第384話 この娘にしてこの母ありじゃな


「コフィーリア、それは認められない。初めに5対5の団体戦と決めただろう」


 シュナイデルは拡声器を通さず試合続行を却下する。


「あら、初めに格闘試合と決めたのに模擬剣可のルール変更は認めたじゃない。大将戦では宝剣を使う事まで」

「それは選手同士の合意のうえで認めたルールだ」

「選手が認めれば良いのね」


『ヨコヅナ、他の近衛騎士と戦えるわね?』


 コフィーリアの言葉にヨコヅナは笑顔で頷く。


「後は近衛騎士達からヨコヅナと戦いたい者を募れば問題ないでしょ?」

「いや、他の近衛騎士は選手ではない。選手同士の合意とは言えない」

「それは屁理屈だわお父様」

「屁理屈はコフィーリアの方だ。選手が全力を出せずに試合が終わる事は多々ある、ヨコヅナ選手のスモウを見れなかったのは残念ではあるが、それが結果だ。一時的な醜態を晒すことになろうと、既に出てしまった結果を変えるような不正行為を行うよりはマシだ」

 

 さすがは一国の王、コフィーリアでも簡単に説き伏せることが出来ない。

 その時、


「良いじゃない、コフィーの言う通り続けましょうよ。私も彼の試合をもっと見たいわ」


 不意に後ろからかけられた女性の声に二人は驚いて振り返る。


「ソフィア!?」

「お母様!?」

「うふふ。御免なさい、席を譲ってもらえないかしら」

「あ、ははい!」


 ステイシーが慌てて席を立つ。


『あーあー…突然で御免なさいね。私はソフィア・ヴィ・ダリス・ワンタジアよ』


 解説席に現れた女性はシュナイデルの妻にしてコフィーリアの母。ソフィア・ヴィ・ダリス・ワンタジア、ワンタジア王国王妃である。



『私は王覧試合に全く関与していなかったのだけど、面白い展開になってるから実況席にお邪魔させてもらったわ』


 ソフィアが現れた事で会場は今まで以上に騒然となる。



『スモウチーム5人対近衛チーム5人の結果はスモウチームの全勝。客観的意見を代表して言わせてもらうと、スモウチームが強い事は否定しないけど近衛チームが弱く見えたのも否定できない事実だわ。始まる前は近衛チームが勝つと思っていたもの』


 ソフィアの言葉に多くの者が頷く。スモウという聞いた事もない格闘技のチームと王族を守護する近衛騎士隊のチームが対戦するのだ。当然近衛チームが勝つと大半が思っていた。にもかかわらず近衛チームの全敗。


『でも近衛騎士隊の隊員からすればこう言いたい者もいるわよね「負けたのはチームに選ばれた五人であって、自分がチームに入っていれば全敗などという醜態は晒していない」と』


 これも近衛騎士達の多くが頷く。近衛騎士隊の中での階級は個人の武よりも家の位で決まる。副隊長のランスは別として、他の四人に対しては「自分の方が強いのに」と思う者は少なくないのだ。


『近衛騎士隊の醜態を払拭したいと思う者は闘技台へ降りなさい。もちろん強制ではないわよ。闘技台に立つ彼と戦うのが怖いなら降りなくて良いわ、でもまぁそんな近衛騎士隊はコフィーが言う通り潰すべきだと私も思うけど』


 ソフィアの言葉を聞いて近衛騎士全員がダッシュで闘技台の周りに集まる。


『これで戦う者同士の合意は得られたわね』

「いや、しかし彼らは選手ではなく…」

「それは些細な問題だと思うわ。皆にも聞いてみましょう」


『観客の皆様の意見もお聞きしたいわ。続きを見たい人は拍手を、見たくない人は退席を』


 ソフィアの二択を聞いて直ぐに拍手をした観客達がいた。

 普段から好んで格闘試合の観戦している客、その中でも裏格闘試合にも足を運んでいる『不倒』ファンが真っ先に拍手をした。ハイネ達三人もほぼ同時。少し遅れてスモウチームを応援する観客達が拍手する。

 一定数の拍手があることが分かったところでどちらでもいい観客達もぞろぞろと拍手しだす。「なら俺も」「なら私も」と拍手は広がり過半数を超える。

 そうなってくると少数ながらも居た、どちらかといえば反対の観客達も拍手せざるを得ない。社交界での話題に乗り遅れない為に来たのにここで帰れない。

 そして拍手が一番遅かったのはケオネスやヒョードル、だが最終的は拍手をする。というよりも退席など出来る訳がないのだ。


 少し考えれば直ぐ分かるのだがソフィアが提示した二択は不平等。反対する者が試合を観れなくなるだけなのだから。

 それを考えさせなかったのが、賛成する者に拍手をさせたこと。

 裏闘に観戦しに行くほどの格闘好きがこの場に居ないわけがない、直ぐに拍手をする事は容易に想像できる。拍手であれば周りに直ぐ「あ、賛成している人がいる」と分かる。「なら自分も」と同調も直ぐだ。

 拍手にはさらなる効果もある、


「ほらね、選手かどうかなんてそんな些細なこと気にして反対しているのはあなただけよ。どうする?」

『……続行を許可する』


 万雷の拍手の中ではシュナイデルも反対できないという事だ。


「…さすがですお母様」

「コフィーも近衛騎士隊を焚きつけるまでは考えていたでしょ」


 コフィーリアも同じように近衛騎士隊を闘技台に集まらせる所までは考えていた。


「でもお父様を説得したいなら、先に周りを全部味方につけてからじゃないと。反対するのが自分だけでは妥協案は使えないでしょ」

「今後はそうさせて頂きます」

「ソフィア、娘に父親の倒し方を伝授しないでくれないか」

「ふふふっ、子は親を乗り越えていくものよ」




 ハイネと使用人が座る観客席。


「まさか王妃様が現れるとは…」

「国王も王女も実況席にいるのじゃから王妃が現れても変ではあるまい」

「国王陛下と王女様が実況席に居る時点で変ですけどね」

「実況席にではなく王覧試合に来ていること自体がだ。格闘が好きとは聞いたことないが…」

「ヨコヅナ様を見に来たのでは」

「娘のお気に入りのペットじゃからの」

「……まぁ、それしかないか…」




 国の上層部が集まる観客席。


「まさか王妃様が介入して来るとはな」

「王覧試合を観戦に来られていたこと自体驚きだ。何故介入したと思う?」

「ヨコヅナ君のスモウを見たいから…などではないだろうな。王女様と同じで近衛騎士隊を再構成すべきとお考えなのか……、それも腑に落ちないが」

「もし王妃様が王女に加担するのであれば、土下座したところで無駄だな」

「その場合は王女様の独断・暴走とはならない。最悪のケースは避けられる」

「そうだな。あとはヨコヅナ君がどう勝つか」

「大将戦を見るにやり過ぎて大怪我させる危険はなさそうだが」

「あれは逆の意味でやり過ぎだがな」

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