第10話 やはり演技は下手じゃの
闘技場が一瞬静まり返り、それからワアァァ!と割れんばかりの歓声が響き渡った。
審判がシバットに近づき、意識を確認するが首を横に振る。
次にヨコヅナの手を取って高く持ち上げる。
「勝者ヨコヅナ!!」
賞賛する歓声が上がる。
「勝ったのか」
「わはははっ!、当然の結果じゃ」
急な展開に戸惑いつつも勝ったことに安堵するケオネスと、微塵も負けると思っていなかったカルレイン。
「初め一方的にやられておいて一撃での逆転劇。力の誇示かしら、それとも観客を楽しませる為?…」
コフィーリアの言うとおり会場は湧いていた。
「すごかったぞ!でっかい兄ちゃん!」
「さすがオルガ様が推薦した選手だ!」
「本戦も頑張りなよ!」
ヨコヅナを褒める言葉が多く飛ぶ。
「彼とは会って間がないですが、そのようなことをする少年ではないかと」
「たまたまじゃろうな」
「そうなの…いずれにせよ予想以上に楽しめたわ。本戦も期待してるわね」
満足そうな顔で去ろうとするコフィーリア。
「城に戻られるですか?」
そうであってくれという願いを込めて尋ねるケオネスに、
「ふふふ」
意味ありの笑みだけを残して行ってしまうコフィーリア。
「あれ戻る気まったく無いじゃろ」
「はぁ~、どうしたものか?」
ケオネスが痛む頭に手を当てる。
「いや~、どうにか勝てただよ」
そこへ頭をかきながら戻ってきたヨコヅナ。
「なにが、「どうにか」じゃ。その気なら初撃で同じことができたじゃろ」
「それは…買い被りだべ」
勝って戻ったヨコヅナに塩対応のカルレイン。
「わざと攻撃を受けておったじゃろ」
「えーと…緊張で動けなかっただけだべ」
「……ともかくよく勝ったヨコヅナ。かなり攻撃を受けたが怪我はしていないか?」
ヨコヅナのたどたどしい受け答えに思うところはあったが、勝ったのだから問いただすような真似はしない出来る大人ケオネス。
「大丈夫ですだ」
少し腫れている箇所があるも怪我とも言えないモノだ。
「それはなによりだ。本戦は明日から、勝ち抜いていくには怪我しないことも大事だからな」
ケオネスはそう言うが別にヨコヅナは勝ち抜きたいとは思っていない。
本戦に出場できるし、次の試合を勝てれば推薦したケオネスの顔も立つだろう。
その後は正直どうでもよかった、むしろ負けて終わりにしたいくらいだった。
「ではオラは疲れたので宿に戻りますだ」
「ん?…他の選手の試合を見ないのか?この中の誰かと本戦で戦うことになるのだぞ」
「……怖くなって逃げ出したくなると困るので、やめときますだ」
そんな本音か冗談かも解らないことを言うヨコヅナ。
「ほんと気の小さいやつじゃの」
「…いいだろう。ゆっくり休んで明日に備えると良い。試合は私が見ておく、素人目だが得られる情報もあるだろう」
「ありがとうございますだ」
ケオネスと別れたあとヨコヅナは真っ直ぐ宿に戻らなかった。
いや戻れなかった。
「なんてことをしてくれたんだ!!」
ヨコヅナがシバットに勝ったことで怒り狂うアークに捕まったからだ。
カルレインは先に宿へ帰ってもらった。
「負ける約束だっただろう!」
「強くて勝てそうになかったら、と言っただよ」
詰め寄ってくるアークに引き気味になりつつ言い訳をするヨコヅナ。
「でもあの人、弱すぎだべ」
言い訳というよりは正論であった、半分は緊張のせいとはいえ開始からしばらく手を出さず、相手の攻撃をまともに受けたのだから。
「シバットが弱すぎるだと!?」
「一発で終わるなんて思わないだよ」
「くっ!……」
結果完璧な一撃になってしまっていたが、ヨコヅナからすれば手加減した一撃だ。
「…それでも、そのせいで俺は、俺は」
「アーク兄?どうしただ?」
いくら親友が負けたとは言え、アークがここまで取り乱しているのはなぜだろうと、首を傾げるヨコヅナ。
「シバットに大金を賭けて負けたのかの?」
「っ!?誰だ?」
「カル!?帰ってなかっただか?」
先に帰ったはずのカルレインが現れる。
それも盗み聞きをしていたようだ。
「帰るわけなかろう」
カルレインからすれば怒気を露にしていきなり現れた男に、ヨコヅナが連れて行かれたのだから素直に帰れるわけもない。
「様子がおかしいと思っておったら、そういうことか」
「誰だ、このガキ?」
「オラん家の居候だべ。カル、賭けってなんのことだべ?」
「この格闘大会で行われている勝敗でのギャンブルじゃよ」
王女主催の大会なので非公式で行われているが、なかなか規模の大きいギャンブルであった。
動くお金も大きく、大勝ちする者もいるため賭けが目的で格闘大会を見に来るものも少なくない、もちろん大負けする者も少なくない。
「大方ヨコが参加すると知って負けるよう頼み、シバットに賭けて大勝ちする算段だったのじゃろ」
「それでオラが勝ったから怒ってるだか?」
顔を歪めるアーク、その表情で図星なのが見て取れた。
「だったらオラに賭けて、応援して欲しかっただよ」
別に賭博が悪いなんてことは言わないし、そうしてくれれば何の躊躇もなく頑張れたと考えるヨコヅナ。
「シバットの方が倍率が高かったのじゃろ、それかシバットにヨコを負けさせる代わりに何か要求したとかかの?」
