第252話 とある執事の下働き 24


「今日も疲れたわ~。お客さん多すぎなのよ~」


 恒例の夕食後のプチ飲み会、ビャクランが酒を片手に持ちながら愚痴っている。

 ビャクランはどちらかといえば愚痴る相手と諫める側なのに珍しいな。


「贅沢言うな、良い事だろ」


 愚痴に無慈悲な言葉を返すシィベルトだが、確かのその通りだ。料理店でお客が多い=売上が上がる、それもビャクランが接客しているのは予約個室の富裕層の客、ほとんどがコースメニューを注文するので利益率が高い。


「でも、最近予約客の接客の人達みんないつも以上に疲れた顔してるよね」

「私もエイトと同じ事を思っていた。乱暴な接客員に手を出そうとする客が来てたとも聞いてないしな」


 ここのところ予約個室は満席で忙しいのは間違いないのだが、それは今まで何度もあった事だ。もし乱暴な接客員に手を出そうとする客がいれば私に声がかかり、店から文字通り放り出す事になっている。


「最近のお客はヨコさんが目当てなの~」

「ん?……それって今までと同じじゃないの?」


 首を傾げるワコ。だが、正しくもあるが少し間違ってもいる。


「前はヨコさんのちゃんこ鍋が目当てでしょ~、まぁそれは今もそうなんだけど。ヨコさん、つまりセレンディバイト社の社長が目当てなの~」

「そういえばヨコさん社長になったんだった!」

「信じられねぇけど社長になったんだったな」


 そう、驚きなことにヨコヅナは社長なのだ、驚きな事に。


「でもヨコさん、元からここの経営者ですよね。そんなに変わるんですか?」

「なんかね~。裏でセレンディバイト社の社長と大々的に発表して、大活躍したみたいなのよ~」

 

 大々的に発表とは……ならもう知らない振りをする必要はないのか。


「だから最近のお客さんって~、大きい商会の重役さんとかでビジネス目的でヨコさんに会いたいの~。それがしつこいのよ~、相手も仕事だから簡単には引き下がれないんでしょうけど~」

「確かに…聞いてるだけで面倒くさいそうだね」

「ああ、「んなこと俺に言われても知らねぇよ!」って言いたくなるあれだな」

「……ラビスはどう対応しろと?」

「何一つ確約することなく、且つ相手の気を悪くする事もないよう対応しろって~」

「難しいことをあっさり言うよねラビスさん」

「だが、それも仕事だからな」


 それが出来ると認められているからこそ給料の高い予約客の接客員だ。


「そうね~。これだけなら私もこんなに疲れたいりしないんだけどね~。本当に面倒くさいのは…嫌なのは主義者の接客」


 いつもおどけてるようなビャクランが真剣な表情になる。混血を差別する人族至上主義者の客か…


「混血が多いロード会と合併したことに文句がある客か?」 

「文句を通り越して誹謗中傷、内容は聞かない方がいいわ~」


 余程酷い事を聞いているようだな。だが、私は今件のこと一通り聞いている、全てが誹謗中傷でないのだろう。もちろんここでそんな事を話したりはしないが。


「なんで混血の人を嫌うのかな?ロード会の人達も良い人だし、店に来る混血のお客さんも「料理美味しかった」とか「丁寧な接客ありがとう」とお礼言ってくれる人ばかりだよ」


 ちゃんこ鍋屋に来る混血の客は皆礼儀正しい、だがそれは差別する店が多いからに他ならない。


「王国の悪い慣習だ。それも古くからある家ほど差別意識が強いからな、ビャクランも少しでも乱暴されたら言え」


 一般客であれば五月蠅くするだけでも、他の客に迷惑になるという名目で放り出せるが、個室ではその名目は使えない。


「相手もその辺分かってて、口だけだから我慢するしかないのよね~。まぁ一過性で、すぐ収まると思うけど…」

「混血を差別したところで誰も得なんてしねぇもんな」

「言ってしまえば暇人連中だな」

「暇でも何が楽しいのか全然分かんないよね」


 主義者への怒りが高まる中、

 

「ロード会と合併したのは、ラビスさんが関係してるんですかね?」

 

 エイトが話題を変えるようそう言った。客への悪口がヒートアップし過ぎるのは良くないと考えたのだろう。酒の場でもこれとは中間管理職気質が溢れてるな。

 

「エイトは何故そう思う?」


 従業員には合併の理由を詳しく説明していない、というか麻薬密売云々など出来るはずないのだが…。しかし何故ラビスなんだ?


