第87話 本人を前にバカと言っておるしの
訓練場から王宮への帰路を走る、ストロング家の所有する馬車。
コフィーリア、ヤズミ、メガロの三人が乗る車内は重たい空気が漂っていた。
馬車に乗るなりコフィーリアが黙り込んでしまったからだ。バカで定評のあるメガロですら話しかけれないぐらい真剣な顔で。
「…姫様をお守りしなければならない側近従者でありながら、あのような無様な負け方を…本当に申し訳ありません」
沈黙を破ったのは震えが止まらないヤズミ。
コフィーリアからは怒りの気配は感じられない。
しかし、ヨコヅナにも言っていたように、コフィーリアは仕事において、怒り任せに処罰することは基本有り得ない。
だから、処罰する時は今のように、感情が読みとれない表情になる。
「……負けたことを責めるつもりはないわ、ヨコヅナはさらに腕を上げていたしね」
そこで少しだけ笑みを作るコフィーリア。それを見て一瞬気を抜きそうになるヤズミ、だが…
「…でも、何故負けたのか理解してるかしら?」
(これは不味い!!……)
コフィーリアの目が冷たくなる、これは最後通告のようなものだ。
(間違った返答をした場合、本当にクビが飛ぶ可能性すらある。……ヨコヅナが想像以上に強かったから…いやそれは今、姫様が言った、……こういう場合求められているのは失敗から何を学べたか……)
ヤズミは冷や汗を流しながら、高速で思考を巡らせる。
「…事前の情報をもっと加味するべきでした、ラビスが素手では勝てないと言っていた時点で、ケンシン流は容易に通じないと考えるべきでした」
「そうね、ラビスなりの助言だったのでしょうね」
「あの体格では私のスピードについてこれないと考えたのも浅はかでした、ヨコヅナ様はあのハイネ様とも、手合わせしているのを失念しておりました」
「ハイネ相手にあのルールで未だ負けてないらしいしね」
コフィーリアの言葉を聞いて空気を読んで黙っていたメガロが
「え!?…負けてない…あの『閃光のハイネ』相手に!?」
驚きのあまりつい口を出してしまった。
ハイネの実力を知る者であれば、誰もが同じ反応するだろうから、コフィーリアも咎めない。
「メガロも見たこと無いのね。ヨコとハイネの手合わせは」
「はい。私も毎日稽古に参加出来ているわけではありませんので」
メガロが稽古に参加し始めたのは、ハイネが王都を離れる間際なので見る機会はなかったのだ。
「ラビスのあの口ぶりからすると、壮絶な手合わせなのでしょうね……ヨコに膝をつかせることが無理難題だと思えるほどの。…それで」
ズレた話と視線をヤズミへと戻すコフィーリア。
「何故情報を生かせなかったのかしら?」
(つかれた!、痛いところつかれた!!)
それが分かっていたら情報を生かせている、と言いたいが言えないヤズミ。
「……ラビスの挑発のような言動に、思考が狭くなっていたからかと…」
「それも一理あるでしょうけど根本ではないわ、他には?」
「………分かりません」
何とか絞りだした理由は否定され、震えと冷や汗が止まらないながらもそう言うしかないヤズミ。
「そう……ちゃんこ鍋屋で働いてる間、しっかり考えなさい」
「………私は、姫様に…必要ない、のでしょうか?」
あっさり側近から外されたヤズミは、恐れながらも問わずにはいられなかった。
ヤズミの家、ハスキーパ家は代々王家に仕えて来た家系だ。
生まれた時から王族に仕える訓練を積んできたヤズミに取って、もしコフィーリアに必要ないと言われてしまったら、生きている必要がないと言われることに近いのだ。
死刑の宣告を待つような気分のヤズミに、
「私にとってヤズミは必要よ」
「…姫様!」
その言葉に一転してヤズミは表情は明るくなり、感激のあまり瞳に涙まで浮かべる。
「だからあなたにはもっと成長して欲しいの」
「……ちゃんこ鍋屋で成長出来る…のでしょうか?」
コフィーリアの決めたこととは言え、疑問に思うヤズミ。
「それはヤズミ次第よ。ヨコは王都に来て見違えるほど成長しているわ、またヨコに関わったことでラビスやメガロも成長してる。きっとヤズミも成長できるわ」
「なるほど…姫様の期待に応えれるよう頑張ります」
雨振って地固まるといった感じに主従の信頼関係を深める二人。
「はははっ!コフィーリア王女に成長したと言っていだだけるとは嬉しい限りです」
耳ざとく褒められたのを聞いたメガロがまた口を挟む。
「私も同じようにヨコヅナに負けてしまったから、もっと精進しないとな」
「…同じように?」
「ん?ああ、あの時はまだいなかったな。私も開始早々、ヨコヅナの足払いで負けてしまったのだ」
「っ!!!?」
メガロの言葉に尋常ならざる衝撃を受け、
「……私が、こんなバカと、同じ…負け、方を」
意識が半分ほど飛んでしまうラビス。
「あらら、せっかくやる気を取り戻していたのに」
「…別に落ち込ませるようなことを言ったつもりはないのですが…」
寧ろヤズミの反応の方が失礼極まりない。
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