第32話 こう見えて読書家なのじゃぞ


「……休みだべか」


 ヨコヅナが訪れたのはとある商店。だがその入口には〔定休日〕の掛札がかかっていた。


「どうするべかな……」


 ヨコヅナが出直そうかとも思ったが、物を買いに来たわけでもないし、お客がいないなら商売の邪魔にならないかと考え、とりあえず入口の扉に手をかける。

 鍵は掛かっていないようでカランッカランッと鈴の音と共に扉が開く。

 その音に中にいた人物が反応する。


「すまないね、今日は休みなのよ」

「物を買いに来たわけじゃないだよ」

「じゃ何をしに……ヨコ!?」


 受付で帳簿を書いていた女性が立ち上がって近づいてくる。


「ひさしぶりだべ、エネカ姉」


 ニーコ村から王都に出た姉貴分エネカ、ここはエネカが王都で商売している店なのだ。


「ほんと久しぶりだね、またデカくなったんじゃないかい?」

「ははは、よく言われるだよ。エネカ姉もまた太っ」


 言葉の途中で顔面をガシッと鷲掴みにされる。


「私が、ナンダッテ?」


 顔は笑っているのに、とても怖いエネカ姉に…


「い、いや、お、大人っぽくなっただな、と」


 震えながら答えるヨコヅナ。


「ひははっ、私もよく言われるよ」


 それを聞いて笑って手を放すエネカ。

 正確には「おばさんっぽくなった」なのだが、そんなことは口が裂けても言えない。


「でもどうして王都にいるんだい、それも一人で」


 今までヨコヅナが王都に来る時は村の誰かと一緒が常であった。


「……ちょっと用事があって」


 ヘルシング家の屋敷に泊まることになったヨコヅナだが、一日中ヒョードルの治療をしているわけではない為、空き時間が多く出来てしまう。

 そこでヨコヅナはハイネに外出の許可をもらい、前回王都に来た時には行けなかったエネカの店に来ることにしたのだ。

 ちなみにカルレインはヘルシング家の書庫で本を読みたいからと同行していない。


「用事ってなんだい?」

「…詳しくは言えないだが頼まれごとだべ」

「へ~、雇われ仕事かい」


 エネカは仕事の内容については追求はしなかった。

 商を生業にしているだけに仕事の秘匿などにはちゃんと理解があるからだ。

 だた少し困ったような顔をするエネカは、


「……本当はゆっくり話したいんだけど今忙しくてね」


 そう言いながら受付台の方へ戻る。


「ちょっと顔を出しに来ただけだから別にいいだよ」

「そうかい、悪いね」

「でも、店が休みなのに忙しいんだべな」

「そうだよ。客に物を売るだけが商人の仕事じゃないから、ね!」「ぐぇっ」


 何故か勢いよく腰を下ろすエネカの言葉と重なって何か聞こえたような気がした。


「?……そういえば今日旦那さんはいないだか?」


 エネカは同年代の中で唯一結婚しており、村でもお祝いが開かれた為、ヨコヅナも旦那さんと面識がある。

 旦那さんも商人で仕事の関係で知り合い、この店も正確には旦那さんの店だ。

 線は細いが人当たりがよく優しそうな感じの男性で、村のみんなが絶対エネカの尻に敷かれるとか笑っていた。


「いや、いるよ」


 何故か座っている椅子?をバシバシ叩くエネカ。

 近づいて受付の裏を覗いて見ると、


「や、やぁ。ヨコヅナくん久しぶりだね」


 四つん這いになってエネカに座られている旦那さんがいた。


(尻にひかれてるだ!?)


