第42話 勉強は大事じゃぞ


 ハイネの屋敷にきてヨコヅナがやってることの二つ目は勉強。

 ヨコヅナは読み書きや計算があまり得意ではない。だがこれはヨコヅナが勉強嫌いというわけではなかった。

 ニーコ村にも読み書きや計算等の事務的な仕事を得意とする者はいる、効率を考えればヨコヅナには肉体労働に従事してもらうのが最適であったため、勉強の重要度が低かったのだ。


さん、ここどうしたらいいですだ」

「そこはですね」


 勉強を教えてくれるのはハイネに仕える執事長爺や、呼び方どおり高齢なのだが、凛とした立ち振る舞いからは歳の衰えを感じさせない。

 ハイネの幼少の時の教師でもあったらしく教え方も上手かった。

 ヨコヅナが勉強することを最初に提案したのはカルレインである。

 王都で本格的に暮らすのであれば、最低限必要となってくる知識は沢山あるし、時間があるのであれば学習するべきであろう、と。

 その提案に爺やも賛成した。

 ハイネには秘密であるが、ヘルシング家からヨコヅナを監視するよう言いつけられている爺や。

 まずはヨコヅナの人となりを知る為、勉学を教える役目を自ら名乗り出たのだ。


「次はこの問題をやってください」

「分かりましただ」


 真面目に勉学に励むヨコヅナ、ちなみにカルレインは何をしているのかと言うと、


「ZZZ~、むにゃむにゃ」


 同じ部屋にはいるが昼寝をしていた。

 別に勉強をサボって寝ているわけではない、勉強をする必要がないだけだ。

 ヨコヅナに勉強を提案したとき「カルは勉強しないだか?」と当然の疑問もでた。

 そこでどれだけ出来るのかを試す筆記試験のようなものをしたのだが、

 ヨコヅナの正解率は三割にも満たなかったのに対して、カルレインは満点であった。


「言ったであろ我は天才じゃと、必要な知識は暇な時に本を読むだけで事足りる」


 とのことだった。


「…正解率が上がってきてますね。今日はここまでにしてお茶にでもしますか」

「ありがとうございますだ。う~ん、座ってるだけなのに勉強も疲れるだな」

「それだけ集中しているということですよ」


 まだ監視を初めて間がないが、爺やから見てヨコヅナの印象は、真面目で努力家、気は優しくて力持ち、知識は偏ってるだけで知能が低いわけではない。

 欠点を上げるのであれば、礼儀作法等が全く出来ず服装にもほぼ無頓着。

 これは外聞を気にする貴族であれば致命的ではあるが、ヘルシング家は代々軍人の家系。

 些細な外聞よりも実績が重視される。

 そしてヨコヅナはヒョードルを病から救うという実績がすでにある、余程のことがなければ追い出す理由にはならない。

 ハイネに手を出そうとする素ぶりでもあれば、話は変わってくるが今の所皆無だ。これはハイネに興味が無いと言うより、自分なんかがつり合う訳が無いという考えからだろう。

 媚を売る事もなければ、ヒョードルを治療したことを恩に着せて無茶な要求をすることもない。

「毎日鍛錬できる場所を貸して欲しいですだ」という頼み事はあったが、それはむしろ「何故早く言わない!」とハイネが怒っていた。

 武の鍛錬とは毎日の積み重ねが大事、逆にサボれば積み重ねてきたものが崩れていくという事だ。

 この家でそれを理解出来ない者はいない。

 マツやからも悪い報告は無く、仕事の手伝いにおいても頼りになり雇っても良いレベルとのこと。


 以上の点から爺やは世間体を気にしなければ、ヨコヅナを無理に急いで追い出す必要性はないと考える。

 しかし爺やはヘルシング家に雇われている執事。そしてヘルシング家の当主はヒョードル。

 優先されるのは自分でもハイネでもなくヒョードルの意向。


「ZZ…ん、ふぁ~、おやつの時間かの」

「寝てても分かるだか」

「こちらにどうぞ、今日は甘いお菓子も用意しております」

「うむ、勉強したら糖分を摂らねばの」

「カルは勉強してないだよ」


 ヨコヅナにハイネの屋敷から出て行ってもらうことがヒョードルの意向であるならば、最適な方法を提案することが爺やの勤めである。


「ほほほ、遠慮なさらず食べてください」


爺やの笑顔にその心情は欠片もうつっていない。

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