第19話 よく喋る奴じゃの


 王都闘技大会準決勝。

 ヨコヅナは闘技台で相手選手の登場を待っていた。


『さぁ続いて東方より登場するは、今大会唯一貴族ながらの出場者!地位、容姿、強さを合わせ持つこの男!デュ ラ ン・ギ ル・ガ リ ア ー シュ~!!!』


 実況の声と共に通路から走りこんでくるマントを付けた男。


 男は闘技台の前で高々と飛び上がり、回転しながらマントを投げ捨てて、着地と同時にポーズを決める。


「よく見届けよ!俺様、デュラン・ギル・ガリアーシュの英姿を!」


 王女が忠告するほどの選手が登場すると思っていたヨコヅナはその男を見て、


「……なんか変なの出てきただよ」




 デュランの登場に観客の女性陣から甲高い声援が会場に響き渡る。


「デュラン様~!!」

「きゃ~!カッコイイ!!」

「頑張って~!!」


『タイプは違いますがダンバート選手と並ぶイケメンなだけあって女性の声援が多いですね』

『逆に男からは嫌われているけどね』


 コフィーリアの言う通り女性陣とは反対に男性陣からは野次が飛ぶ。


「さっさと負けろボケ!」

「調子のんなアホ!」

「顔面潰れろカス!」


 野次というより罵詈雑言だが、デュランにとってはそんな言葉すら声援になる。何故なら罵詈雑言を吐いた者が、自分の勝利に悲愴な顔になるのを見るのが好きだからだ。


「姫様はどちらの選手が好みタイプですか?私は断然ダンバート選手ですね!」

「言われなくてもあなたの好みは分かっているわ。そうね私は……ヨコヅナかしら」

「…え!?」


 試合の内容予想そっちのけでコイバナに花を咲かせる女子二人。

 ただコフィーリアは一言。


『……デュランは上着を脱いできたわね』




「お前のような田舎者の豚が、準決勝まで勝ち上がっているとはな」


 審判がルールの説明をしている時にデュランが挑発の言葉を吐く。


「だがそれもここまでだ。俺様によって無様に負けてとっとと田舎に帰るがいい」

「……一つ聞いて良いだが?」

「あぁ?」

「あんたは何のためにこの大会に出場しているだ?」

「はっ、決まっているだろ。俺様の実力を見せつけるためさ」


 この間、無視されながらも審判の説明は続いているわけだが、よくあることなので審判は気にしない。


「己の愚才を認めず、天才の俺様に嫉妬し正当な評価も出来ない愚か者ばかりだからな。あの王女はまだ人を見る目がある、俺様に見合った評価が出来るだろう」

「……そうだべか」


 理由を聞いたヨコヅナの反応はどこかホッとしたものだった。


「両選手開始線へ」


 審判の説明が終り、開始線へつく二人。


「はじめ!」『ドドンッ!!』



 ヨコヅナは一回戦のように四股を踏み構えをとる。


『ヨコヅナ選手、例の…え~と、蛙のような構えになった!どう対処するデュラン選手』

『手合の構えね。私でも対抗策はいくつか思いつくけど。どうするかしらね』


「豚にお似合いの格好だな」


 そう言ってデュランは前にでる。ゆっくり動きだし徐々にスピードを上げていく。

 ヨコヅナはデュランが間合いに入ったところでブチかましで迎えうつ。

 しかし、ヨコヅナが動き出した瞬間、デュランの動きの軌道が横に変化する。

 ブチかましをかわし、すれ違いざまに蹴りを放つ。


『お~デュラン選手!ヨコヅナ選手のブチかましを上手くかわし、下段蹴りを喰らわした!』


「くく、豚突猛進とでも言ったところか。そんな攻撃が俺様に当たると思っているのか?」


 デュランは蹴りの後は続けて攻撃せず距離をとり嘲笑う。


『ブチかましは全体重を乗せているため威力は絶大な分、横への変化に対応が鈍くなるわ。口で言う程かわすのは簡単ではないけど』


 横への変化が一瞬でも遅れれば軽く吹き飛ばされ、早すぎれば意味をなさない。

 ヨコヅナのブチかましの速さを見切り、かわしてから反撃まで出来る者は大会出場者の全てを見ても5人といない。

 ブチかましをあっさりかわされたヨコヅナは、表情を変えることなく手合の構えをとる。

 そんなヨコヅナを見て、呆れたように肩をすくめるデュラン。


「頭の中まで豚並か」


 侮蔑の言葉を吐きながら前へでるデュラン。

 ヨコヅナはしっかりとデュランを観て、先ほどより深く間合いに入ったところで動く。

 だがそれでもデュランはかわす、今度は逆側に軌道を変化する。


『デュラン選手またブチかましをかわした!』

『いえ、ブチかましはフェイクよ』


 ヨコヅナのブチかましは見せかけだけ、横の変化に弱いとは言え、変わると分かっていれば対応できる。

 素早く体勢を変え張り手をだすヨコヅナ。


「甘い!」


 余裕を持って張り手をかわし下段蹴りを喰らわすデュラン。

 ヨコヅナが対応してくることを読んでいたのだ。

 蹴りを喰らったヨコヅナは、それでも攻撃を止めず連続で張り手を打つ。

 一撃で倒せるような体重を乗せた張り手ではなく、腕だけで打つ速さと回転重視の張り手。


『ヨコヅナ選手!体格からは想像出来ない素早い連続攻撃!!』


 だがしかし、


「無駄だ!」


 それすらかわし、合間をついて下段蹴りを叩き込み距離をとるデュラン。

『デュラン選手、連続の平手打ちもかわし蹴りを返した!すごい回避能力ですね』

『……身体能力だけではなく、動きを読んでいるのでしょうね』


 戦いにおいて相手の動きを読むことも重要となってくる。

 この男、デュラン・ギル・ガリアーシュは、口ではヨコヅナを見下し侮蔑する言動をとってはいるが、実のところヨコヅナの力を認めていたのだ。

 予選決勝でのヨコヅナの試合を観てから、本戦で当たる可能性を考え、一回戦、二回戦の試合もしっかり観て戦術を練っていた。

 上着を脱いて上半身裸なのも、深追いせず距離を取るのも、掴まれば勝機が著しく無くなることを理解しているからであり、散々挑発しているのも怒りで冷静さを失わさせ、本来の戦い方を出来なくしようとする策だ。


