第113話 我からしても軽い食事の範囲じゃ


 オリアの出演するイベントは歌と踊りのダンスショー。

 先ほどまでと着ていた服が違い、オリアは煌びやかで少し露出度高めの衣装に着替えていた。

 楽器を演奏するメンバーの中心で曲に合わせオリアが踊り、歌う。


「……凄いだな」


 すなおな感想がヨコヅナの口から意識せず出る。

 歌唱力の方は正直分からないヨコヅナだが、体を動かすダンスの良し悪しであれば多少は分かる。

 オリアのダンスは一流の踊り子と比べても見劣りしない。

 それがヨコヅナの贔屓目でないことは多くの客が魅了され、オリアのダンスに見入っていることが何よりの証明だ。 

 だが、ヨコヅナが凄いと称したしたのは、単純にダンスの技術の高さにではない。


「ずっと練習を続けてたんだべな」

 

 ヨコヅナは知っている、オリアは決してダンスの天才などではない。むしろ運動能力は低いとすら言えた。

 オリアのダンスからは努力の積み重ねが見て取れる。

 混血への差別によって踊り子としての道を閉ざされたオリア。それでもダンスの練習は続けていたのだ。

 オリアの踊り子時代のことは詳しく聞けていないが、差別されて辛い時期だったはずだ。

 そんなオリアの過去を勝手に想像してまい、今楽しそうに笑顔で踊る姿を見ているとヨコヅナの目に涙が浮かんでくる。


「まったく、何を泣いておるのじゃか」



 イベントショーの後、オリアの前にはショーを鑑賞していた客達で行列が出来ていた。

 列の先頭はオリアと握手をし、少し会話して次の人と入れ替わる。

 出来ている行列はオリアと握手がしたいファン達の列だ。いつの間にかレブロットも列に並んでいた。

 列の後方では、従業員が列を整えつつ紙切れを回収している、オリアとの握手券だ。


「これってあの列に並ぶ為のものだったんだべか」


 ヨコヅナの手にもオリアとの握手券がある。

 握手券は販売されているわけではなく、店内で売られている商品や飲食で一定以上の料金を払った場合サービスとして貰えるのだ。

 飲食店を経営している者として、どんな料理を出しているのか気になったヨコヅナは色々な種類の料理を注文した為握手券を貰えていた。(ヨコヅナからすれば「軽い食事」の範囲だが)

 レブロットはそもそも握手券を目当てで料理を多く注文していた。(レブロットからすれば全然「軽い食事」の範囲だが)


「大変そうだべな、オリア姉」


 ファンと握手をしているオリアは笑顔ではあるのだが、踊っていた時の楽しそうな笑顔と違い、あれは営業スマイルだとヨコヅナには分かる。

 イベントショーはオリアの発案なのだが、人気に便乗した握手会はデルファの発案だ。

 オリア自身はあまりやりたくないのだが、仕事だから仕方ないと言った感じだ。

 別に自分の踊りを喜んでくれるお客の相手をするのが嫌なわけではない。やりたくないのは握手に託けて良からぬことをしようとする者も稀にいるからだ。

 その為オリアの傍にエフがついており、もしもオリアに危害を加えようとする者がいた場合排除できるように備えている。

 過去実際に握手会に託けて、オリアに危害を加えようとしてエフに取り押さえられ者は何人かいた。

 犯行に及んだ者達はその後、消息不明になっているという噂があったりなかったりする。


「別にオラは並ぶ必要ないだな」


 握手券を貰ったが、わざわざ並んでオリアと握手をしようとは思わないヨコヅナは、ショーに夢中になって途中だった食事を再開しようとする。

 がしかし、

 テーブルに並んだ全ての皿が空になっていることに気づく。


「……まだ味を見てない料理もあったんだべがな」


 


「ヨコ、今日はどうだった?」


 すっかり暗くなった空の下、ヨコヅナはロード会への帰路をオリアとエフの三人で歩いていた。


「やっぱり印象に残ったのは、オリア姉のダンスだべな。本当に凄かく良かっただよ」

「えへへ!ありがと」

「ダンスの練習は続けてたんだべな」

「まぁ一時期は辞めてたんだけど……でも、自然と踊りたくなったんだよね」


 オリアは純粋にダンスが好きなのだ。だからこそ、たかがギャンブル店でのイベントショーだというのにファンが集まるのだろう。


「ショーの後、たくさん人がオリちゃんの周りに集まるから、護衛するあーしも大変っす」

「ふふっ、いつもありがとエフ。あ、そうだ、ヨコも握手券持ってるのに来なかったでしょ」


 ヨコヅナが握手券を貰っていたことを目ざとく見ていたオリア。


「別にわざわざ列に並んでオリア姉と握手する理由がオラにはないだよ」

「ああいう場合は親しい相手でも並ぶのが礼儀なの!」

「社交辞令って奴っすね」

「そんなもんだべか」

「そういうものなの、相手が女性の場合は特に気をつけなさい」

「……分かっただ」


 同じような状況が今後あるかは分からないが、王都での知り合いは女性の方が多いし、その誰もが機嫌を損ねない方が良い相手である為、覚えておくことにするヨコヅナ。


「他に何か気になったことはある?」


 今日は見学とは言え、ロード会に雇われる事になったのだから店の質向上に役立って貰おうと質問するオリア。


「そうだべな……賭博の事は分からないだが、料理は値段が高い割に美味しくないだな」

「みゃはは、はっきり言うっすね」

「ヨコって料理には厳しいよね」


 ヨコヅナからすれば優しい言い方をしたつもりだ、本当ならお金を払う価値がないと言いたいぐらいなのだから。

 自分で美味しい料理を作れるヨコヅナは、お金を払って食べる料理に求める水準は高い。

 

