第182話 降伏文書

「管理職をしていると、字を書く機会もなかなか多くてね。お陰で転生してからと言うもの、以前よりも数段字が上手くなったと自覚しているよ。まあ、前世の文字とは全くの別物ではあるんだけど」


 サラサラとペンを走らせ、やたらと上等な紙に綺麗な字を記していくジーク。


「何をしているのか、未だによく分からないんだが…… ともあれ、それがさっきの予防策に繋がっているんだな?」

「その通り。それで今、私が何をしているのかと言うと、ある種の誓約書を作成している。私がウィルに敗北した事を正式に認め、財宝の所有権がなくなった後に、ウィルとその仲間達に害を成さない事を神に誓う、といった内容だ」

「……誓いを書類として残すって事か?」

「でも、そんな紙っ切れに何の意味があるのよ? 私達が相手なんだし、口約束と大した違いはないんじゃないの?」

「それがあるんだよね~」


 何とも言えなさそうなジークの苦笑い。確かにアークの言う通り、国でもない、むしろ漁師(海賊)でしかない俺達を相手に書類でのやり取りをするなんて、一見意味がないように思えてしまう。


「先の争奪戦の特典として、『秩序の神』は私に『降伏文書』という新たな力を与えた。この力を発動させながら文書を残す事で、強制的にその内容を実行しなかればならない! という縛りが私に生じるんだ。正式に交わした約束事だ。これを守らないと『秩序』に反する事をしたとして、私は神から賜った力を失ってしまう」


 ……それ、ジークにデメリットしかなくない?


「今、私にデメリットしかないんじゃって思ったでしょ?」

「ウッ!」

「あはは、確かにこのままじゃその通りだね。そもそもこのスキル、負けを認める事を前提としているものだし。けどこれってさ、逆に言えばその約束事を守っている限り、『秩序』の力を私に持たせた状態を維持してもくれるんだ」

「力を、維持……?」

「それはつまり、ジークさんの秘宝がマスターに奪われ、神の駒でなくなった後も能力は消えない、という事でしょうか?」

「その認識で合ってるよ」


 ジーク、ニコッと会心の笑み。うう、ハンサムが眩しい……!


「それってつまり、ジークは負けた後も強いままで、私といつでもどこでも全力で戦い合えるって事よね!? よねッ!?」

「そ、その認識は微妙、かな? この文章じゃ、アークさんに対しても害は与えられない事になっているから―――」

「―――なら、私だけ例外扱いにしておいて! あっ、アイの分も取っておいた方が良いのかしら? と言うか、貴方には不殺のなんちゃらってスキルがあるんでしょ? それがあるのなら、別に害にはならないでしょ。うん、そういう事で!」

「ええっ……」


 ジーク、会心の笑顔が秒で陰る。ああ、瞬く間にどんよりと……


 とまあ、そんなアークの声もあって、ジークは文章の内容を修正する羽目になってしまう。最終的にアークとアイは『不殺の剣』をジークが使用する限り例外扱いとなるようで、先の希望通りいつでもどこでも全力で戦えるように。それ以外の点は前述の通りだが、ジークにとっては不服な結果になってしまったような……?


「アーク、あまりジークを困らすような事は―――」

「―――い、いや、良いんだ。この内容で私は構わないよ。皆も問題ないかな? ないなら、ウィルに署名をお願いしたい」

「おいおい、嫌なら嫌って言った方が良いぞ? アークは勝手なところもあるけど、素直な気持ちを話せば分かってくれる奴だからさ」

「気遣ってくれて、ありがとう。けど、あそこまで私の力を求めてくれたんだ。その上で断るのは、それはそれで私の『秩序』に反するからさ。まあ、これも強くなるチャンスって事で、あはは……」


 無理に笑顔を作るジークからは、途轍もない哀愁が感じられた。能力の解釈が不遇過ぎて、俺の方が泣きたくなってしまう。ここまで本人が言い切ったら、『秩序』的に後戻りは難しいかもしれない。せめて回数を減らすようにと、アークとアイには強く言っておこう。すまぬ、ジーク! と、心の中で謝罪しながら誓約書に署名――― する前に。


「ジェーン、この書類のおかしな点はないか?」

「……大丈夫だと、思います。意図して文字を小さくするなどの偽装もないですし、内容も至極真っ当なものかと」


 小市民な精神を持つ俺にとって、こういった契約書は疑心暗鬼になる要素の塊だ。如何に相手が親友のジークと言えど、徹底した確認はしておきたい。そんな訳で、急遽ジェーンを呼び出し書類の確認をしてもらった。


「悪い、こういった文書には疎いから、専門のジェーンに確認してもらった。善意の提案をしてくれているジークからすれば、気分の良いものじゃないと思うが……」

「いや、当然の処置だと思うよ。疑う心を持つ事は悪じゃないし、むしろそれが正しい。『秩序』を守る為にも、その姿勢を広めてほしいくらいだ」

「……肯定し過ぎじゃないか?」

「それだけ私とウィルの思想が近いって事にしておいてよ。さ、確認が終わったのなら、サインはここに。それで『降伏文書』は正式に結ばれる」

「お、おう……」


 ジェーンからお墨付きを貰えたので、安心して署名を書き書き。


「……これで良いか?」

「うん、これで完了だ。ウィルが私の秘宝を奪取したタイミングで発動するから、私も最後の敵との戦いにそのまま参加できるようになった。君の手足として、存分に使ってくれ。あ、書類はどちらが保管していても良いけど、絶対になくさないように。もしなくしたら、このスキルの効果がどうなるか分からないからさ」

「マスター、宝箱に入れて保管するのが安全ではないでしょうか?」

「だな。じゃ、俺の方で保管させてもらうよ。 ……にしても、『秩序の神』は争奪戦の勝利後に、そのスキルをジークに渡したのか? 負けを認めるのが前提の能力って、何と言うか……」


 俺があの邪神様からそんな力を授かったら、目の前でとんでもなく酷い顔を晒してしまいそうだ。


「あはは、まあ言いたい事は分かるよ? 我が神はいつからこうなる事を予想していたのか、ってね。少なくともこの特典を用意した時点で、いや、ウィルの秘宝がクリスさんだって分かった時点で、『秩序の神』は争奪戦で勝ち残るのを諦めていたんじゃないかな? クリスさんの存在は、それだけで私達に致命的だった」


 これでクリスさんがラナのような事をしていたら、対処のしようがあったんだけどね~。と、そう付け足すジーク。うん、クリスは悪魔だけど天使だからな。負けを悟ってしまうのも、確かに仕方がない。


「同盟を組んだ際、そしてそれ以降も君達は『秩序』的であり続けてくれた。神の駒同士の戦いとはいえ、最早ウィル達と戦う行為自体が私にとっては禁忌に近い。だから私の神は、君達を支援する事を選んだんじゃないかな? まあ、正直『創造の神』とやらを信じられるかは別の話だけど、その辺りも私の神が良い方向に導いてくれると思う。だから、最後の争奪戦は君に託したよ、ウィル」

「……ああ、任せておいてくれ。あと最終決戦はこき使ってやるから、覚悟しておいてくれよ、ジーク」


 俺達は拳と拳を当て、覚悟と信頼と示し合う。今日この日、同盟の絆はより強固となるのであった。

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