第20話 どれだけ嫌いなのじゃ
仕切り直して再開となったが、コフィーリアの言葉を聞いてさらに観客のデュランに対するブーイングが強くなる。
「汚ねぇぞ糞野郎!!」
「さっさと負けろ卑怯者!!」
だがそんなものデュランは気にならない、気になるのは今の反則まがいの攻撃に対するヨコヅナの反応だ。
怒って攻撃に来るにしろ、恐怖で身を守るにしろ、どちらでもデュランにとってやりやすくなる。
感情の揺らぎで本来の戦いを出来なくさせることが狙いだ。
ヨコヅナが前に出る。
反則への怒りから攻撃にきたかと思ったが、ヨコヅナの表情から感情が読めない。
体重の乗った張り手が繰り出される。
デュランは張り手をかわすが危険を感じ取り、反撃をせず距離を取ろうとする。
しかしヨコヅナはその動きについてくる。
「愚かなことをしたの」
セコンドのカルレインは呟く。
反則などせずあのまま慎重に捕まらないように戦えば、デュランは勝てたかもしれない。
今までヨコヅナがしていたのは戦いではなく試合、そしてデュランは試合相手であった。
優しいヨコヅナは試合相手に本気を出せないのだ。
しかしデュランが反則をしたことで戦いとなった。つまりヨコヅナはデュランを敵と認識した。
ヨコヅナから発せられてるは殺気だ。
連続で繰り出される張り手、今までと比べ物にならないほど速い。
デュランは危ういながらも全てかわす、だが突如世界が傾く。
『今度は逆にヨコヅナ選手が下段蹴りを喰らわした!!』
『正確には足払いね、張り手の連続は意識を上に向けさせる為のおとり』
傾いたのは世界ではなく、デュラン自身だ。
ヨコヅナは足が床から離れ、体が浮いたデュランに対し肩でのブチかまし。
デュランは浮いた状態でありながら体をひねり、
「くそがっ!」
迫る肩に衝突の瞬間肘をぶつけ、回転するように直撃を免れる。
うまく着地したが、肘から痛みが体中に響く。
直撃は避けたとは言えブチかましの威力は軽いものではない。
「ぐっ!調子に乗るなよこの豚が!!」
ブチかましで体勢を崩したヨコヅナに向けて抜き手を放つデュラン。
狙いは首、今までと違い力の乗った殺気すら込められた一撃。
この攻撃が勝敗を分けた。
デュランは距離をとって仕切りなおすべきだったのだ。
戦いと認識したヨコヅナは殺気の込もる攻撃への反応は速い。
喉に届く前に手首を掴まれ止められる。
「それはこっちの台詞だべ」
掴んだ手を上へあげていく、ヨコヅナより背の低いデュランは床から足が離れ持ち上げられる形になる。
『ヨコヅナ選手片手だけでデュラン選手を持ち上げた!!』
デュランは何とか手を振りほどこうとするが、ヨコヅナの万力を思わせる握力を引き剥がすことはできない。
ヨコヅナは身動きのできないデュランの顔面に張り手を喰らわす。
「ぐはっ!」
ヨコヅナの石のように硬い手によってデュランの鼻が潰れる。
それだけでは終わらず、デュランの頭を鷲掴みにし、
「ふぅんっ!」
顔面から床に叩きつけた。
「ひぃっ!」
「いやぁー!」
容赦のない光景に会場の女性陣から悲鳴が上がる。
『ヨコヅナ選手、床を砕かんばかりにデュラン選手を顔面から叩きつけた!!これはさすがに』
『勝負あったわね』
会場の誰もがそう思った。
審判も二人に近づこうとする。
だがヨコヅナは掴んだ頭を持ち上げて引き起こし、まじまじとデュランの顔を見る。
「き、きざま、こ、こん…」
何か言おうしているデュランを無視してヨコヅナは、
さらに顔面を床に叩きつけた。その威力に床が陥没する。
「そ、そこまでだ!」
審判が慌てて試合を止める。
『……』
コフィーリアとステイシーも言葉を失う、ヨコヅナは今まで倒れた相手に攻撃をする素ぶりすらなかった為に驚いているのだ。
デュランは顔面が床に埋まった状態でピクピク痙攣している。
試合続行不可能なのは聞くまでもない。
「勝者ヨコヅナ!!」
審判がヨコヅナの腕を持ち上げ勝利宣言をする。
静まり返っていた会場だったがヨコヅナの勝利に歓声が上がる。特に男性陣はデュランが負けたことに狂喜乱舞している。
『ヨ、ヨコヅナ選手の勝利です!デュラン選手を文字通り粉砕しました!!』
『この試合で初めてヨコヅナの本気が見れたわね』
『……最後の行動は、なんと言いますか、らしくないものでしたね』
『そうね。反則によほど怒りを覚えたのかしら』
「どうしたのじゃヨコ?最後の攻撃はダメ押しというやつじゃろ」
カルレインもコフィーリア達同様最後の行動に疑問を感じて、闘技台から降りてきたヨコヅナに問うた。
スモウにおいて勝敗が決まった相手に攻撃するのはダメ押しと言って禁じられており、命の危険がないなら倒れた相手を攻撃するつもりはないと、ヨコヅナ本人から聞いている。
多少反則まがいのことをされたとてヨコヅナがそれを破るとは思えなかった。
「調子に乗っているイケメンは、顔面潰して良いと法で決まっているだよ」
「………いやいや、そんな法はないじゃろ」
「昔ウゴ兄が言ってたべ」
ヨコヅナと同郷のウゴは一般的に見て不細工と言われる顔立ちをしている。
同年代のアークやイジーは比較的整った顔立ちをしており、ウゴは自分の顔にコンプレックスを持っていたのだ。
小さい頃は真ん丸としていたヨコヅナを朋と考え、同年代の中でも特に仲良くしていた。
ウゴのコンプレックスは村を出て王都に行ってからも変わらずだった。
そんなウゴが帰郷したおり、
「知ってるかヨコ。王都じゃぁ調子にのってるイケメンは、顔面潰して良いって法で決まってるんだぜ」
と言っていたのだ。
もちろんヨコヅナも本気で信じているわけではないが、調子に乗っているイケメンが嫌いではあった。命の危険と並ぶほど。
反則もされた恨みもあるので、わざわざ一度確認してまで顔面を潰したのだった。
「あ~、え~と、じゃな。……ヨコは別に不細工ではないと思うぞ」
とりあえずカルレインはそう言っておく。
「はははっ、そうだべか」
デュランの顔面を潰した為か、スッキリした顔で控え室に戻ろうと通路へ進むヨコヅナ。
そこで口元と頭に布を巻いた小柄な選手とすれ違う。
背格好から、ケオネスが迷い込んだ子供と間違えた選手だと分かる。
「準決勝まで勝ち上がっていたんだべな」
「次の試合、見ておいた方が良いぞ」
「……ダンバートって人はイケメンだけど、別に調子に乗ってないから顔面潰したりしないだよ」
「誰もイケメンの顔面を潰す話などしとらんわ。……それに」
カルレインが闘技台に上がっていく小柄な背中を見ながら言う。
「相手が違う」
『次は準決勝第二試合です!決勝でヨコヅナ選手と戦うのはどちらになるのか!?』
「ヨコ、ヅ、ナ…」
担架で医務室へ運ばれるデュランは、朦朧とした意識の中でその名を脳裏に刻む。
「許、さない」
傷を押さえている布が真っ赤に染めるほどの夥しい血を流しながら、
「絶対、に」
聞いたものが恐怖するほど憎悪のこもった声。
「貴様は、かな、らず、俺が……」
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