第238話 頑固じゃな

 とどめの投げの前にヨコヅナがと声をかけたのは降参を促すためだ。カチ上げを顎へまともに喰らってしまったデルファはヨコヅナが掴んでいなければ、地に伏してしまうぐらいのダメージを負っている。

 しかも、ヨコヅナに掴まれてしまっては体格的にも技術的にもデルファに勝ち目はない。

 

「…そ、うだね、…終わりだねェ」


 デルファは真面に立っていられない程のダメージを負いながらも言った。


「私の勝ちだよ」


 デルファは布石を敷いていた。掴めば勝てると考え、女性相手だからヨコヅナが動きを止める事すら予測して、


 超至近距離からヨコヅナの顔面に衝撃波が叩き込まれた。


「手を向けないと衝撃波は撃てないとでも思ったかい」


 デルファが衝撃波を撃つ際に手をかざすのは標準を定める為に過ぎない、視線さえ向ければ衝撃波を撃つことは可能なのだ。

 掴まている超至近距離なら外すことは無い、そして距離が近いほど衝撃波の威力は高くなる。

 ヨコヅナの膝がガクっと下がる。


「ボーヤでもさすがに……っ!?」


 デルファの予想とは違い自分の体が空中に高く跳ね上げられた。


「オラを倒すにはまだまだだべ」


 【やぐら投げ】相手を吊り上げ膝で内股を跳ね上げて投げつける技。デルファは部屋の壁まで投げ飛ばされた。


「がはぁっ!…」

「すっぽ抜けちまっただな…」


 地面に叩きつけるつもりが、さすがのヨコヅナも衝撃波のダメージで握力が弱まったようだ。だが多少投げの威力が弱まったとはいえ、デルファのダメージは甚大だ。もはや喋る事すら辛い。


「………こ、ここまで、差が、あるとはねェ……」


 ヨコヅナ相手に正面から近接戦をしても勝機はあると思っていたデルファが弱々しく呟く。


「私は、最後まで、ボーヤを見くびり過ぎてたん、だね…」


 部屋の中を逃げ回り距離をとりつつ超能力で攻撃し続ければデルファに勝機はあった。それをしなかったのはヨコヅナを過小評価していたに他ならない。


「ボーヤなんて呼んでるからそうなるだよ」

「はは、…そう、だね……う、ぐ…」


 デルファは立ち上がろうとする。

 もはやデルファに勝ち目はない、それはただ立ち上がるだけに時間がかかっているのを見れば誰でも分かる。

 しかし、デルファは立ち上がろうとする。


「そのまま寝てるだよ、そうすれば優しく医者へ運んでやるだ」

「……それじゃ、私の負けに、なるじゃないか」

「そうだべ、デルファの負けだべ」

「……ま、まだだよ。私はまだ、戦える…」


 戦えると言っているが、デルファは立ち上がる事すら困難な状態。

 それでも、


「私は、まだ…」

 

 ドスンっ!!!デルファの言葉を遮り床を踏み砕くほどの力で四股の踏むヨコヅナ。


「立てば殺す」


 手合の構えを取り突き刺さるような殺気をデルファに向ける。嘘とは思えない、立てば殺される。デルファもそう察したはずだ。

 それでも、


「やっぱり、だね…」


 ふらつきながらも、


「私は…母親なんだよ。…子供たちの将来がかかってるのに、立ち上がらないわけないじゃないか」


 デルファは立ち上がる、死んでも子供の幸せを諦める気はないという表情で。


「そう言うと思っただよ」



 ドガンっ!!!!







 ブチかましを喰らい壁に叩きつけられ倒れ伏すデルファ。


「殺したのか?」

「殺してないだよ、オラの勝ちだから言う事聞いてもらわないといけないべからな」

 

 完全に意識が飛んでいるがデルファの息はある。


「ではさっさと病院に行くかの」

「ほっといたら死ぬかもだべからな」


 まだ息はあるが放置すればデルファは死にかねない、しかしカルレインにとってはデルファの生死などどうでもいい。


「我はヨコの為に言っておるのじゃ」


 ヨコヅナは顔から血を滴らしている、デルファの衝撃波でひたいを割られたのだ。


「流石に今回はヤバかっただな」

「ラビスに…だけではないの、王女やハイネからも小言を数十日は言われる覚悟はしておくのじゃな」

「それは、……八大魔将の血を引いてる相手と戦うよりも気が重くなるだな」


 冗談ではなく本気で気が重くなるヨコヅナ、しかし今は重傷者デルファが死ぬ前に医者に連れて行くことの方が大事だ。

 だが、それを阻む者がいた。


「デルファに触るな!」


 デルファの前に両腕を広げて立つイティ。


「イティ……」

「信じてたのに……ヨコヅナは他のマ人とは違うって……」

「…違うだよ、オラは…」

「マ人なんて嫌いだぁ!」


 イティが叫んぶのと同時にヨコヅナと前に、何も無い空間に炎が発現した。


「熱っ!?、なんだべ?…」

「魔法じゃよ」

「イティ、魔法使えるだか?」


 イティもまた、ジークやエフと同様に強い兵士を人工的に作る研究所で生み出された混血。


「そやつの混じる種族はじゃろうからな。不思議ではない」


 『ディアボロ族』人族と比べ肌が青く頭に角が生えており、雌雄同体という特徴を持つ種族。

 また、魔法が得意な種族として知られており、ジークやエフのような肉弾戦用ではなく、魔法戦用に研究所で生み出されたのがイティであった。


「嫌いだ、嫌いだ、嫌いだぁ!」

 

 イティの叫びと連動するように次々に炎が出現する、しかし標的はヨコヅナだが狙いが定まっていない。それどころか、


「イティ止めるだ!自分も燃えてるだよ!」

「未熟、いや暴走と言うべきか(サラマンダー火の精霊は暴れん坊じゃしの)」


 イティは自身が生み出した炎に身を焼かれていた。混血で未熟のイティは魔法を制御出来ない。


「ヨコは下がっておれ」


 格闘技と魔法は全くの別物、さらに相手は子供。ヨコヅナにとっては専門外かつ戦い辛い相手。負傷もしている為今回は本当に交代するつもりで言ったのだが、


「さっきも言ったべ、けじめはオラが取るだよ」


 ヨコヅナはイティに歩み寄る。


「く、来るなっ!」

 

 壮絶な戦いを見ていたイティは正直ヨコヅナが恐ろしい、それでも気丈にデルファの前に立つ。


「イティ…」

「来るなって言ってるだろっ!」


 炎の勢いが増す。しかし、ヨコヅナは炎に焼かれながらもイティに近づく。そして、両腕を大きく広げて、パァンっ!!!


「っ!!?」

「ぬぅ…体内魔力を込めるとさまに爆音じゃな」


 ヨコヅナは体内魔力の扱いが上手くない。出来たり出来なかったりなのだが、今おこなったのは魔力強化した猫だまし。


 猫だまし一発で触れられてもいないのにイティは頭の中が真っ白になり尻もちを着いてしまう。そして周りの炎もフッと消え去る。

 魔法に重要なのは集中力。デルファを助けたい強い思いから集中力が上がり、制御不能ながらも強力な魔法を発動できたイティだが、意識が逸れれば継続する事は出来ない。


「魔法ってのはほんと不思議だべな。……イティ」


 ヨコヅナは尻もちを着いたまま立ち上がらないイティに合わせるように片膝を着き、


「約束  だ、必ず       会え だよ」


 猫だましの影響が耳にまで至っているイティが、ヨコヅナの言葉に返答するより早く。


「突入!」 


 警備隊が部屋に入ってきた。

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