ゆっくり歩きながら近づくカルレイン。
アークを見上げるカルレインの金色の瞳が、全てを見通すように怪しく光る。
「ひょっとしてそんな取乱し方をしとるのは、元々ギャンブルで借金でもあるのかの?」
見上げる形でありながら、明らかにカルレインはアークを見下していた。
「っ!……さっきからうっせーんだよ!このガキ!!」
ただでさえ賭けに負けて怒りが溜まっているところに、生意気な子供に図星を突かれ見下されたアークは、怒りのままにカルレインに向けて手を振り上げる。
「それは駄目だべ」
が、その手が振り下ろされる前にヨコヅナが腕を掴む。
さっきまでのおどおどしていた態度と違い強い声でアーク諌める。
「このっ!放せヨコ!!」
アークが振り解こうとするが、がっちり掴まれた腕はビクともしない。
さらに強まる力にミシミシと腕に痛みが走る。
「痛っ!」
「ごめんっ、強く掴み過ぎただ」
手を放され、その腕を抑えながらアークは距離を取る。
「大丈夫だか?」
「触るな!」
心配して近づいくるヨコヅナを振り払うように怒鳴る。
取り付く島もないアークにどうしたものかと考えるヨコヅナは、最初に会った時から疑問に思っていたことを聞いてみた。
「どうしてアーク兄は大会に出場しなかっただ?」
アークも年齢的にギリギリ出場できるはずだ。
ヨコヅナに言ったように本戦に出場できれば、お偉いさんの方々の目に留まる。
そうすればアークの夢である騎士にもなれるかもしれない。
「賭博なんかで稼ぐよりずっと良いと…」
「う、うるさい!うるさい!!」
嫌味などなく純粋にそう思っているヨコヅナの言葉に、耐えられなくなったのか怒鳴り散らすアーク。
「お前に、ニーコ村でのんびり暮らしてるだけのお前なんかに分かんねーんだよ!!」
そう言って逃げるように走っていくアーク。
「アーク兄!?」
「ほっておけ、今追いかけても余計にこじれるだけじゃぞ」
「でも……」
「子供ではないのじゃから問題なかろ。ヨコが今しなければならないのは、明日に備えて休むことじゃ」
「……わかったべ」
そう言いつつアークの去っていったほうを見つめるヨコヅナ。
「はぁ、はぁ、……くそっ!もうちょっとで借金を」
しばらく走ってヨコヅナ達から離れたアークは、重い足取りで歩きながら賭けの結果を思い返し、怒りとやるせない思いが再び湧いてくる。
アークにはギャンブルでつくった借金があった。
それをギャンブルで勝って返そうという最低の考えではあるのだが、今回はヨコヅナが軍の同期であるシバットの対戦相手だった為、大きな勝算が生まれた。正確にはアークが勝手に生まれたと誤認しただけだが。
ヨコヅナは完全に八百長を了承しなかったが、それでも問題ないと考えていた。
シバットにヨコヅナが勝てるわけが無いと思いこんでいたからだ。
気が小さく真ん丸な体で、みんなの後をノロノロついて来るだけだったあのヨコヅナが、ちょっと体がデカくなったところでシバットに勝てるはずない。開始早々に一発強いのを喰らわせればすぐに戦意喪失して降参するはずだ。
だからヨコヅナに負けさせる事を条件に、シバットからせしめた金と有り金をシバットの勝利につぎ込んだ。
「それなのに……」
結果は無一文になり、シバットに金を返さないといけないため、借金が膨らんだだけだった。
ようはカルレインの推測は全て当たっていたということである。
「痛っ!」
ヨコヅナに掴まれたところが痛む、袖を捲くってみればくっきり手形に赤くなっていた。
『何故アーク兄は大会に出場しなかっただ?』
「俺だって
ヨコヅナに言われた言葉を思いだし、相手もいないのに思わず大きな声が出てしまう。
アークは大会に出場しなかったのではなく出場できなかったのだ。
年齢的にも階級的にも出場資格はある、だが軍では一般の予選前に軍内で出場希望者で予選をする。
国を守る軍人が、予選で惨めな姿をさらさないための選別だ。
そこで勝ち抜かなくては出場させてもらえない。
軍人だけなため一般の予選を勝ち抜くより平均的に厳しい戦いになる。
それにシバットは勝ち抜き、アークは負けて出場すら出来なかったということだ。
もしシバットとアークが直接戦ったとしても勝つのはシバットだ。
そんな相手にヨコヅナは勝った。
「まくれだ!まぐれに決まっている!!」
頑なにヨコヅナのことを認めようとしないアーク。
「ちょっと体がデカくなったからって、調子に乗りやがって」
アークにとってヨコヅナは、田舎でのんびり土いじりばかりしている奴でしかない。
村では猛獣の駆除や盗賊の討伐を、主にヨコヅナが担当しているなど思ってもいなかった。
タメエモンさんと、スモウとかいう格闘技の鍛錬をしていたことは知っていたが、それなら自分だって軍で頑張っているはず。
「これからだ!、俺だってこれから……」
騎士になるんだ!昔なら簡単に口に出来た言葉は、今では声に出すことができない。
トボトボとアークは借金の返済のことを考えながら、重い足取りで帰路につく。
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