第208話 調べても意味無いと思うがの


「……それは今の仕事、ヨコヅナの補佐をする業務が不満ということかしら?」


 ラビスの表情から冗談などではないと判断し、笑みを消しヨコヅナを愛称で呼ばず問い返すコフィーリア。


「清髪剤、ちゃんこ鍋屋共にラビスは最良と言える結果を出したと私は判断している。ヨコヅナの補佐から外し、当初の約束通り私の側近として働かせてほしいと言うのならちゃんと考えるわ」

「違います、コフィーリア王女」


 コフィーリアの話を一切の躊躇なく否定するするラビス。

 

「私は生涯、ヨコヅナ様の補佐を続ける為に、コフィーリア王女の専属を辞めるのです」

「ヨコヅナの補佐を続ける為、ね……(予想していた中で最悪ではないにしても私にとって良い話ではないわね)」


 コフィーリアは急なラビスの面会要求の理由は、7割以上の確率で先ほど言った、ヨコヅナの補佐から外して約束していた側近にしてほしいという話をする為だと予想していた。


「てっきり一昨日の試合で、ヨコヅナが無茶な戦い方をして怪我をした事で、考え方の違いから口論になり、嫌気がさしたのだと思ったのだけれど…」

「ヨコヅナ様との考え方の違いは初めて会った日から分かっています。口論なら三日に一度はしていますよ」


 補佐を続ける為に王女の専属を辞めるのは確かだが、ヨコヅナに不満が、と問われればラビスは一瞬の迷いもなく不満があると答えるだろう。


「それなのに私の専属を辞めて、ヨコヅナの補佐をね……」


 これも予想だけはしていた、確率で言えばの2割ほどだが、

 それは以前メガロが言っていた、ヨコヅナとラビスが恋仲だという考えから予想であり、急な退職願と「生涯ヨコヅナ様を補佐する」という言葉を含めるなら、


「ひょっとして、ヨコヅナの子を孕んだの?」

「?……あ、いえ、そういう事情ではありません」


 コフィーリアの突拍子もない言葉に首を傾げたラビスだが、すぐに意味を理解し否定する。


「でも生涯補佐するというのは、ヨコヅナの妻になるということではないの?」

「わぁ~ラビス、結婚退職ですか~?」

「クククっ、残念ながら私とヨコヅナ様は恋仲ではないですし、退職理由とは関係ありません」


 ラビスの言葉を聞いて、訝し気な顔をするコフィーリアとつまらなそうな顔をするユナ。


「……ではその理由を話してもらえるかしら?」

「ヨコヅナ様の補佐をする事が私にとって大きな利になるので、専念したいのです」

「大きな利?金…ではないわよね。ラビスは何を求めているのかしら?」

「お話ししてもコフィーリア王女…いえ他の誰にもご理解頂けません。そして用意する事も」

「…それをヨコヅナなら用意できると言うの?」

「はい。この世でただ一人、ヨコヅナ様だけが」


 一国の王女が用意できないモノで、田舎出身の平民が用意出来るモノなど普通に考えれば無い。恋愛関連が否定されれば尚の事、

 ヨコヅナだけと限定して考えた場合はせいぜい、


「ちゃんこ鍋ぐらいしか思いつかないわね」

「クククっ、前例がいますからね。当たらずも遠からずと言ったところです」


 食すという括りで言えば間違ってはいない。

 

「……難しいナゾナゾね。まぁいいわ、その「大きな利」とやらについては。具体的に話す気はないようだし」

「お気遣いありがとうございます」

「でも、今まで通りでは駄目なのかしら?私の専属使用人のまま、ラビスが望む限り派遣としてヨコヅナの補佐をするというのはどう?」

 

 理由を分かっていないながらのコフィーリアの提案だが、的は得ている。

 派遣でも望む期間補佐を続けれるのであれば、ヨコヅナは血を対価としてラビスに支払うだろう。

 そしてラビスは、混血の差別を無くしたいと考えるコフィーリアが『混血の侍女』を、雇用しておきたい為に補佐継続の提案をしてくることも予想していた。

 今までのラビスなら提案に乗っていただろう。しかし、

 

「有難いご提案ですが、お断りさせていただきます」

「私の専属を辞めることが、ヨコヅナから利を得られる条件なのかしら?」

「いえ、補佐を続けれるなら利を得ることはできます。計算論で言えば提案に乗る方が正しい、ですが今は感情論で判断したいのですよ」

「感情論…」


「私は公明正大にヨコヅナ様の補佐でありたいのです」

 

 感情からの言葉を口にするラビスの表情を見て、コフィーリアは既視感を覚えた。だが、ラビスのこんな表情は見た事はない。

 似ていただけだ、コフィーリアに心から忠誠を誓う側近のヤズミやユナの表情に、


「そう、私よりもヨコヅナを仕える主に選んだということ」

「…クククっ、意識はしていませんでしたが、確かにそういう事になりますね」





「では、失礼しますコフィーリア王女」


 話し合いが終わりラビスは応接室から退出する。


「良かったんですか姫様~?」

「私に敵対する者に引き抜かれるなどの最悪なパターンよりはマシね」

「そう言いながら、不機嫌そうですよ~」

「マシというだけで、良い気分ではないわ。結婚退職すると言われたならこんな気分にはならなかったでしょうけど」

「あれ、本当に恋愛感情無いんですかね~?」

「男女なのだから零ではないでしょうね、表情も豊かになっていたし」

「…そう言えば生誕パーティーで会ったヤズミも表情が豊かになってましたね~。ヤズミも取られない内に連れ戻したほうが良いんじゃないですか~?」

「そんなことしたら逆にヤズミに失礼よ」

「あ~、確かにヤズミの忠誠心を疑ってるみたいですものね~」

「それにラビスは辞める理由で「大きな利」があると言ってたでしょ」

「何なんですかね~?姫様にも用意できない「大きな利」って」

「……これは勘だけど、混血に関係する事ではないかしら」

「なるほど~、それなら「他の誰にも理解できない」という言葉にも通じますね~。でもラビスが何の種族との混血なのかって分からないんでしたよね~」

「そうね、だからこれ以上の推測に意味はないわ。それよりヨコとも会う必要があるわね」

「お説教ですか~?」

「ふふ、お話するだけよ。稽古を見学に行く件と一緒に調整しておいて……それともう一つ、ニーコ村に人を送る手配を、調べて欲しい事があるわ」

「分かりました~」


 ユナに指示を出した後、コフィーリアは思い返す、


「私よりも仕えるにふさわしい主、ね…」


 ラビスにそう思わせたヨコヅナの事を。




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