第75話 出資者じゃしの


「旦那様が是非、ちゃんこ屋の開店兼大好評を祝わせて欲しいと」


 ヒョードルからの提案とはメニュー等のことではなく、ちゃんこ鍋屋の開店祝いがしたいというものだった。


「…だべが、そんなことまでしてもらうのは悪いだよ」

「いえいえ、そんな遠慮なさらず。寧ろお忙しい中、旦那様の我侭に付き合って頂きたいとお願いしたいのが本音でして…」

「お願いだべか?」

「ご存知だと思いますが、旦那様は大層ちゃんこ鍋が気に入っておりまして…」


 その言葉に三人とも一部の乱れもなく頷く。

 開店初日に来店しただけでなく、何度もちゃんこ鍋屋の予約記録の紙にはヘルシングの名前が載っているのだ。


「ちゃんこ鍋屋が好評なのが、自分のことのように嬉しいようでして」

「ふゅっひしゃひゃしの」

「だた、少々暴走気味と言いますか…」

「この前、ちゃんこ鍋屋二号店に関する提案の書類が届いてました」

「モグモグ…ん?ゴクンっ、二号店の話なぞ何時の間に出たのじゃ?」

「誰一人としてまだ口に出したこともありません」

「気が早すぎるだよ…」

「ですので色々発散させる意味もございまして、協力して頂けると非常に助かるのです」


 普段からお世話になっている爺やがそう言うのであればと、


「そういうことでしたら…」

「宜しいのですね、では早速旦那様に」

「あ、いや、待ってほしいですだ」


 了承しようとしてハイネから言われていた事を思い出すヨコヅナ。



「もし父上や爺やが以前のお見合いのような、変な提案をしてきたら遠慮せず断れ」



(お祝いは別に変な提案じゃないだべな…)


 爺やは協力して欲しいと言っているが、ヒョードルの厚意であることも確かだ、理由もなく断る訳にもいかない。


「え~と、出来ればハイネ様が帰ってきてから一緒に祝いたいんだべが…」

「私達と致しましてもそうしたいのは山々なのですが、どうもハイネ様の行軍の期間が延長されるようでして」

「え!?何かあっただか?」


 軍の仕事だけに戦にでもなったのかとハイネの事を心配するヨコヅナ。

 しかし、爺やはそんな心配を笑顔で否定する。


「いえ、危険なことは何も、平和だからこその延長と言ったところです」


 ヘルシング元帥の娘であり、自身も『閃光』の二つなを持つ将軍、美しい容姿と高い実力を合わせて持つハイネ・フォン・ヘルシングは何処へ行っても人気者だ。

 だからこそ元帥が病に伏したことでの暗い雰囲気を回復する為に各地を回っているのだが、回復どころか勢い余ってお祭り騒ぎになるところもあるほど活気だった。


「地方の活性化の為に、要所要所の滞在時間を長めに取ることになりまして」


 これは別にヒョードルの策によるものではない、コフィーリアの案である。

 地方活性化に加え、ヨコヅナの故郷であるニーコ村のような事例があったので、ハイネの行軍に調査部隊を同行させており、色々と調べさせている為、当初ヒョードルが考えていたものよりずっと期間が長い行軍任務となっていた。


「ですのでハイネ様のお帰りになられるのは当分先のこととなります。その際はハイネ様が無事帰還されたお祝いが行われるでしょうから、開店祝いは先におこなっても問題ないかと」

「そうだべか……あ、カルとラビスも一緒だべか?」

「はい、仕事との都合が合うのでしたら是非にと……ちゃんこ鍋屋のお役にたつかと思い、王国だけでなく他国の人気料理も御用意させていただく予定です」

「わははっ!、それは楽しみじゃの」

「ラビスはどう思うだ?」


 カルレインが断るはずないので、ラビスに参加を確認するヨコヅナ。


「一日ぐらいでしたら問題ないでしょう。参加させていただきます」

「では旦那様に全員参加とお伝え致します」

「はいだ、ヒョードル様にありがとうございますと伝えて下さいだ」

「承りました」


 そう言って居間を出ていこうとする爺や。その背に、


「楽しみにしていますよ。ヘルシング家主催のお祝い」


 ラビスの貼り付けた笑みでの何気ないように聞こえる言葉。

 言うまでもないことだが、このお祝いへのお誘いはヒョードル達の新たな作戦だ。

 ちゃんこ鍋屋が好評なのを祝いたいのも、ヒョードルが暴走気味なのも本当のことだが、目的はヨコヅナにハイネの屋敷を出て行ってもらう為の理由を作ること。

 ラビスはそれを見抜いている。

 そして背にかけられた言葉で見抜かれたことを察する爺や。

 

「喜んで頂けるように全力を尽くします」


 そう言って笑顔で居間の扉から出ていく爺やからは、その心情は欠片も読み取れない。


「……やはり有能な方ですね」

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