男性化
夏休みの中盤。
早朝。
MMORPG『VXR』のゲーム内。
ヒカルが発言する。
「トモちゃんはいつ寝てるの?
ちゃんと睡眠取れてる?
心配だよ」
トモが返す。
「ちゃんと取れてるよ。
お肌の状態もいい感じを保ってる」
「すごいね。夜に仕事してるって聞いてびっくりしたよ」
「心配してくれてありがとね。
流石、イケメン紳士。
男友達は増えた?」
「中身はわからないけど、男性キャラは5人もフレンド登録したよ。
女性キャラで自称男性のフレンドは10人くらいかな。
夏休みで暇なせいか、ログインすれば、向こうからパーティに誘われる感じ」
「ちゃんと話はできてる?」
「うん。不思議なことにスラスラ言葉が出てくるんだ」
「そういえば、かなり積極的になってきたよね?
パーティでも普通に発言してるし、
ちゃんと会話が成立してるからいい感じだと思うよ?」
「そうかな? そうだといいな」
「その調子で、女子高へ行ったらモテモテになるかもね?」
「えー、夏休みデビューとか言われそうで嫌だな」
「今までが大人しすぎたのよ。
もっと自由にしてもいいんだからね?」
「うん。最近はなんとなく自由になってきた気がしてる」
「その調子でがんばりな。応援してるから。
何かあったら相談に乗るから」
「ありがと。
カナちゃんは随分静かだね?」
「怠さと腹痛と戦ってた。
これから毎月くると思うと憂鬱で仕方がない」
トモが発言する。
「とりあえず、おめでとう、カナ。
みんなより経験回数は少ないだろうから、贅沢言わないでね?」
「うん……こんなにきついとは思わなかった。
みんな苦労してるんだね。
こんな状態でよく登校できるね。
今日はもうログアウトして、薬飲んで寝ちゃうね。
またね、トモちゃん、ヒカルくん」
「「お大事に」」
……
カナデは∀XLにログインして、受験勉強を始めた。
なぜか、加速世界では生理痛は緩和されるのだ。
しばらくするとトモがログインしてきた。
トモはカナデの側に行くと、カナデに甘いキスをした。
二人はしばらくキスに酔いしれた後、トモは、ベッドに横になった。
「カナ、ヒカルは普段の様子も変わってきた感じ?
ゲーム内だけ?」
「何度か遊びに行ったけど、ゲーム内だけだね」
「そっか……ヒカルの家、母親がかなり高圧的だからね」
「え? そうだったんだ……。
傍目には優しいお母さんにしか見えなかったけどね……」
「全部母親が決める感じなのよ。
人生も」
「それ、きついね」
「でしょ?
実は男の子だったとかだったら、解放されるのかもね。
ヒカルの両親はもともと男の子が欲しかったみたいだし」
「たしかに男の子やってるヒカルちゃんは、とても自由でたのしそうだよね。
うちの両親と逆だね。うちは女の子欲しがってたから今喜んでる」
「カナは女の子のほうが似合ってるしね」
「そうかな?」
「うん、今楽しいでしょ?」
「んー……たしかに楽しいね。トモちゃんいるし。
まさか、リアルで女子のお洒落を楽しむとは思わなかったけど。
でもちょっと心外かも。
男の子の自負はあったからね」
「カナの∀XLのヘッドギアの色、何色?」
「え? あー……最初はピンクだった。
いつの間にかグレーになった」
「ほらやっぱり」
「え? どういうこと?」
「ヘッドギアに性別なんてないのよ。
ヘッドギアは全部グレーなの。
多分だけど、ヒカルがヘッドキアみたらブルーに見えるんじゃないかな」
「それほんと?」
「うん。∀XLは欲求を具現化するデバイスでもあるからね」
「じゃぁ、私が女になったのって……」
「∀XLの影響だと思う。
カナの肉体を自然な状態に解放したのよ」
「私、そんな欲求があったのか……」
「アタシ、男性が苦手なのよね。
女の子が好きなの。
でもカナは別だった。
しかも心から愛してる。
多分そういうことだと思う」
「なんかすごいショック……でもそうなんだ……」
「今は理想の彼女だよ?
これから先もカナを手放す気はないからね」
「……ありがとう」
「ヒカルに将来の夢聞いてみたら、
ボヤーッとした感じで母親が決めた進路を話したんだけどね、
もし男の子だったら? って聞いてみたら、かなり明確に答えたのよ。
元々理系が得意で担任から理系を勧められてたけど、
母親がゴリ押しして頑張って文系に進んだの」
「でも、もう進路決まってるのでしょ?」
「ヒカルの大学は、入学後に、学部を変えることはできるよ、試験が必要だけどね」
「∀XLを勧めるの?」
「入学したらね。何も問題がなければ性別は変わらないし」
「そういうことか……。
私、トモちゃんのそばにいたかったんだよね。
女子高に進まれちゃったから、結構、悩んだ。
しかも今は女子大でしょ?
大学はなんとなくしか決められないでいたんだ」
「でしょ?
これからは気兼ねなくずっといっしょだよ?」
「とにかく合格しないとだけど」
「勉強頑張りな。
わからないところは教えてあげるから。
ちょっと寝るね」
「おやすみ」
……
ヒカルが生理痛のお見舞いにきた。
カナデは、それとなく、∀XLのデバイスを見せた。
何色に見えるか尋ねてみたら、青を通り越して、深い藍色と答えた。
カナデはトモに報告した。
トモは、早速、知り合いに確認してくれた。
ヒカルはかなり深刻な状況にあることがわかった。
……
ある日の早朝。
MMORPG『VXR』のゲーム内。
「トモちゃん、僕、ほんとうに男の子になれるの?」
「まちがいないと思う。
本当に。男の子になりたいの?」
「うん。なれるならなりたい。
今の生活から脱出したい」
「進路はどうする?
白紙に戻されるかもしれないよ?」
「それでも構わない。
勉強は続けてるから、受験生に戻ってもいい」
「取り返しがつかなくなるよ?」
「おねがい。僕、もう女の子でいるのは嫌なんだ。
いまだったら、夏休みが終わる前に一段落つくよね?」
「うん……わかった。デバイスはカナから受け取って。
カナには新しいの送るから、できるだけ加速世界で過ごして」
「ありがとう。やっと自由になれる」
……
トモは加速世界のプライベートルームを拡張した。
トモとカナデの部屋とヒカルの部屋、そして共同スペースだ。
加速世界で男子の姿になったヒカルは、嬉しそうに自分の部屋をデザインした。
現実の部屋とはまるで異なった、黒を基調にした、いかにも男の子の部屋だった。
加速世界のヒカルは身長が180センチほどのかなりのイケメンだ。
カナデとはかなりの身長差と体格差があった。
トモはヒカルに前もってカナデとの関係を念押ししたが、ヒカルは気付いていたようで、トモに安心するように言った。
ヒカルの肉体の変化は早く、2週間も掛からず、加速世界の姿と同一化した。
ヒカルは、ヒカルの希望で電車通学が必要な1ランク上の男子高に転入することになった。転入試験も難なくクリアした。
特別に、すでに合格した大学への推薦枠は有効にしてくれることなり、学部と学科はヒカルが進みたかった理系に変更してもらうことができた。
ヒカルはすっかり明るく社交的になった。
両親の態度は一変し、かなり自由に暮らせるようになったのだ。
門限もなくなり、自動車の教習所にも通うついでに、大型二輪の免許もとることになった。父親がバイク乗りで、子供と一緒にツーリングするのが夢だったらしい。母親が娘に免許を取らせるのを反対していたが、その足枷もいまはなくなったのだ。
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