第81話 誰を、とは言っておらぬがの

 

 会場の真ん中で優雅に踊るヨコヅナとラビス。


「出会ってから一番の驚きです。まさかヨコヅナ様がダンスを踊れるなんて…」


 始めこそ思い出しながらで、少しぎこちない動きであったが、ヨコヅナは普通にダンスを踊れていた。


「昔よく練習に付き合わされただよ」

「……もしかしてエネカさんにですか」


 平民であっても貴族の舞踏会に憧れて、ダンスの練習をする女の子は珍しくない。


「エネカ姉とも踊ったべが、主にオリア姉とだべな」

「…この前店で偶然会ったと言っていた同郷の方ですか?」

「そうだべ。オリア姉は踊るのが好きだったから、二人でのダンスも練習してただよ」


 踊り子を目指しただけあって、オリアは色々なダンスの練習をしていた。

 一人で出来ないものには当然練習相手を必要とするのだが、他の少年達はダンスに興味がなく相手をしてくれなかった。

 ヨコヅナも別にダンスに興味などなかったが、姉に無理やり付き合わされるのは弟の宿命というものだ。


「オラも踊れないとオリア姉の練習にならなかっただよ」


 根が真面目なヨコヅナは、頑張って自分も男性パートのダンスを踊れるようなったのだった。

 そんな思い出話を楽しそうに話すヨコヅナを見て、


「……ダンスの最中に他の女性の話をするのはマナー違反ですよ」


 ラビスは不満げに忠告する。


「話を振ったのはラビスだべ」

「そうだとしてもです。こういう場合は「貴方のために踊れるようになりました」とだけ言えば良いのです」

「さっき久々って言ったから、不自然だべそれ」

「多少不自然でも構いません」


 ラビスはダンスで密着した状態から、ヨコヅナの顔を真っ直ぐ見上げ、


「女性はいつでも自分だけを見ていて欲しいものなのですよ」


 薄ら微笑みながら囁く。


「……だったらこれはいらないだな」


 ヨコヅナはそう言ってラビスのかけているサングラスを優しく取り上げる。


「ヨコヅナ様何を!?」

「ラビスの目は綺麗だべ、隠す必要なんて無いだよ」


 混血の証である黒い目、ヨコヅナは隠くしている事に不満があった。


「騒ぐ奴がいたらオラが鎮めてやるだよ」


 突然の行動に目を丸くしているラビスに、ヨコヅナは優しく笑いかける。


「ヨコヅナ様……。クククっ、私を口説きたいのでしたら、このつっかえそうな大きいお腹を無くしてからにしてください」

「ははは、それは出来ないだな」

「おや、私はそれほどの労力をする女に値しませんか?」

「相手は関係ないだよ…………親父もこういう体型だったべから」


 他の者が聞いたら、遺伝だから痩せれない言っているようにも思える言葉だが、

 ラビスはその言葉の真意に気づく。


「…それでは仕方ありませんね。クククっ」


 ラビスの表情はいつもの貼り付けた笑みではなく、本当に楽しそうな笑顔だった。


「ではお喋りはここまでにして、後はダンスを楽しむとしましょう。ペースを上げますよ、ついてきてください」

「お手柔らかに頼むだよ」



 楽しそうに踊る二人のダンスは周りの者から注目されていた。

 ヨコヅナは普通にダンスを踊れてはいるが技術的に見れば下手な部類だ。しかし大きい体にスピードも合わせ持つヨコヅナは、安定感がありキレもある動きができる。

 何よりラビスがヨコヅナの良さ十二分に引き出していた。

 ラビスのダンスの技術はそこらの令嬢が裸足で逃げ出したくなるほど高い。ヨコヅナの安定感とパワーが際立つように、敢えてバランスの悪い高難度のダンスを踊っていた。


 

 二人のダンスを見ている、とある令嬢達の会話。


「やっぱりあの二人は恋人同士なのでは?」

「でものパートナーと言っていましたわよ」

「ダンスぐらい踊っても恋人だとは限りませんわ」

「カッコイイ…」

「そうですわね、太っているのに…」

「あの女性の目…混血の方のようですわね」

「ちゃんこ鍋屋の経営陣に、王宮勤めの混血の侍女がいるという噂は聞いてますわ」

「コフィーリア王女は差別をなくそうされてますから…」

「今は女性のことよりヨコヅナ様のことですわ」

「先ほどのサングラスを優しく外したところ、まるでロマンス小説のようでしたわ」

「私もダンスに誘って頂けないかしら?」

「でもあんな上手な女性の後に踊るのは……」

「「「「「……踊りづらいですわね」」」」」



 二人のダンスを見ている、とあるバカと食いしん坊達の会話。


「あの二人はやはり恋人同士だったのか」

「ひがふぞ」

「違うのか。以前『混じり』と呼んだことを謝罪させられたから、そういう関係かと思っていたのだが…」

「ひまは、じゃがほ」

「では今後は仲が進展することもありえるか」

「かほうへひははるかの」

「ヨコヅナはコフィーリア王女に気に入られているからな、他に恋人がいれば安心できるのだがな」

「ゴクン、わははっ、元々王女は相手になどしておらんじゃろ」

「…そうだな。さすがのコフィーリア王女でも平民を相手になどせぬな」

「……ところでよく我の言葉が分かったの?」

「ん?ああ、レブロットもよく食べ物を口に入れたまま喋るからな」

「ほひまひはか?」

「……お前も食べてばかりでなく、女性をダンスに誘ってこいレブロット」

「はへへる、ゴクン、メガロ様にはお分かりにならないでしょう、ダンスを断られ続けるデブの気持ちは」

「ヨコヅナは踊っているぞ」

「あの程度、八大デブ将と呼ばれるの俺からすれば、デブのうちに入りません」

「なんだそのフザけた称号は…」

「わははっ、ならばデブロットもスモウをやればどうじゃ、強くなれるのかもしれんぞ」

「レブロットだ!」

「良いかもしれないな。今度一緒にスモウの鍛錬に参加するか?」

「スモウとは何ですか?」

「私がヨコヅナに習っている格闘技だ。足腰が鍛えられるぞ」

「……メガロ様がそう言うのでしたら」



 二人のダンスを見ている、とある主催者夫婦の会話。


「見てあたな、やっぱり二人は恋人同士なのよ」

「一緒に仕事をしている男女であれば、ダンスぐらい踊るであろう。ヨコヅナ君が踊れることには驚きだが」

「あなたには分からないわね。あのダンス中にサングラスを取った動作、人気ロマンス小説のワンシーンにあるのよ。きっと小説の真似をして「君の瞳は綺麗だよ」とか言ったのよ」

「……ヨコヅナ君がそんなキザな真似するとは思えないがな。落ちそうになったサングラスを取っただけではないか」

「分かってないわね~。今は違うとしても、きっと近いうちに親密な仲になるわよ、あの二人」

「根拠は何だ?」

「女の勘よ」

「……そうか、お前の勘はよく当たるからな。では話を通すのは、あれを見ても申し込んでくれる娘だけにするか」

「必要あるかしら?」

「親密な男女が必ずしも結ばれるとは限らないからな」

「あら、身に覚えがおありで?」

「ふふ、まさか」


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