第175話 とある執事の下働き 15
ヨコヅナが今回厨房に立つ期間は今日で最終日なのだが、
どうも今日は奇妙な客が多い。
奇妙な客の1人目は、四人掛けのテーブルを一人で占領している男。
「ガブガブっ、モグモグっ、ゴクン… ちゃんこお替り、大盛でだブ」
「ちゃんこ大盛ですね、畏まりました」
今日も混んでいるので、普通の客なら一人を4人掛けのテーブルには案内しないし、仮に案内するにしても相席してもらう。
ただし、この男の場合は無理だ、デカすぎる。
ヨコヅナを見慣れているこの店の従業員でも驚くほどの大男、そしてテーブルは料理で埋まっている為、相席など出来ない。
一人ではあるが、既に十人前以上食べているので、店の利益的にはプラスであり食べっぷりが凄まじすぎて、他の客も文句を言う気にはならない。
この大男は席に座り、大金の入った麻袋をテーブルに置き、
「金はあるだブ、メニュー表に載ってる料理を上から順に持って来るだブ」
その後、大男はちゃんこを飲み物のように食べながら他の料理を食べ、ちゃんこがなくなったらすぐにお替りという驚愕な食べっぷりを続けている。
だが、私が奇妙と言ったのは、体格や食べる量だけではない。
この男がちゃんこ鍋屋に来るのは初めてだ、今までに一度でも来店していれば、絶対記憶に残っているはずだが、この大男を店で見た従業員はいない。
しかし、来店した時この大男とヨコヅナはこんな会話をしていた。
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「いらっしゃいだべ。もう治ったんだべか」
「ブふふふ、貴様のせいで三日もろくに飯が食べられなかっただブ」
「三日もだべか…それは辛かっただべな」
「仕返しにこの店の料理、全部食いつくしてやるだブ」
「ははは、…それは他のお客さんの迷惑になるから、ほどほどでお願いするだよ」
「ブふふ、ここの料理の味次第だブ」
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本当に店の料理を食べつくしそうな勢いだが、それは置いといて、会話からしてこの大男はヨコヅナと知り合いなのが分かる。
次に、奇妙な客の2人目と3人目は二人掛けのテーブルで一緒に座っている男達なのだが……2人とも怪我人なのだ。
もちろん多少怪我をしてても、ちゃんこを食べに行こうと思う人はいるだろう。
だが、その2人は明らかに多少の怪我ではない。
「お前、そんな腕で食事できるのか?」
「右腕は比較的軽傷だったのでな、魔法治療のおかげで食事ぐらいは出来る」
「無理して来る事もないだろうに…」
「今日が最終日で、次はいつになるか分からないと聞いたからな……そういう貴様こそ、二日程意識が戻らなかったと聞いた。記憶も飛んでいるんのではないか?」
「ほとんど覚えてないのは確かだ、しかし……体勢が崩された後、デカい手が迫ってくるのは脳裏に焼き付いている」
「…そこは寧ろ忘れたい記憶だな。俺もトンファーと骨の折れる音が未だに耳に残っている」
聞こえてくる痛々しい会話から分かるようにこの二人は重症だ。
片方は両腕に、もう片方は頭に包帯を巻いている。
病院で寝てろと言いたくなる様子なのだが…、
さらに奇妙なのが、二人は来店時にヨコヅナとこんな会話をしていたのだ。
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「いらっしゃいだべ。……オラが言うのもなんだべが…大丈夫だか?」
「食事ぐらいは出来る、怪我は気にするな」
「行列が長くてちょっと辛かったがな……あ、別に恨んでなどいないぞ」
「裏での事を報復するのはルール違反だからな」
「これでも格闘家として誇りを持っているのでな」
「二人は仲良いんだべか?」
「「いいや、全然」」
「……そうだべか。体に障らない程度にしっかり食べくれだべ」
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この二人もまたヨコヅナと知り合いのようで、しかもはっきりとは言葉にしていないが、どうも怪我の原因がヨコヅナにあるように思える会話だ。
次に、奇妙な客の4人目と5人目は厨房前のカウンター席に座っている男達。
「ヒャッハー!マジで超うめぇーなこのちゃんこ!」