「ギャンブル店なんかだど、少し高めの料金でも売れるの。お祭りとかでも屋台は値段高いけどみんな買うでしょ。その場に応じた適正価格ってのがあるものなの」

「ギャンブルで勝った客は財布の紐が緩くなるっすしね」


 オリアやエフが言っている事も分かる。言ってしまえば、ちゃんこ鍋屋でちゃんこ以外の料理が割高だったり、高い部屋代を摂ってたりするのと同じだ。


「でも不味くていい理由にはならないだよ」


 それでもお金を払って料理を提供する以上、美味しいのは当たり前と思うヨコヅナ。


「不味いって程じゃないと思うけど……コストを低く抑えてるから仕方ないのよ」

「値段は高いのにだべか」

「ギャンブル店は税が高いからね」


 ギャンブル店を経営するには、高い税をしっかり納めなければならないのだ。


「そういう理由だべか……」


 ヨコヅナにギャンブル店の経営は分からない、だからそこに口出しは出来ない。

 

「でも美味しい料理を出せるに越したことはないだべよな」

「同じコストで済むならね」


 料理を食べたヨコヅナが思うに、美味しくない理由は食材ではなく料理人の腕だ。

 ヨコヅナならもっと美味しく調理する自信がある。

 最近はヨルダックに教えてもらったりして、ちゃんこ以外の料理も店に出せる腕前になっているヨコヅナ。

 

「ギャンブルの事は何も分からないだが、料理は得意だからそっちは手伝えると思うだよ」

「ヨコやん料理出来るっすか?」

「スモウの次に得意だべ」

「あははっ、だったら料理も作ってもらおうかな」

「任せるだよ」


 ロード会雇われた初日、仕事を見学したヨコヅナの表情は明るい。想像していたよりずっとまともだったからだ。


 オリアが任されている『ハイ&ロード』での仕事を一通り見学した後、ヨコヅナはもう一店舗のギャンブル店にも案内され見学した。

 そちらは元々ヨコヅナが想像していたギャンブル店のイメージに近く、薄暗い室内でタバコの煙が充満しており、イベントはもちろんまともな食事が出来るスペースもない。純粋にギャンブルを行うだけの店になっている。

 『ハイ&ロード』のようなギャンブルを遊びとして楽しむような緩い雰囲気はなく、客は皆ギャンブルに真剣だ。

 だがこれはこれで、ギャンブルの楽しみ方の一つだとオリアは言う。

 レートは『ハイ&ロード』よりも高いが国が口を出してくるほどではなく、またその店でも暴力行為は一切禁止なので、世間一般で思われているほど争い事は多くない。

 歓楽街にあるギャンブル店の中では、良店としてその筋では知られてるそうだ。(良店であろうと、店内はタバコの匂いが酷いので、ヨコヅナとしては二度と行きたくないと思っているが…)

 

 なのでロード会の主な稼ぎの一つであり、オリアが担当しているギャンブル業は、国が認めている範囲内でのレートで営業しており、経営方針はヨコヅナの考えと違うとは言え、犯罪と言われる様な事は一切していない。

 これだけでもヨコヅナは大きく安堵することが出来た。

 

「思ってたよりずっと真面な仕事で良かっただよ」

「どんなの想像してたの?」

「ん~……客をイカサマで大負けさせたり、お金持ってない相手を身ぐるみ剥いだり」


 田舎育ちの者がギャンブル店に対する悪いイメージと言えばそんな感じだ。


「まぁ、そういう店も歓楽街にはあるっすけどね」

「あるんだべか!?」

「ええ。だからヨコは他のギャンブル店になんて行ったら駄目よ」

「分かってるだ。そもそも行く気ないだよ」

「よろしい。ふふふっ」

「……みゃははっ。オリちゃん今日は楽しそうっすね」


 エフもオリアの知り合ってそれなりに長いから、今の笑顔が仕事中の営業スマイルと違うのが分かる。


「……そうだね。ショーの時も久しぶりに楽しく踊れたし」

「いつもは楽しくないだか?」


 以前二人で食事をしている時も、同じような事を言っていたのを思い出すヨコヅナ。


「そう言うわけじゃないけど、普段はどうしても儲けることが念頭にあるのよね」


 店を任されている者として〔ダンスによる集客=売上〕をいう考えが頭をよぎるのは仕方のない事と言える。

 だが、今日は違った。

 純粋にお客に喜んで貰おうとダンスに集中することができ、自身も楽しく踊ることが出来たのだ。


「オリちゃんはいつも難しいことを考え過ぎっす」

「あはは、そうかもね」


 エフの方が単純思考過ぎなのだが、そこは言わないで笑っておくオリア。


「今日楽しく踊れたのはヨコのおかげかもね」


 いつもは店の利益が頭にあるのだが、今日は純粋にお客に喜んでもらう事、頑張って踊って良いダンスショーにすることだけに集中できた。

 それはきっと弟に格好良い所を見せたいという、オリアの思いがあったからだろう。


「……オラは何もしてないだが役に立てたならよかっただよ」


 何故自分のおかげなのか分かっていないが、オリアが楽しく踊れたなら細かいことなどどうでも良いと思いそう言うヨコヅナ。


「それならヨコやんもロード会の仲間になったから、これからは毎回楽しく踊れるっすね」


 本当に単純思考のエフの言葉、それでも、


「そうね。あははっ!」

「そうだべな。はははっ!」


 ヨコヅナとオリアもその言葉を否定しようのは思わなかった。

 これから楽しく一緒に働けることを、二人も心の底から望んでいたから……。




「ふむ。今日見た限り、ギャンブル店は問題なさそうじゃの」


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