第56話 着物デートへ

 俺は、来客用のソファーに座ると、何となく壁を眺めていた。


「春輝さん! お久しぶりです」

「おぉ、久しぶりだなぁ」

「はい」


 美里さんの娘さんで、店の事を手伝っている、有紗がたとう紙に包まれた、着物を手にして、声を掛けてきた。


「これ、預かっていた、春輝さんの着物と袴です」

「ありがとう。早速、着替えたいから、更衣室借りてもいい?」

「もちろんです。空いてますんで使って下さい」


 俺は、来客用のソファーから立ち上がると、更衣室へと向かった。


「着替え、お手伝いしますか?」


 有紗がそう聞いてきた。


「いや、自分で着れるから大丈夫だよ」


 最初こそ、着物を着るのには手こずったが、今では慣れたもんだ。

一回、手順を覚えてしまえば忘れないもんだ。


「分かりましたー!」


 そう言うと、有紗は仕事に戻っていく。


「さてと、俺も着替えるか」


 更衣室に入ると、着ていた服を脱ぎ、襦袢を着て着物を羽織る。

器用に帯を締めると、袴を履く。

そして、羽織りを着れば完成だ。

黒の着物にえんじ色の袴だ。


「これでよし!」


 慣れた手つきで着付けを終えると、更衣室を出た。


「さすが、綺麗に着付けるね」


 着付け終わった俺を見て、有紗が言った。


「慣れだね。これは」

「だよねー」


 それから数分後、美里さんが奥の部屋から出てきた。


「春輝くん。紗良さんの着付けも終わったわよ」


 そう言う美里さんの後ろには着物姿になった紗良の姿があった。


 黒を基調とし、白の花柄が散りばめられている。

髪の毛はアップにしており、女性らしいうなじのラインが美しいのに加え、日本風の顔立ちに白い肌、全てが着物とマッチしている。

 

 こんなに美しい着物姿があるだろうかと、俺は言葉を失ってしまった。


「変、ですか?」


 紗良が恐る恐る聞いてきた。


「違うわよ。あれは紗良ちゃんに見惚れて言葉を失ってる顔ね」


 美里さんが、ニタニタとした笑顔を浮かべて言った。


「可愛い……」


 思った言葉を無意識に口に出していた。


「あ、ありがとうございます……」


 紗良の顔は、真紅に染まっていた。


「ご、ごめん。つい、思った事を……って何言ってんだ俺は!」


 俺のその姿を見て、美里さんはまだニタニタとした笑みを浮かべていた。


「ありがとうございます……その、兄さんも似合っていますよ」

「そ、そうか? ありがとうな」


 何だかんだでこの兄妹はお互いの事が好き過ぎるのだ。


「と、とりあえず行こうか」

「はい……!」


 紗良は微笑みを浮かべていた。


「いってらっしゃい。着物は夕方までに返して貰えたらいいからね」

「分かりました」


 美里さんに見送られ、俺たちは浅草観光へと出向くのであった。

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