なんでオラ、こんなとこにいるだ？

第64話 経費で落とせるかの

　バカだの、くだらないだの、と言われるメガロだが、

「大将軍に私はなる！」と言っているだけあって何も考えていないわけではなかった。

　実はメガロは闘技大会を観戦しており、ヨコヅナの戦い方を知っている。

　独特の低い構えからの体当たり。高い技術が覗える投技。コフィーリアが認めるほどの打たれ強さ。

　武器を捨てたのは騎士としてのプライドからであり、決してヨコヅナを過小評価してるつ（・）も（・）り（・）はなく決闘に挑んでいる。

　闘技大会で最もヨコヅナに対して有効だった攻撃方法は、トーカが行（おこな）った上空からの攻撃。

　しかしメガロにあんな真似は出来ない、というか他の誰にも出来ないだろう。

　次に有効だったのは準決勝でデュランが行（おこな）った攻撃を回避しながらの下段攻め。

　デュランは固いヨコヅナの足を蹴る事による、自身へのダメージが大きいため戦法を変えたが、ヨコヅナはその戦法を攻略出来てはいない。

（私はあんな自惚れ屋とは違う、蹴りの衝撃で痛めるような軟弱な足はしていない)

　メガロはケンシン流を習っていた時期もあり、一般兵と比べてれば無手でも十分強い。

（先ずは足への攻撃で動きを止める)

　そう考え、前に出るメガロ。

　ヨコヅナはメガロの予想通り、ブチかましの間合いに入ったところで動き出す。

　確かにメガロはデュランとは違う。

「ぐへぁっ！？」

　メガロはヨコヅナのブチかましを交わすことすら出来ず、肩口に喰らい吹き飛ばされる。

　過小評価しているつ（・）も（・）り（・）はなくとも実物を知らなければ過小評価になる。

　「「「「「！？………」」」」」

　観戦させられていた兵達は言葉も出ない。

　兵達がメガロに従って訓練を止め、決闘を観戦しろという命令にも従っていたのはメガロが大将軍の息子だから。

　気に食わないと思いつつも勝つのはメガロだと思っていた。

　しかし結果は、

「ヨコヅナ様の勝ちですね。無駄な時間を過ごしました、さっさと帰って仕事をしますよ」

　周りが予想外な出来事に静まり返っている為、さして大きくない声量でもラビスの声がヨコヅナの耳に届く。

　しかしヨコヅナは動こうとせず、倒れているメガロを見ている。

「うぐぐっ、…ま、まだだ」

「まだ意識はあるみたいですよ～」

　ユナの言葉通りメガロは吹き飛ばされても意識は失っておらず、立ち上がろうとしていた。

「加減しすぎじゃな」

　大怪我をさせないようにと言われていたヨコヅナはかなり加減してブチかましを放っていた。

「あれでも大将軍の息子ですからね～」

「結果は分かりきっています。続ける必要があるのですか？」

「それは本人たちが決めることですね～」

　決闘である以上他人が決めて良いことではない。

「まだ続けるだか？」

「と、当然だ」

　小さくないダメージを負いながらも、ヨコヅナに向かっていくメガロ。

「がっ！？」

　メガロは顔面に衝撃を受けよろめく。

「何が起きたんだ？」

　観戦していた兵にはメガロが突然が一人でよろめいたように見えた。

　メガロが喰らったのはヨコヅナの張り手。

「ヨコヅナ様って～、あんなに早く動けましたっけ～？」

　コフィーリアの側近メイドであるユナも闘技大会でのヨコヅナの試合は観ていた。

　太った体型の割に動きが速い事は知っていたが、ここまでではなかったと記憶している。

「ハイネとの手合わせに対抗するには、否応もなく速くなる必要があるのじゃよ」

　ヨコヅナの動きは闘技大会の時よりも数段早い。

　速さを重視した張り手は普通の兵では目に止まらないほどだ。

「後遺症が残らない程度なら、顔面潰してもいいだべな」

　ヨコヅナはメガロの顔面に連続の張り手を叩きこむ。

「容赦ないですね～」

「…ヨコヅナ様らしくありませんね」

「わははっ、ヨコはイケメンが嫌いじゃからの。特に調子にのっているイケメンは顔面を潰したくなるらしいぞ」

　連続張り手の威力は軽い、しかしそれはヨコヅナの本来の張り手からすればあって常人が喰らい続ければ、

「止めた方が良くないかあれ…」

「やり過ぎだろ」

　周りの兵達がそう言うのも無理はない。

　メガロの顔は見るも無残に晴れ上がっていた。

「ぐっ、ぐはっ」

　メガロが耐え切れずに膝をついたところでヨコヅナは攻撃をやめる。

「まだ続けるだか？」

「……わ、わたひの、負へだ」

メガロは負けを認め、そのまま前のめりに倒れようとする。

しかしヨコヅナがメガロの頭を鷲掴みにして、

「だったら約束を守って貰うだよ」

「が、があぁ、や、やへろ」

　ラビスが居るところ迄引きずっていく。

「オラが勝ったら謝る約束だべ？」

　ヨコヅナはラビスの前でメガロを正座させる。

「……『混じり』なほと言っへ悪かっは、もうひわけない」

　張り手を喰らいすぎて、まともに喋れていないが意味は通じている。

　メガロの謝罪を受けたラビスは、

「はぁ～。ヨコヅナ様、私はそんなこと全く気にしていませんよ」

「そうなんだべか？」

　ヨコヅナにはナイフを投げるような真似をしたラビスだが、メガロの言葉に対しては何も感じてなかった。ラビスは嫌いな人間、相手にする価値のない人間の言葉など聞く耳を持っていない。

「まぁオラが気に入らなかっただけだべ」

「……そうですか」

「それじゃ、帰るだよ」

「ユナ、後のことは頼みますよ」

「分かりました～」

　全て丸投げだが、それも折込済でコフィーリアはユナを同行させたので仕方ない。

「考えたのじゃが、ちゃんこ鍋屋を開業するにあたって、研究のために色々な王都の料理店を食べに行かぬか？」

「そんなこと言ってカルはただ料理店を食べ回りたいだけだべ」

「ですが一理ある提案です。考えておきます」

　国の大将軍の息子と素手でとは言え、決闘し勝利したというのに、本当にだた寄り道をしただけのよう帰っていくヨコヅナ達三人。

　ユナはその背を見届けた後、

「わ、わはひは、こんはにも…弱ひのか」

　膝をついて俯いきながら、朦朧とした意識でブツブツ呟いているメガロを見る。

「後遺症が残るほどの外傷はないですが……精神的には大怪我ですね～」