やたら声の大きい男と、
「声量を落とせと言っているだろ」
それを注意する黒服の男。
「でもちゃんこの感想は同感だ。美味いよ店主」
「ありがとうだべ」
この二人もヨコヅナの知り合いのようで、来店した時に、
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「いらっしゃいだべ」
「マジで厨房で料理作ってるぜ!ウケる~!」
「声量を落とせ。他の客の迷惑になると放り出されるぞ」
「おっていけねぇ、放り出すって文字通りだもんな。なんたって店主が『ふどべっ…」
「止めろ。それはルール違反だ」
「痛ぇ、殴る事ないだろ」
「……すまないな店主。こいつが余計な事を言いそうになったら俺が殴って止めるから食事をさせて貰って良いか?」
「もちろん良いだよ……良いんだべが、オラの事を誰かが言いふらしてるだか?」
「……ああ。詳細は有料だがな」
「あれだけ派手にやらかしたんだ、しかたねぇよ」
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といった会話をしていた。
会話から察するに誰かがヨコヅナの情報を言いふらしているとのこと。
しかしこれは、ヨコヅナが厨房に立った二日目から目に見えて客が増えるので、以前から従業員達の間でも「誰かが噂を流しているのでは?」と何度か話題になった事があるので驚く事ではない。金を取れるほどの情報とは思えないが…
次に、奇妙な客の6人目はカウンター席に座っている常連客のエルリナ。
「大将、白玉あんこ作ってくれよ」
「無いだよ」
「何でねぇんだよ!?」
「まだメニューになってないからだべ」
「遅っせぇな、そんな出っ張った腹してるからだろ」
「関係ないだよ」
エルリナは常連客なので髪型は奇抜だが、今さら奇妙な客と言ったりは、本来ならしない。
奇妙だったのは来店した時の反応だ。
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「おう!大将また来たぜ」
「いらっしゃいだべ」
「………あぁん?いつの間にここはBの溜まり場になったんだ…」
「たまたまかち合っただけだ、お前も情報を買ってこの店に来たのではないのか?」
「私は大将が屋台の時からの常連だよ。ここは私の縄張りだから荒らしたら殺すぞ」
「エルリナの縄張りじゃないだよ」
「そこはツッコむなよ大将」
「美味いから荒らしたりなんてしないだブ」
「仮に荒らしたとして、店主に殺されることはあっても、貴様如きに殺されたりなどしない」
「ケっ、腕も武器もへし折られたボケが何言ってやがる」
「武器をへし折られたのは貴様もだろ」
「あぁん!」
「…喧嘩するなら放り出すだよ」
「おぉ~と!一触即発の展開にちゃんこ鍋屋名物!文字通りの放り出しが繰り出されるかぁ!?」
「こんなとこでまで実況するな……全員飯を食べに来ただけだ。裏での事は持ち込まないのが基本原則だろ」
「チっ……一々解説されなくても分かってるよ。…大将、ちゃんこ大盛」
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この会話には私が奇妙と言った6人全員が加わっている。
ヨコヅナを含めこの6人が顔見知りなのは間違いないのだが……仲が良いわけではなさそうだ。
私がどういう関係なのだろうかと考えていると、
「お待たせしました~、いらっしゃいませ」
ワコが行列の先頭にいる次の客を招き入れる。
「ふ~、やっと入れた。ほんと流行ってるね」
その客は奇麗な容姿をした女性だが、特徴的な耳をしていた。
エルフとの混血なのだろう。
「お席にご案内しますね」
ワコは相手が混血な事など全く気にせず、普段通り接客する、というかこの店で混血だからと態度を変えるような従業員はいない。
「ありがと。あ、でもごめん、知り合いが働いてるから、ちょっとだけ厨房のほうに行って良い?」
「あ、はい。良いですよ」
一言断ってから厨房の方に進んだ混血の女性。
「いらっしゃいだべ、オリア姉」
「あはは、聞いた時は驚いたけど、そうやってニコニコとちゃんこを作ってる姿は似合ってるね、ヨコ」
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