第236話 女の秘めた過去を問い質すとは不粋な奴じゃの


 八大魔将の一人  『ロード』。

 聖魔大戦のお伽話では、ロードは手を翳すだけ山をも浮かす強大な魔力を有し、大きさや形は人族と変わらないが、百つ目だったと言い伝えられている。


「目は四つしかないだよ」

「伝承とは誇張されるものじゃからの」

「誇張され過ぎだべ」

「山を浮かしたりも無理じゃったぞ、せいぜ浮かせれてもこの建物ぐらいではないかの」

「そんな強力な魔法を使われたら勝つのは難しいだな」

「魔法と言うよりは超能力じゃな。見ていた限りあの女にそこまでの力はない」

 

 血を引いている為同様の超能力を使えるが力量はずっと低い。


「じゃが人族より体内魔力の量は多い、しかも女ではヨコは戦い辛いじゃろ。我が代わってやろうか?」


 カルレインはそう聞くもヨコヅナの答えは分かっていた。


「オラが言い出した事だべ。けじめはオラが取るだ」





「始めようかね。開始の合図は必要かい?」


 向かい合うヨコヅナとデルファ。


「要らないだ。いつでもいいだよ」


 手合わせの時のように相手の出方を見るヨコヅナ。

 

「先手はくれるわけかい」


 デルファが両腕を広げて力を込める。そうすると部屋にある花瓶や本などの小物が浮かび上がる。


「分かってると思うけど、試合とは違うんだよ」


 浮かび上がった小物が一斉に、ヨコヅナへと向かって飛ぶ。多方向から飛んでくる小物をはたき落とすヨコヅナ、そこへさらにソファーが飛んでくる。重量があるソファーは力を入れた張り手で弾き飛ばす。


「言ったはずだよボーヤ」


 弾いたソファーの影からデルファが現れ、


「混血も戦えるなら、ボーヤじゃなく私が裏闘に出場てるってね」


 ロード会で最強は自分だと主張しながら、デルファの拳がヨコヅナの顔面を捉える。


「!?…」 


 驚いたのはデルファ。殴った感触がとても人族とは思えない、大木に拳を叩きつけた気分だった。


「オラも言ったはずだべ」


 ヨコヅナは拳を喰らいながらも張り手を斜め下から振り上げる。


「マ人も混血もオラからすれば大して違がわないだよ」

「ぐっ」


 腕で防御したが、踏み留まれず吹っ飛ばされるデルファ。無様に転ぶようなことはなかったが、


「……ひどいねェ。ボーヤは女性を殴らないじゃなかったのかい?」


 ヨコヅナに嫌味を言いつつ体勢を直す。


「デルファは強いから特別扱いだべ」

「はは、全く嬉しくない特別扱いだねェ」


 笑いながらヨコヅナに向けて手をかざすデルファ。


「でも確かに、私の前ではボーヤも不倒ではいられない」


 衝撃波を放つ構え、ヨコヅナはそれを見て、


「オラを倒せると思ってるならやってみるだよ」


 腰を少し落として体を開き正面から受け止める態勢になる。


「……女性扱いはしてなくても、私の事を舐めてるようだねっ!」


 四つの目を鋭くしながら、声と共に衝撃波が放たれる。男一人を軽々吹き飛ばす衝撃がヨコヅナの胸のド真ん中に叩き込まれる。

 しかし、ヨコヅナはビクともしない。

 

