕事か、いないとは思いますが、遊覧の最中の皆様」
にっと薄汚れた歯を見せながら明るい笑みを浮かべたみすぼらしい男は、汚れた身なりを見せつけるように両手を広げ、宣言する。
「俺たちは山賊だ。でも、安心してくれ、おまえらに暴力をふるうつもりはないんだ」
呆然とそれを見つめるのは六人の運ばれていた者たち。特に大きく震えたのは一組の老夫婦だ。入口から最も遠い位置に座っていたにも関わらず、倒れこむようにして床にひざまずき、勘弁してください、助けてください、と狭いスペースで懇願を始める。
ひとつ、ふたつと理由が並べられるが、男は笑みを張り付け、ナイフを握ったままだ。よっつ、いつつと口にしたところで、彼は動く。すっとナイフを前に突きだせば、夫の喉元に。それを見て、お願いします、とさらに妻が口にすれば、もう片方の手でその頬を殴打する。
「だから、言ってんだろ。おまえたちは人質なんだ。俺たちに手ぶらで帰らせる気かよ!」
さきの穏やかさはどこへやら。眉間に深くしわを寄せた男は、倒れ呆然とする老婆を鋭く見下ろす。息を吸い込んだ老人に間髪入れず、黙れ、とにらみを利かせる。
「うっせーんだよっ! 今ここで捌かれてぇのか!」
唾を吐き散らしながらの怒声に、びくりと跳ねあがったのは席に座る少女だ。山賊と夫婦のやり取りをじっと見つめていた彼女は、ぎゅっと自身の服の襟元を握りしめた。
さっさと戻れ、と顎で座席を指しつつナイフで脅す山賊に従った二人を認めて、彼は後ずさりながら馬車の出口へ。外からの呼び声に片手を上げた彼は、よそ見をしながら再び中へと戻ってくる。
男が視線を戻すと、ゆらりと立ちあがっていた少年が、一人。
じっと山賊を睨みつけるレザーアーマーを身に着けた少年。まだ十五、六だろう彼は眉をひそめる山賊にガツガツと足音を立てながら大股に近づくと、最小限の動きで握りこぶしをつくるや否や、鋭く突きだした。
次の瞬間、男は鳩尾を拳を貫かれ、あえなく崩れ落ちる。軽く頷く少年は腰に差していた剣を抜き放ちながら馬車の荷台から外に出た。一呼吸の間の出来事に唖然としていた同乗者たちだったが、少年の近くに座っていた少女と、もう一人の少年が追いかけた。
三人の若者は木漏れ日に目を細めながら、御者たちのいた場所に靴跡をつけながらあたりを見渡す。
「ハイン、こういうときはどうすればいいと思う?」
先頭に立つ険しい表情の少年が口にする。
「もうちょっと先のこと考えろ馬鹿野郎! アイレ、こいつから目を離すなよ!」
同じレザーアーマーを身に着けた後ろの少年は片刃の剣を抜きながら車から降りた。一方の軽装にしか見えない少女は視線を動かしながら五、と呟きながら矢をつまみ、手にした弓につがえた。
「うん! でも、気を付けて、ハイン、ルーネル!」
すでに一人を片付けた少年が飛び上がり、切れた手綱の上に着地して、剣を一払い。
正面には薄汚れた身なりだが、筋肉質な男がたたずんでいた。その手には片刃剣が握られており、膝立ちさせられている御者の首に当てられていた。
さらに眉間のしわを深くしたルーネルは、その山賊に剣を向け、
「さぁ、ワルモンはここから退場してもらうぜ!」
しかしにやりと、不敵な笑みを浮かべた。
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