第33話 別に残念などと思っておらぬぞ


 ヨコヅナがヘルシング家の屋敷に来てから数日が経ったある日。


「ヨコヅナいるか!」


 ハイネはヨコヅナ達が泊まっている客室の扉をノックもせず開ける。

 客人の部屋を勝手に開けるなど失礼極まりないのだが、別にハイネがヨコヅナを見下しているからとった行為ではない。

 だが部屋の中を見渡してもヨコヅナもカルレインの姿もなかった。

 外出するとは聞いてなかったのだがと考えていると、


「お嬢様、ヨコヅナ様でしたら台所を貸してほしいと言われたので案内いたしました。カルレイン様もご一緒でしたよ」


 通りかかったメイドが察してそう説明してくれた。


「台所?」


 朝食はもう済んでいるはずだが、足らなかったのだろうかと考えながら台所へと向かう。



 台所へ行くと確かにヨコヅナとカルレインがいた。


「良いじゃろもう一杯ぐらい、なぁ?」

「駄目だべ、そう言ってもう3杯も食べてるだよ」

「まだそんなにあるではないか」

「余ったらあげるだよ」

「むう~」

「はぁ~、買ってきたお菓子、残りはカルが食べたらいいだよ」

「あれはもう全部食べたのじゃ」

「もう食べただか!?」


 そんな会話とともにいい匂いが漂ってくる。

 ヨコヅナが料理を作っているのだろう、意外にも思ったが考えてみればニーコ村では二人で暮らしているのだから、ヨコヅナが料理を作れるのは当たり前かと思い直す。


「ヨコヅナ、カルレイン、ここにいたのか」

「ハイネ様、台所借りてますだ」

「朝食が足りなかったのなら、遠慮なく言ってくれれば良いのだぞ」

「え?あぁ、違いますだ。これはオラが食べる為に作ったわけじゃないですだ」

「ん?そうなのか」


 てっきり朝食が足らなかったから料理を作っているのだと思っていたハイネだが、そうではなかったらしい。


「お、そうじゃ。もしかしたらヒョードルが食べれない物が入っているのもかしれんぞ。聞いておくべきではないか」

「……そうだべな。ヒョードル様が食べれない食材とか、もしくは食事に対してこだわりとかはあるだか?」

「父上か、いや父上に嫌いな食べ物はない」


 正確に言えばハイネはヒョードルが嫌いだという食べ物を聞いたことがないということなのだが。


「こだわりと言うならば、出された食事を必ず残さず食べることだな。昔、戦のさなか孤立して荒野をさまよい、餓死仕掛けたことがあるらしくてな。だからヘルシング家では食材を無駄にしないよう厳しく言いつけられている」

「……それは良い心がけじゃの」


 そう言いながらも少し不満そうなカルレイン。


「そうだ、父上だ!」


 もともと何故ヨコヅナ達を探していたのかを思い出すハイネ。


「父上が目を覚まして今日はかなり意識がはっきりしているのだ、そしてヨコヅナ達を呼んできてほしいと」

「そうだべか、丁度よかっただ」


 そう言って作っていた料理を食器と共にワゴンに乗せてヒョードルのところへと向かう。




「父上連れて来ました」

「おお!君達か、治療をしてくれたのは?」


 寝台で上半身を上げた状態のヒョードルは確かに意識がはっきりしていて顔色も以前までより数段良い。

 医者には見えないヨコヅナたちを見て少し驚きの顔をするがすくに笑顔になる。


「調子良いようでなによりですだ」

「ああ、生き返ったような気分だよ」

「…ちょっと失礼しますだ」


 そう言ってヨコヅナはヒョードルの脈とったり瞳孔を見たりとそれっぽいことをしてから、カルレインの方をみる。

 そしてカルレインが頷くのを見て、


「ここまで回復すればもう命の危険は無さそうですだ」


 ヨコヅナのその言葉に皆が歓喜に湧く。


「ああ、よかったわ、あなた」

「心配かけてすまなかったな」


 喜んいる夫妻の姿を見てよかったべと思っていたヨコヅナの手をハイネがとる。


「本当にありがとうヨコヅナ」

「…オラはたいしたことしてないだよ」


 これは病気を治したのはカルレインだという意味もあるが、それともう一つ、


「ニーコ村まで来てオラなんかを信じて任せてくれたハイネ様の手柄だべ」


 本当にそう思っていた。

 医者に見えない国の端っこの田舎者の少年を信じて治療を任せるなんて普通出来ることではない。

 しかしそれに対してハイネが言った言葉は意外なものであった。


「ヨコヅナはではないさ、あのコフィーが気に入った者なのだから」

「コフィー?」

「コフィーリア王女殿下のことだよ」

「姫さんと知り合いなのだべか」


 考えてみればハイネも元帥の、つまりは国の重鎮の娘なのだから王女殿下と交友があっても不思議ではない。


「友達だよ。コフィーが会ったばかりの、それも男の話を楽しそうにする事など滅多にないことだぞ」

「ははは、オラに正座させて説教したり、腹殴ったりしたのがそんなに楽しかっただべかな」

「ふふふっ。…だからコクマ病の薬を作れるのが、ニーコ村のヨコヅナだと聞いた時は思ったよ」


 ハイネは真剣な顔で真っ直ぐヨコヅナを見て言った。


「これは運命だと」

「……運命」


 何故ハイネがヨコヅナの事と信用していたのか疑問に思っていたが、運命と言われるとは思わなかった。

 そもそもコフィーリアとの話も格闘大会やスモウの事であって、治療や薬とは全く関係ない話のはず、普通そこに運命の感じることはないのだが…

 しかし何故かヨコヅナもそれを否定する気にはならなかった。


「おい、いつまで手を握っている」


 手を取って見つめ合いながら、運命等と言っている二人の間に割って入ったのはフリードだ。


「さっさとハイネを放せ」


 とヨコヅナに言われても、掴んでいるのはハイネの方であるのだが、


「あ!、そうだったべ」


 フリードに言われたからではないが、ヨコヅナはハイネの手から離れ、運んできたワゴンをヒョードルの寝台の近くまで運ぶ。


「お腹空いてないだか?」

「おお、空いているぞ。先程から何やらいい匂いがしていると思っていたのだ、それは?」

「ちゃんこ鍋ですだ。味は薄めでお腹に優しい材料で作ったから、食べれると思いますだ」


 ここで空いないと言ったなら、ちゃんこはカルレインのお腹に収まることとなっただろうが、カルレイン的に残念だがそうはならなかった。

 ヨコヅナは小さい器にちゃんこをよそいスプーンと共に渡す、温度も熱過ぎずぬる過ぎない状態になっていた。

 ヒョードルは受け取ったちゃんこの匂いを楽しんでから、ゆっくりと口に運んだ。


「っ!…おお~これは美味い!なんというか優しい味だ」

「口にあったようで良かったですだ」


 ヒョードルは手を止めることなく、食べ進めすぐに器の中がからになる。


「お替りどうですだか?」

「ああ、いただこう」

「ふふふっ、あなたあまり急いで食べてはいけませんよ」

「がはは、わかっている、だが手が止まらなくてな」


 元気そうに笑いながら食事をするヒョードルを見て、部屋にいた皆が自然と笑みになっていた。

 そこにはもう今までヘルシング家にあった暗い雰囲気が全く無くなっていた。



 ただ一人、カルレインは誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いた。


「むむ~。余らなさそうじゃの」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る