「…舐めてるのはどっちだべ!」


 すぐさま手合の構えになる。繰り出されるのは当然、裏闘で『不倒』の必殺技認定されているブチかまし。

 デルファは咄嗟に横に飛ぶが一瞬遅い。直撃は免れるも肩をぶつけられ、またも吹き飛び、壁に背中から叩きつけられる。


「デルファ!?」


 部屋の端で蹲って見ていたイティの悲鳴のように呼ぶ声に、


「…大丈夫だよイティ」


 応えながら言葉通り平然と立ち上がるデルファ。

 一見ヨコヅナが圧倒しているように思えるが、実のところ二人のダメージは変わらない。

 カルレインが忠告しただけあり、デルファの体内魔力量は人族とは桁が違う。魔力強化で耐久力を上げている為、ヨコヅナの攻撃でも二発程度では大したダメージにならない。

 派手に飛ばされているのは、二人の体重差が倍以上あるからだ。魔力では体重は増やせない。

 それともう一つ、


「やっぱり素人なんだべな」

「……格闘技のって意味かい?その通りだよ」


 デルファに格闘技の経験がないから、正確には重い攻撃に対して、衝撃を【受け流す】【受け返す】などの格闘技の技術が有していない。


「負けた事ないから格闘技の稽古なんて私には必要ないと思ってたんだよ」


 デルファは戦いの実践経験は豊富であり知識もあるが、格闘技術を身につける為の反復練習などほとんどしたことが無いののだ。


「弱い相手としか戦ってないだけじゃないだか?」

「もちろんそうさ。エチギルドを捕らえに行った時もそうだっただろ」


 デルファは事前に情報を集める、リターンよりリスクが高い戦いはしない。


「こう見えて私は肝が小さいんでね」

「大きいとも思ってないだよ」


 Aランクのメガロ戦で総資産賭けに勝って安堵で腰抜かしてたのを見ているので、ヨコヅナは別に意外とは思っていない。

 だからこそ、ヨコヅナは分からなかった。


「何で麻薬なんて売ったんだべ?」


 肝が小さい者は麻薬密売などしない、リスクよりもリータンが大きいとは思えない。

 何故デルファが麻薬密売などしたのかヨコヅナには分からなかった。


「理由を聞いてないのかい?」

「聞いてるだよ。奴隷の混血の子供達を買う資金の為にだと」

「だったら何が聞きたいんだい?言っとくけど混血の組織に大金を貸してくれる奴なんて……流行はやってる清髪剤の製造法を知りたい陰険眼鏡ぐらいしか、いないよ」


 黒い稼ぎをしなくてもお金を用意する方法は無かったのか?

 

「麻薬なんて売らなくても一人ぐらいなら買えたんじゃないだか?」

「っ!?」


 ヨコヅナの言葉を聞いてデルファの表情が変わる。それはただ怒っているというような単純なものではなかった。


「……買い手がつかない奴隷は、最悪殺処分になるんだよ。全員買わないと残りの子供達が可哀そうじゃないか」

「それじゃ納得できないだな。全員は買えてないべ」

「全員買ったよっ!」


 意図せず語尾が大きくなるデルファ。


「デルファが買ったのはその奴隷商が売ってる分だけだべ。他にも同じように混血の子供を売ってる奴隷商はあったはずだべ」


 当り前の話だ。国が奴隷売買を禁止していくことが分かっていたのだから、混血の奴隷を売り切りたい商会が一つであるはずがない。


「デルファがやった事は唯の自己満足だべ」

「それは……否定しないよ。でも、国中の混血の奴隷を買うなんて出来ないことぐらい分かるだろ」

「だったら貯金で一人だけ買うのも、麻薬を売って数人買うのも同じだべ」

「…同じじゃないよ。買い取った子供達は笑って暮らせてる。ボーヤはあの子供達が不幸だと思うのかい?」

「思わないだよ」

「ロード会が買い取らなかったら不幸にしかならなかった」

「…他の人が買ってたとしても幸せになってた可能性は0じゃないと思うだよ」

「そんなのはっ!!………ふぅ…こんな会話に意味はないね。ボーヤに話したところで分からないよ」


 自己完結して話を終わらせようとするデルファ。


「分からないから聞いてるんだべ」


 だが、ヨコヅナは終わらせる気はない。


「子供達をこの先も幸せに暮らさせたいなら本音を言うだ…」


 ヨコヅナのその言葉への返答は、

 ダンっ!と床が凹むほどの力で跳び、ヨコヅナの頬を叩き込まれる殺気の籠った拳だった。


「ぐぁっ!?」


 一撃目とは桁違いで予想以上の衝撃に、ヨコヅナは尻もちを着きそうになるも二歩ほど後退り堪えた。


「…危うく尻もち着くところだったべ。やっと気になっただか」


 賭けの内容的にデルファはヨコヅナを殺すわけにはいかない、だから殺さないように力を制限していた。

 だがヨコヅナからすれば、本気の戦わなければこの喧嘩の意味がない。その為に執拗に本音を聞き出そうとしている。


「で、何で麻薬なんて売ったんだべ?」


 再度デルファに問いかけるヨコヅナ。



「私も奴隷だったからだよ」


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