「ヘマしたからお仕置きしてるところなんだよ」

「こんな格好で悪いね」

「いや…別に、構いません、だよ」


 見てはいけないものを見たような気分になるヨコヅナ。


「他のみんなには会ったのかい?」


 なんでもないことのように次の話題に移るエネカ。


「え~と、アーク兄には少し前に会っただよ。でも他の三人は今住んでる場所が分からなくて、エネカ姉は知ってるだか?」

「……私も連絡がとれるのはアークとイジーぐらいだね」

「ウゴ兄は冒険者をしてるからともかく、オリア姉も分からないだか?」


 冒険者のウゴは、各地を転々としているため居場所がわからないのも当然とも言えるが、オリアの居場所も分からないのは意外であった。


「あの子も職と住む場所をころころ変えるからね~」

「…そうだべか」


 少し残念そうな顔をするヨコヅナ。

 今回エネカのところに来たのもヘルシング家のことがあり、元気な兄姉の姿が見たくなったからなのだ。


「元気にしてるといいだべがな」

「大丈夫だよ。ウゴはもちろんオリアもああ見えてたくましいからね」

「……そうだべな」



 その後イジーとの連絡の取り方を聞き、忙しいところを邪魔するのは悪いので帰ろうかと思ったが、

 せっかくなのにカルレインへのお見上げがてらに何か買って帰ろうと思いつく。


「ここ食べ物も置いてあるだか。甘菓子とかあると良いだか」

「…あるよ。丁度大量にね」


 そう言って部屋の隅を指差す、そこには大きな箱が積んであった。

 開封されている箱を覗いてみると確かに菓子が詰められている。


「……同じのばかりだべな。人気あるお菓子なんだべか?」

「人気はそこそこだね。そんなにあるのはこの人がヘマしたせいだよ」


 発注の数量を間違たというやつである。

 それもあまり日持ちしないタイプの品だけに頭の痛い点であった。


「じゃあひと箱買っていっても良いだか?」

「ああ、いいよ…1箱?、1袋でしょ」

「違うだよ。この大きい箱の一つ分買っていくだよ」


 エネカはヨコヅナが言い間違えたのだと思ったがそうではなかった。


「…お金どうするんだい?多少安くはしてあげれるけど、結構な金額よ」

「いくらになるだ?」

「……これぐらいだね」


 提示された1箱分の値段は確かにそこそこの金額で、今までのヨコヅナでは買えなかったが、


「それぐらいなら大丈夫だべ」


 あっさりと貨幣をだすヨコヅナ。

 エネカの認識ではニーコ村で暮らしてる稼ぎでポンと出せる金額ではない。これだと先ほどの「頼まれごと」に対しての認識も変わってくる。


「……ヨコ、危ない仕事してるわけじゃないでしょうね?」

「危ない仕事?……あぁ!、はははっ、違うだよ」


 エネカが何を言いたいか分かったヨコヅナは笑って答える。


「これは格闘大会で得た賞金だべ」

「賞金?……ああっ!」


 突然のヨコヅナの訪問で忘れていたが、声を上げてある噂を思い出すエネカ。

 それはコフィーリア王女が主催した格闘大会で準優勝者の噂…


『長身の太った少年でどんな攻撃を受けても倒れず、顔面を握り潰すほど怪力を有するニーコ村の怪物』


 というものだ。

 少年という時点で今のニーコ村にはヨコヅナしかいないのだが、ヨコヅナの性格的に格闘大会に出場なんてするだろうかと疑問に思っていて機会があれば聞こうと思っていたことだった。


「あの噂はほんとにヨコのことだったのね」

「……顔面を握り潰してはいないだよ」


 ケオネスの推薦で大会に出場した経緯を簡単に説明するヨコヅナ。


「なるほどね、そういうわけかい」

「だからお金はあるからこれ買っていくだよ」

「ありがと、…でもそうかい」


 エネカは何かを考えてから、


「ひょっとしてヨコも王都に住むのかい?」


 王都のお偉いさんとつながりが出来たことや、今回の頼まれ仕事を思案してそんなことを言うエネカ。


「そんなつもりはないだよ…」

「……若いのが自分一人だからって我慢する必要はないんだよ」


 エネカは常々思っていた事を言ってしまう。

 今ニーコ村には年配の者しか住んでいない。そんな中、若くて力持ちのヨコヅナは貴重な存在だ。

 そんな状況だから本当はみんなと同じように王都に出たいのに、優しいヨコヅナは我慢しているのではないかと。


「どういう意味だべ?」


 しかしそんなことは全然思っていない当のヨコヅナは首を傾げる。


「いや、なんでもないよ。でももし王都で暮らしたくなったら私に言いな。力持ちが活躍できる仕事を紹介してあげるよ」

「ははは、もしそんなことになった時はお願いするだよ」


 もし、とつけるあたりそんなことはないと思ってるヨコヅナ。


「じゃあそろそろ帰るだよ。エネカ姉の元気な姿が見れてよかっただよ」

「私もだよ。すぐ村に帰るのかい?」

「もうしばらくは王都にいると思うだよ。時間があれば帰る前にまた顔出すだよ」

「いつでも来な。次はゆっくりご飯でも食べましょう」

「わかったべ」

「またいらっしゃい、ヨコヅナくん」

「……旦那さんも頑張ってだべ、エネカ姉早く許してあげるだよ」


 カランッカランッと、音と共に扉から店を出る。


 帰り道を歩きならがヨコヅナは思う。


「旦那さんすごいだな。あのエネカ姉を乗せてずっと四つん這いでいたべ」

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