第161話 移籍を考えても良いかもしれぬの


「あ、何であんたが来るのよっ!」


 現れた受付係を見て嫌そうにするオリア。


「まずは賞賛の言葉を、Aランク昇格をおめでとうございます『不倒』選手」

「ありがとうだべ…今回もオラの勝ちに賭けてたんだべか?」


 Cランクの時のように儲けたことを言いに来たのかと思ったヨコヅナだが、


「いえ、今回は本当に5連勝出来るとは思っていませんでしたので…」


 受付係の言葉を聞いて、オリアが意地の悪い笑みを浮かべて、


「そう言えば来た時「怪力だけの新人が10勝出来る程、Bランクは甘くない」とか言う馬鹿がいたのよね。あれ誰だったけ~?」


 そんなことを言い出す。


「えぇ!?そんな奴いたのかい?新人の『不倒』は余裕で5連勝したってのに、お馬鹿な奴がいたもんだねェ」


 デルファも楽しそうに悪乗りして、台詞のように言葉を繋ぐ、


「確か、受付してる時に聞いたと思うんだけどな~?受付係さん知ってる?」

「………」


 オリアの質問に沈黙している受付係。


「ボーヤは覚えてるんじゃないかい?そんなこと言った目が節穴のお馬鹿さん」

「あぁ~、それ言ったのは……この受付係だべな」

「えぇ!?、そうだったのかい!」

「やだ、私ったら。失礼な事言っちゃってごめんね!」


 ワザとらしく驚くデルファと悪意しか感じないオリアの謝罪に


「チっ……」


 舌打ちする受付係。

 ヨコヅナの周りの集まった女性達と、業種は違うもオリアやデルファもこの筋の女性だ、良い(悪い意味で)性格をしている。


「お詫びにアドバイスしてあげる、眼鏡変えた方が良いと思うよ。あ、でも目が節穴だったら必要ないかな」

「……確かにもう必要ないな」


 ここぞとばかりに嫌味を言うオリアの対して、受付係はおもむろに眼鏡を取り床に落とて、バリンッと踏み砕いた。


「あら、怒ちゃった」

「……怒ってなどいない、『不倒』の実力を見抜けなかったのは事実だからな。良い経験になったと感謝したいぐらいだ」


 そう言いながら、ネクタイを外して折角キッチリ着こなしていたスーツを崩し、降ろしていた髪をかき上げる。

 それだけで、受付係の印象が一変する。


「……あんた、まさか?」


 デルファが受付係の素顔を見て、眉を寄せる。


「小さい組織とは言え、会長であれば俺の顔ぐらい分かるか。名刺を渡しておく……『不倒』も受け取れ」


 一変したのは印象だけではく態度もであった。


「何いきなり偉そうにしてるのよ」

「偉いからだ」

 

 名刺に書かれていたのは、


「ブータロン商会、副会長ケイオルク・エル・ブータロン……どっかで聞いた覚えがあるだな」


 ヨコヅナは直ぐに思い出せなくて頭を掻いているが、周りはその名前を聞いてどよめいている。


「ブータロン商会だってぇ!?まさか、あのワンタジア王国の三大商会の一つか!!」

「のようだな。噂だと副会長は跡継ぎ息子だという話だ」

 

 こんなところでも実況と解説をしてくれるビックマウスとヘンゼン。


「噂でなく事実だ……まぁすでに俺がトップのようなものだがな」

「あぁ、エネカ姉が言ってただな」


 ヨコヅナがエネカから聞いた話というのは、清髪剤の製造方法や販売権利についてブータロン商会と交渉したというものだ。


「なんで受付係なんかしてるだ?」


 王国でトップクラスの組織の跡継ぎが、こんなところで下働きをしている理由など、普通存在しない。


「何事も経験、というのが俺の信条でな……『不倒』のように、何事にもイレギュラーは存在すると学ぶことが出来る」

 

 つまり、髪を下し黒縁眼鏡のスーツの変装をして、体験入社していたわけである。

 先ほど「良い経験になったと感謝したい」という言葉は強がりではなく本音も含まれている。


「ロード会にいくらで雇われているかは知らないが、内ならその三倍は出そう。移籍する気はないか?」


 雇い主のデルファがいる前で、堂々と引き抜き交渉をするケイオルク。


「私がさっき、引き抜き交渉には一切応じないと言ったのを聞いてなかったのかい?」

「聞いていたさ。だが5連勝でAランクに昇格し、若くて伸びしろのある選手であれば、引き抜き交渉しないのは寧ろ失礼にあたるだろう」


 デルファの鋭い目つきでの言葉に対しても、自分の行いは正しい事のように言うケイオルク。やってることは、金にモノを言わせての引き抜きだが。


「その偉そうな態度の時点で十二分に失礼よ……社交辞令の引き抜きなら返答は聞く必要はないでしょ。用が済んだならさっさと消えなさい」

 