『足への攻撃ばかりなのも、まず動きを止める為でしょうね。派手な登場をしたくせに地味でせこい戦い方をするわ』


 コフィーリアは決してデュランを侮辱しているわけではない、むしろ良い方へ認識を改めていた。実力のある相手であれば、侮らず適切な対抗策を実行できる者なのだと。


『いよいよ厳しいかしらね』

『ここまで一撃も攻撃を当てれてないヨコヅナ選手、どうするのか?』


「次はこちらから行くぞ」


 ヨコヅナに考える間を与えないように、デュランが次の策にでる。

 ステップを踏み円を描くように動く、それも速いスピードで。

 少しずつ距離を縮めながら、突如直線に動きを変化する。

 一瞬で間合いを詰め、下段蹴りを放つ。

 ヨコヅナは蹴りを喰らいながらも張り手で反撃するが容易にかわされる。

 何度張り手を出そうと全てかわされ、合間を縫って足を蹴られる。

 デュランの蹴りは決して軽いものではない、常人であれば3発も喰らえば立てなくなるだろう。


 だがここでデュランの予想を裏切る事態になる。


 徹底して下段蹴りを喰らわしていたデュラン方が、動きに支障をきたし始めたのだ。

 デュランはまるで丸太でも蹴っているかような思いだった。


「くっ!」


 足の痛みに気を取られ、張り手を喰らいそうになるのを何とかかわし、ヨコヅナから距離をとるデュラン。


「惜しいだな」


『一方的に攻撃を当てていたデュラン選手!しかしその表情は引きつっているように見えます!』

『痛いのでしょうね』

『蹴っていたデュラン選手の方がですか?』

『拳にしろ脚にしろ、絶え間無く繰り返される鍛錬によって頑強になっていくもの。それを怠り攻撃した拳や脚のほうが壊れるのはよくあることよ』


 デュランは生まれ持った恵まれた身体能力にかまけてろくに鍛錬もしていない。

 有り余る才能があれば十分だったのだ、今までは。

 だが異常とも言える程足腰を鍛えているヨコヅナを崩すなど、到底出来ることではない。

 ヨコヅナの動きを止めれないことよりも、自分の動きに支障をきたすことの方が問題だと考えたデュランは次の策に出る。

 またステップを踏み動き出す、その動きは先ほどよりも速い。

 ヨコヅナは反撃の機会を見逃さないように集中するが、デュランの攻撃は突き蹴りを織り交ぜ、今までより速く遠い間合いから繰り出された。

 会場に連続した乾いた打撃音が鳴り響く。


『足に攻撃を集中させていたデュラン選手ですが、ここで攻撃を散らしてきた!それもかなりの威力だ!』

『……狙いを変えたわね』


 デュランは足を使い、突いては離れヨコヅナに組み付かれる事を警戒して攻撃していた。

 ヨコヅナは両腕を顔前まであげ、体に力を入れて攻撃を受けつつ捕まえようとするが、


「豚ごときに俺様を捕まえることは出来ん!」


 デュランに尽くかわされる。

 攻撃を受けながら捕まえようとするヨコヅナと捕まらないように攻撃するデュラン。

 それは一回戦第二試合のソニード対ヂャバラ戦に似ていだが大きく違う点があった。


『デュラン選手の素早い動きに成すすべがないヨコヅナ選手!このまま倒されてしまうのか?』

『それはないわ』

『どういうことですか?あれほどの攻撃を喰らい続ければいずれ』

『音だけよ。力はのっておらず威力は低い、速さと派手な音が鳴る打ち方をしているのよ』