「えと、ラビスさんも混血ですし、それに王宮に勤めるのを辞めてまで会社の経営に専念することにしたんですよね」

「……そう考えると筋通るわね~」

「王宮務めを辞めるとか何考えてんだと思ったが、そういう理由か」


 ふむ、混血同士の仲間意識からという理由か、ビャクランもシィベルトも納得してるところ悪いが、そ れ は な い。


「全然違うぞ。ラビスは「同じ混血だから助けよう」などという優しさは持ち合わせていない」

「そ、そうなんだ」

「ロード会にヨコヅナ様と同郷のオリアさんがいるだろ」

「ああ!、あの美人のお姉さん」

「…あぁ、うん、そうだ。その繋がりからロード会の会長、デルファ・ロードとビジネス的な関係を築き、合併に至ったということらしい」

「でもよ、合併ってそんなあっさり纏まらないだろ。ヨコさんが社長ってことは、ロード会の会長が下につくってことだぜ」

「そこはヨコヅナ様の後ろ盾である、コフィーリア王女のお陰だ。王女様は混血差別を無くそうと頑張られている。混血にとってこれ以上心強い合併相手はいないさ」


 その影響もあってビャクラン達が割を食っているのだがな。


「それじゃラビスさんが王宮務めを辞めたのは何でなの?」

「……私も聞いた時は信じ難く、ラビスに直接問いただした」


 ラビスは唯の王宮務めのメイドではない、有能と認められた一部が選ばれる王女専属メイド、その中でもラビスは姫様に目をかけられていた。

 だと言うのにラビスは自ら辞めた。その理由は…


「そしたら「私にとってはヨコヅナ様の補佐の方がやり甲斐があるというだけのことですよ」と言われた」


 もしちゃんこ鍋屋で働く前の私が聞いていれば、姫様への侮辱ととり掴みかかったかもしれないな。

 今でもあり得ないと思える内容だが、唯一可能性として、


「えぇ!?、それってつまりそういうこと?」

「前は冗談半分で聞いてたけどよ、こうなると…」

「他に考えようが無いよね」

「ヨコさんとラビスさんが恋仲ならあり得るわね~」


 そう、以前のプチ飲み会でも話題にだした、ヨコヅナとラビスの恋仲疑惑。それが真実だった場合、百万歩ほど譲ればラビスが姫様よりヨコヅナを選んぶのも納得が出来る。


「それじゃ近いうちに結婚するのかな!」

「それは気が早いんじゃないかしら~、ヨコさんはああ見えて未成年だし~」

「そういや、ヨコさん俺より結構年下なんだよな」

「貫禄というか、単純に見た目大きいから忘れそうになるけど、僕よりも年下なんだよねヨコさん」


 やはりヨコヅナは歳相応には見られていないのだな。


「それにヨコさん裏ではモテモテらしいわよ~」

「ヨコさんモテモテなんだ!?」

「そうよ~、裏ではオルレオン君よりヨコさんの方が女性にモテモテなの~」


 オルレオンは顔が整っているのでちゃんこ鍋屋でも女性客に人気がある。とは言えヨコヅナに人気ないわけではない、ヨコヅナは老若男女問わず人気があるから総数では多いだろう。

 ただモテモテといっても裏ではと言う事は…


「それは試合で勝ってるからお金目的の女が集まってるだけだろ」

「ふふふ~。それだけじゃないと思うわよ~」


 お金目的ではなくヨコヅナに好意持つ者もいると言う事か?裏格闘試合の会場で仕事をしていたビャクランがそう言うならそうなのだろう。


「とにかく~、ヨコさんとラビスさんから直接聞くまで、知らない振りしてた方が良い思うわ~」

「まぁ、俺はあの二人がどうなろうと、ちゃんこ鍋屋の経営さえちゃんとしてくれればそれでいい」

「僕も本人達が話してくれたら、それから祝ったりしてあげたら良いと思う」

「同感だな、周りが騒ぐには時期早々だ」

「え~、つまんないよ~」

「ワコちゃんも大人になったら分かるわ~」

「む~、働いてるから私はもう大人なのに~」


 子供扱いされてむくれるワコ、頬を膨らませる顔は子供以外の何物でもない。


「あ、そうそう。さっき話に出たオルレオン君だけど」


 またエイトが場が停滞しないように次の話題をだす。


「オルレオンがどうした、また何か失敗でもしたのか?」

「そうじゃなくて、今日異様に機嫌良かったけど何かあったの?」


 …ちっ、エイトはほんとよく見ているな。


「あぁ~、オルレオン君今朝、ヤズッチとの手合わせで勝ったんだよ」

「お、とうとう負けたのかヤズッチ」

「手を地面に着いてしまっただけだ」


 バランスを崩され手を着いてしまっただけ、だがヨコヅナとの手合わせのルールでは足の裏以外が先に地につけば負けなのは確か。だから…


「明日ヨコヅナ様の稽古に連れて行くと約束したのだ。だから浮かれてるんだろ」

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