 これ以上話をする気もないとばかりにシっシっと手を振るオリア。


「ほぉ、俺が何者か分かっても、態度を変えないか」

「あら、変わったわよ。私、あんたみたいに、金持ちの自分には誰もが媚び諂う、と思っている男が大っ嫌い」


 先ほどまでは、揶揄うぐらい嫌いな相手程度だったが、今は会話もしたくない大っ嫌いな相手に変わっていた。


「オリアが言う通りさっさと消えるんだね」

「フンっ…会長からしてそんな狭量ではロード会に未来などないな」

「いやいや、私はあんたの為を思って言ってあげてるんだよ」

「俺の為?」

「ボーヤは調子に乗ってるイケメンが嫌いでね。顔面を潰したくなるそうだよ」


 素顔を表したケイオルクは、少し濃い目のイケメンだ。


「4試合目の『閃光』と同じ目には遭いたくはないだろ」


 デルファの言葉を聞いて(『閃光』が執拗に顔面を叩きつけられたのってそんな理由なんだ!?)と周りが騒然となる。


「フ、…フフ。それは確かに退いた方が良さそうだな」

「いや、オラも時と場合は選ぶだよ」


 笑いながらも引きつった顔をしているケイオルクと、心外だとばかりにそう言うヨコヅナ。


「今日の所はこれで失礼する。精々Aランクで勝ち抜いて肥えろ、ロード会が5倍ぐらいの規模になったら、うちの選手と戦わせてやる」


 そう言ってケイオルクは背を向けてさって行った。


「最後までほんと偉そうにする奴だったわね」

「まぁ貴族だしね。それに落ち目にあったブータロン商会を奴が立て直したという話だから、実績からの自信なんだろうね」

「ふ~ん。どうでも良いけどねあんな奴」

「そうだね」


 三大商会とまで言われる大きい組織なら、繋がりがある方が本当は組織としては正しいのだが、ロード会としては嫌いな奴に媚び諂うってまで取り入ろうとはしないのが組織理念だ。


「それじゃ帰ろっか、ヨ…」

「『不倒』様お食事行きましょうよ~」

「駄目よ~『不倒』様は私と行くのよ」

「なんでしたら、いきなり宿でも良いですわよ」

 

 またも女性達に抱き着かれているヨコヅナ。


「離れなさいって言ったでしょうが……というか、金持ちの男捕まえたいなら、さっきの奴の所行きなさいよ!」

「「「「「ええ~、あれは嫌!」」」」」


 オリアの言葉に一斉に嫌だと声を上げる女性達。


「なんでよ?」

「あんたもさっき言ったじゃない。大っ嫌いって」

「私達もああいう男嫌いなのよ」

「あの手のタイプって女を道具みたいに思ってるのよね」

「私ら、男を利用するのは好きだけど、男に利用されるのは嫌いなのよ」

「ああ、なるほど……って、ヨコの事利用するつもりってことじゃないの!」

「……へぇ~、『不倒』様ってヨコって名前なんだ」

「あっ!」


 さっきまで、で止めて『不倒』と呼んでいたのに意味がない。


「フンっ……それも渾名あだなだから構わないのよ」

「今ので、察しついたけどね、『不倒』様の本名」

「デ、デタラメ言っても無駄よ!」

「デタラメじゃないわよ、一時期噂になったもの…『ニーコ村の怪物』って」

「ななっ!、本当に…」

「はいっ、今の反応で確定~」


 女性はまだ半信半疑であったのだが、オリアの反応で『不倒』=『ニーコ村の怪物』と確信する。


「あ~あ、オリアのせいでボーヤの素性がバレちまったねぇ、オリアのせいで」


 大事なところなので2回言うデルファ。


「オイオイ『ニーコ村の怪物』って何だよ?解説頼むぜヘンゼン!」

「『ニーコ村の怪物』とは…」

「解説しなくても良いわよ!……さっさと帰るわよヨコ、これ以上バレないうちに」


 そう言って怒ったように、座っているヨコヅナの手を引いてくオリア。

 

「オラはバレるような事一切言ってないだべがな」


 周りの女性達を優しく引き離し、立ち上がりながらそういうヨコヅナ。


「ヨコが無駄に有名なのが悪いのよ!」

「そうだね、ボーヤのせいで素性がバレたと言っても過言ではないねェ」

「酷い言いがかりだべな」


 ヨコヅナの周りはパワハラ上司ばかりである。

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