 激しく思える攻撃でデュランが圧倒しているよう見えるのだが、その攻撃は全くヨコヅナに効いてはいなかった。

 そもそもデュランは倒す程のダメージを与える攻撃をするつもりがない。

 捕まらないように攻撃を当てる、それだけに徹していたのだ。


『つまり判定狙いね』


 デュラン程の実力者にこの策を取られるのは、ヨコヅナにとって一番マズイ展開である。


 コフィーリアの解説でデュランの狙いが分かった観客達から、ブーイングの嵐が起こる。


「逃げてんじゃねぇ糞野郎!!」

「準決勝で無様な戦いすんな!!」

「倒す気ねぇなら負けやがれ!!」


 どれほど罵詈雑言を言われてもデュランは戦術を変えるつもりはない。

 勝者こそが偉いのだ!敗者に価値などない!

 それがデュラン・ギル・ガリアーシュの考えだ。


『判定狙いの戦い方で勝ちになるのですか?』

『攻撃せず逃げ回るだけならともかく攻撃はしてるしね。威力が低いとは言え並の者ならとっくに膝を折っているわ』


 ヨコヅナだから平然としていられるのだ。

 それが卑怯だからと判定で負けにすることはできない。


 しばらく防御の体制で様子を見ていたヨコヅナは突如棒立ちになる。


『なんでしょう!?ヨコヅナ選手ただ突っ立った状態になった!』


「…なんのつもりだ」

「痛くもないのに身構える必要あるだべか?」


 それはヨコヅナにしては珍しく、挑発の意が込められた言葉だった。


「ふん、豚が俺様を侮辱するか」


 挑発されてもデュランの戦術は変わらない。

 捕まらないように速く軽い連撃を繰り出す。


「はぁ~ぁ、眠くなってきただな」


『なんとヨコヅナ選手!攻撃を喰らいながら欠伸をしています!!』

『面白いわね』


 貴族であり才能あるデュランはプライドも高い。

 ヨコヅナの力を認めているとは言え、田舎者の豚と思っているのも本心だ。そんな相手に馬鹿にされて平気なはずがない。

 デュランの顔に邪悪な影がさす。


「これでも眠たいか?」


 今までと同じような速く軽い蹴り、しかしヨコヅナは慌てて腕で防ぐ。

 続けざまに横薙ぎの手刀が顔に向けられる。

 ヨコヅナは頭を後ろに引いてかわす。


『っ!? 待ちなさい!』


 その攻防を見て突然コフィーリアが試合を止める。

 慌てて審判が二人の間に入る。

 二人は距離をとり、コフィーリアを見る。


『金的、目潰しは反則よ』


 その言葉が向けられたのは当然デュランだ。

 ヨコヅナが防がなければ、蹴りは陰部に、手刀は目に当たっていただろう。


「なんのことでしょう?蹴りは内ももを狙ったものですし、手刀もたまたま目の近くを通っただけです」


 デュランは平然と言い訳を返す、コフィーリアの強い視線にも臆することなく。

 当たってない以上その言葉を否定することはできない。


『……良いわ。ただし次はないわよ』


 コフィーリアの冷たい言葉にデュランは肩をすくめ、


「はいはい了解ですよ。お姫様」


 もちろんこれ以上デュランは反則じみた攻撃をする気はない。負けにされては意味がないのだから。

 審判はコフィーリアを見る。


『再開しなさい』


「はじめ!」


 試合が再開される時、ヨコヅナの表情から感情が消えていた。

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